1-12. 現実世界 地下茎内戦闘

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通信ウィンドウにはこちらを試すかの顔をしたヴァルキリー1。
どれだけ回復したのか、判断能力は健在なのか――彼女はそれを査定する立場にある。
「……まず、斥候を戻します。それから陣形を整えます」
『――ここで迎え撃つのか?』
心臓が高鳴る。
再びの戦闘――戦死者を出す可能性――その決断。
「突破して横浜までとは考えていませんが――ヴァルキリー1が自分の経験したものとは違うと仰るのであれば、一戦して確かめないわけにはいかないかと」
道幅は広いとは言えない。
天井高にも制限がある。
突撃デストロイヤー級が前面を構成していた場合、処理は難しくなるだろう。
それでも戦う意味はある。
『――同意する。後退しても構わないが、ここで殴り合うのも一興だ』
どうやら最初の設問はクリアしたらしい――いくつかの迎撃陣が表示され、選択しろと命じられる。
鶴翼陣ウィングを選び、地形に合わせて配置調整を行う。
戻ってきた斥候――クワイエットウルフ/彩峰あやみねけいとソードダンサー/御剣みつるぎ冥夜めいやは最前線に配置。
それから国防隊0902/東雲しののめ祉乃しのへ指示を出す。
「国防0902は最後尾に――映像の記録をお願いします」
『――0902了解』
緊張しているのだろう――やや硬い声で返ってきた。
「レイドバックとカメリアクレインは0902の護衛を任せます」
『――了解』
通信ウィンドウに映るレイドバック/鎧衣よろい美琴みこととカメリアクレイン/さかき千鶴ちづるが答えた。
見知った顔には指示を出しやすい――この部隊に山城やましろがいなかったことに、少しだけ救われた気になっていた。
『――随分と過保護だな。要人警護かよ。だらしねぇな、国防隊はよ』
朱土岐あかときが鼻で笑った。
『――やめろ、スノウホワイト。彼女は種だ。いずれ国防隊の中で花を咲かせて貰わねばならない。でなければ我々がすべてやらねばならなくなる』
伊隅いすみだった。
不満ながら納得したのであろう――へいよと雑な返事をして朱土岐あかときは黙った。
『――シャープシューターよりアルファ・リード。停止飛行にて射角を取ります。許可願います!』
シャープシューター/珠瀬たませ壬姫みきからの上申。
本気か?――空中で停止すれば光線レーザー級の攻撃を受けることになる。
『――なるほど……。許可する、やってみろ』
『――ありがとうございます』
拒否されるべき要請を伊隅いすみが受諾――疑問を口にしようとした瞬間に千木良世ちぎらせが呟いた。
地下茎スタブ内では光線レーザー照射がないとはいえ、珠瀬たませさんは大胆だな」
脳内でカチリと音がした。
BETAは同士討ちをしない――これまで地下茎スタブ内での光線レーザー照射は記録されていない。
「大丈夫だと思う?」
前席の千木良世ちぎらせに問いかける――ぬぐい切れない不安。
この地下茎スタブは我々が知っているものとは明らかに違う――先ほど、伊隅いすみさんはそう言っていたはずだ。
「わからない。――でも、だからこそ試すのではないか? それに突撃デストロイヤー級の装甲殻を正面から貫くのは難しいしな」
射角が取れれば突撃デストロイヤー級の弱点を狙うことができる――だが、BETAが光線レーザー照射をしてこないとは限らない。
珠瀬たませさんの生命で試そうというのか――背筋をぞわりとした感覚が襲う。
山吹色のイメージが脳に満ち、言葉にもならない音が喉から漏れてしまう。
止めさせるべきだ――天上高まで100m程度であり、それほど射角が取れるとも思えない――命を賭してやらなければならない行為なのだろうか。
跳躍ジャンプユニットを軽く吹かし、シャープシューターの機体が浮く。
跳躍ジャンプユニットを断続的に吹かし、天井近くで狙撃姿勢を維持する。
『――彼我距離7000、BETA群は大隊規模まで増大』
スノウホワイト/朱土岐あかとき真白ましろが距離カウンターを読み上げる――振動が大きくなっていく。
大隊規模のBETA群の先頭に立つ突撃デストロイヤー級が速度を上げる。
戦車タンク級や要撃グラップラー級で構成されているのであろう後続のBETA集団との距離が開いていく。
『――全機による120mmの斉射の後、近接攻撃を仕掛ける。前衛は奴らの頭上を越えて突撃デストロイヤー級の背後に回れ』
こんな狭い場所で、そんな作戦が可能なのか――緊張。
『――BETA後続が追いつく前に突撃デストロイヤー級を殲滅する』
伊隅いすみの指示に了解の返答が繰り返される。
突撃デストロイヤー級集団が有効射程に入ったことを報せる電子音に伊隅いすみの号令が重なった。
『――攻撃開始!』
轟音――管制ユニットの中でも感じられる音の破裂。
脚部を劣化ウラン弾で裂かれた突撃デストロイヤー級が前のめりに転倒――斜めになって露出した腹部を砲弾が貫通していく。
BETAは同士討ちをしない――損傷を負った群れの先頭を迂回すべく、突撃デストロイヤー級たちは速度をわずかに落とした。
遅滞した突撃デストロイヤー級の上面露出部にシャープシューターの狙撃が続々と命中――その美技に圧倒される。
『――続け!』
弾倉ひとつ分の120mm斉射が完了すると同時にソードダンサーが咆哮。
斉射によって乱れた突撃デストロイヤー級群を抜けて反転――瞬時に挟撃を完成させた。
やった――熱い感情が込み上げてくる。
このまま突撃デストロイヤー級集団を潰せば、まだ先へ進める――目の前で繰り広げられる殺戮に歓喜の感情。
煌めく斬撃、湧き上がる血風――その一撃毎に突撃デストロイヤー級が破壊されていく。
しかし――警告音――視界に広がる『光線レーザー照射警報』の文字。
『――光線レーザー照射警報! 降ります!』
シャープシューターの声はほとんど悲鳴だった。
珠瀬たませ機の装甲から陽炎かげろうのような揺らめきと水蒸気――光線レーザー照射の出力が上がっていく。
珠瀬たませ機の跳躍ジャンプユニットの噴射炎が消えて重力落下――着地――光線レーザー照射範囲からの脱出に成功。
光線レーザー級が地下茎スタブ内で光線レーザー照射という信じ難い事態の発生――思考が止まる。
もう数秒着地が遅れたら、珠瀬たませ機は溶解していたはず――通信ウィンドウに映る珠瀬たませの顔が青ざめていた。
こんなことはマニュアルにはなかった――どう対処すればいい。
心臓の音――管制ユニット内で立ち上がろうとした瞬間、視界に山吹色のイメージが満ちていく。
地面に広がった血と髪の毛――やはり自分は――。
『――戦闘中止! 突撃デストロイヤー級のとどめを刺すな! 奴らを盾にして後退する!』
ヴァルキリー1の怒声――それが耳に飛び込んできた瞬間に理性が回復する。
そうだ――BETAは同士討ちをしない。
この狭い地下茎スタブ内であれば先行していた突撃デストロイヤー級集団が光線レーザー照射の邪魔になる。
『――噴射地表面滑走サーフェイシングだ! 遅れるな!』
混戦状態になっていた前衛が後退を開始――すれ違いざまに突撃デストロイヤー級の脚部を長刀で薙いでいく。
上手い――この状況でも冷静さを失わない御剣みつるぎさんたちに舌を巻く。
『――縦壱型隊形フォーメーション:トレイルワンッ! 国防0902を隊列の中央に! 追加装甲持ちは最後尾に回れ!』
隊列を直線状に保持し、尚且つ最後衛は追加装甲を構えての後退――光線レーザー照射による損害を最小に抑えるための選択。
『――袋の中の鼠かよ……』
朱土岐あかときの呟きに納得させられてしまう。
直線の地下茎スタブ光線レーザー照射を防ぐ地形はない。
その上、緩やかな勾配がついており、突撃デストロイヤー級を障害物にしてもいずれ光線レーザー級に捕捉されることも間違いなかった。
半壊したBETAと追加装甲――いざとなればAL弾を使用するしかないが、如何せん携帯数は少ない。
『――地下茎スタブ内の直線に光線レーザー級が配置された場合、そこはほぼ通行止め――侵入不可能となる。地下茎スタブ内での光線レーザー照射と合わせて報告すべき変化だ』
吐き捨てるように伊隅いすみ
BETAは戦術を持たない――数とその身に備わった能力だけが彼らのすべてである。
覚え直した教本にはそう記されていたが、現状でそれは否定された。
彼らはやり方を変化させている――部隊に損害が出るかもしれない。
『――他のハイヴの地下茎スタブは変わらないんだろ? 直線はここだけじゃねぇの?』
朱土岐あかときの質問には、そうであって欲しいという願望が透けていた。
『――他もそうだったら大変だよねぇ!』
レイドバック/鎧衣よろい美琴みこと――事の重大さを理解していないような声。
『――新たに出現するハイヴの地下茎スタブがここと同じ構造を持つのであれば……』
ハイヴ攻略の難度は格段に上がる――伊隅いすみの表情がそう語っていた。
『――後方、設置センサー01に感あり!』
カメリアクレイン/さかき千鶴ちづるの声――どういうことだ?
予想していなかった報告に思考が止まる。
センサーの番号は『ゲート』入口近くの物であることを示している。
「味方が地下茎スタブに……援軍……?」
地下茎スタブ内で戦闘が始まったと察した国防隊が後詰を送ってくれたのだろうか――いや、それは考えにくい。
彼らは地下茎スタブ突入を拒否したのだ。
いったい何が――国防隊が地下茎スタブに入った理由を模索するが思い浮かばない。
『――ヴァルキリー1より国防0901! どうした、何が起きている!?』
中継機が電波を繋いでくれるのかと気づく――しかし、すさまじいノイズ。
『――0902より0901! 中隊長、応答願います!』
東雲しののめが通信に割り込んだが、制止する者はいない。
『――中隊長、応答を!』
再びのノイズ――センサーの誤作動を疑う。
『――BETA群が突撃デストロイヤー級残置を突破! 距離5000! 総数は2個大隊規模まで増大!』
詰められる――すでに地上へ向けて後退を開始しているが地上の状況は不明。
最悪の想像が脳を満たしていく。
ゲート』周辺に展開していた国防隊が殲滅され、BETA群が地下茎スタブを通って横浜ハイヴへ帰還しようとしているのであれば、挟撃される可能性があるのだ。
喉が渇く、神経が苛立つ。
地上まではまだ20キロ以上ある――なぜ国防隊は返信してこない。
電子音――通信ウィンドウが立ち上がった。
『――こちら国防0901! 敵襲だ! 2個大隊規模のBETA群から攻撃を受けている』
つながった――刹那の喜びは凶報に上塗りされる。
『――ヴァルキリー1より0901! そちらの状況を教えてくれ』
道中に設置してきた中継器がようやく機能して国防隊との通信が成立。
『――我々だけでは支えきれなかった! 連中は2個大隊規模だ!』
切羽詰まった声――顔色は悪く、先ほどの珠瀬たませを連想させた。
『――それで地下茎スタブに逃げ込んできたんですか!? こちらと連絡も取らずに!?』
東雲しののめの怒声。
『――東雲しののめ、貴様……!』
『――そこまで! 作戦の振り返りはこの局面を打開してからにしましょう』
伊隅いすみの一喝。
『――我々は地下茎スタブ内でBETA群と交戦。突破ならず、撤退中。地下茎スタブから脱出しなければなりません』
挟み撃ちにされているのか――0901の呟き。
『――そうです、しかし追われていますが振り切ることは可能です。光線レーザー照射もありません』
光線レーザー照射についての伊隅いすみの判断――即座に納得。
『――後方のBETAが我々の尻に喰いつくまで約4分。それまでに地上側のBETA群を突破する必要があります。よって国防隊を部隊の中央に配置。我々が前後を挟みます』
口頭で作戦を説明しつつ、データリンクで配置を指定していく伊隅いすみ
この状況でよく冷静に考えられるものだと感心――同時に自分の指揮官適性を疑う。
『――全機による一斉射の後、我々イモータルズが吶喊します。道中、我々の速度が落ちた段階で国防隊を分離。国防隊は高度50mで我々の頭上を通過、地上へ脱出してください。地上展開時の戦力として2機、そちらに派遣します』
データリンクにて指名――国防隊付きとして動くのは朱土岐あかとき機、千木良世ちぎらせ機。
『――どれだけのBETAが『ゲート』周辺に集まっているかは不明ですが地下茎スタブさえ抜け出せれば、そのあとはどうとでも対応可能です。質問は? ないようであれば作戦を開始します』
伊隅いすみの場馴れ具合に、これまでどれだけ戦闘を繰り返したのだろうと考えて気が遠くなる。
『――了解した。……それで頼む』
『――各機、装備の再点検を。作戦を開始するぞ』
大きく頷いてから伊隅いすみはそう言った。
「地上に出てからが勝負だな、管理官。少し荒っぽくなるかもしれない。背中のコネクタはしっかり確認しておいてくれ」
また頭を打って記憶を失くしたら、さすがに怒られる――ぶつぶつと千木良世ちぎらせ
『――記憶戻すためには頭打った方がいいだろ?』
朱土岐あかときの雑なからかい――この人はこういう人だと認識したので、もうそれほど腹は立たない。
「教本覚え直すの面倒なので遠慮します。地上展開後、我々2機はBETAとの近接戦闘になります。――覚悟はいいですね?」
「大丈夫だ、管理官」
『――舐めんな、糞ボケ野郎』
さかきのまとめた簡略化された作戦指示書が視界に浮かぶ――内容に相違ないことを確認して頷く。
あとは伊隅いすみの号令を待つのみ――進行方向を見つめるが、まだ地上の光は見えなかった。

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