3-2. 黄昏世界 貧者の闘い

鎧衣大尉

横浜基地の地下格納庫の中は静かだった。
喧騒に包まれた格納庫でなくなってから、だいぶ長い時間が経過している。
それでもガントリーに固定された機体には10人ほどの整備士たちが貼りついており、機体の整備を始めようとしていた。
鎧衣よろいさん、お疲れさまでした!」
キャットウォークから壬姫みきさんが声を掛けてきた。
久々に聞く生の声は無線を通したものとは違って聞こえる。
「お疲れさま。 今日も無事に帰ってこられたね」
報告書を提出しないと――口頭での報告はすでに済ませたが記録は大切だ。
管制ユニットを離れ、機体を振り返る。
94式戦術歩行戦闘機――長い付き合いのある愛機だ。
外装こそボロボロに見えるが様々なチューンが施されて性能自体は向上している。
昔の仲間が乗ったらきっと驚くと思う。
仲間か――ふいに思い出したその単語が寂寥感に直結する。
長い戦いで多くの仲間を見送った。
そのひとりひとりを今でも鮮明に思い出すことができる。
最初に失ったのは神宮司じんぐうじ軍曹だった。
次に失ったのは柏木かしわぎ少尉だ。
伊隅いすみ大尉、速瀬はやせ中尉、涼宮すずみや中尉がそれに続いた。
後悔しても意味はないと理解しているが、それでも自分には何かできたのではないかと思ってしまう。
だから思い出す度に感情が絡みつき、自分を殺したくなっていく。
「贅沢者……」
駄目だ、この考え方は否定しなければ駄目だ。
でないと感情がここに根を張ってしまって動けなくなる。
鎧衣よろいさん?」
壬姫みきさんの声に視線を上げる。
また助けてもらった――壬姫みきさんはボクの気持ちが落ちる瞬間がわかるようで、その都度、声を掛けてくれる。
「あ……ごめんね、少し疲れたみたい」
心配そうな顔の壬姫みきさん――いつの頃からか彼女は髪をショートにしていた。
「大丈夫ですか?」
まるで昔のボクみたいだな、と時々思う。
「おっ疲れさまでーす!! 鎧衣よろい大尉に珠瀬たませ中尉、お疲れさまでした~!」
やけに明るい声が飛び込んできた。
「無事の生還おめっとうございます! いやいや、おふたりが無事で何よりです~!」
瞬間、げっそりとした。
「うっわ……なんですか、そのうげっみたいな顔! お疲れのふたりを出迎えるために待っていたのに! 酷いです、あんまりです! あまりのニンジョウレスにカリン慟哭します!」
金色の髪、明るい青の瞳――元々が国連軍基地なので外国人は珍しくないが彼女は別の意味で特別だった。
「カリンさん、ただいま……」
帰還早々に捕まっちゃったか――どっと疲れが増した。
「カリンさん、ここは民間人の立ち入り禁止区画ですよ」
壬姫みきさんが注意するとカリンさんは口を尖らせて抗議した。
「えー、カリンは衛士候補生ですゆえ~。 ただの民間人ではありませんよ~!」
「マニュアル読んでシミュレーターで遊んだだけでしょ。 そんなのまだ衛士候補生とはいえないよ」
衛士候補生としては体力、知識共に全然足りてない。
「でも、代わりの人はいないですよね~? 戦術機に慣れる意味でも格納庫に入る権利はありまーす」
「駄目ですよ。 整備の皆さんの邪魔になっちゃいます」
壬姫みきさんが頬っぺたをぷくっと膨らませて叱る。
「えー、カリン整備の手伝いもしちゃいますよ? というか、すでにやらされてるし~」
まったく、もう――彼女と接触するようになって、ようやくうざく絡まれる側の気持ちが理解できるようになった。
でも、それでも悪い気はしない。
若いっていいよね――くるくると変わる彼女の表情を見ていると、時々は嫌になるが全般的には楽しいのだ。
多分、いまのボクには彼女も必要な人のひとりなのだろう。
これで時と場合を心得てくれれば――そう考えた瞬間、館内放送が流れた。
「――告げる。鎧衣よろい大尉、珠瀬たませ中尉は司令部まで出頭せよ。 繰り返す、鎧衣よろい大尉、珠瀬たませ中尉は司令部まで出頭せよ」
呼び出しだ。
「行きましょう、鎧衣よろいさん」
「だね、壬姫みきさん。――カリンさん、シミュレーターは好きに使ってくれていいよ。でも後日テストをするから。 そこで不合格だったら衛士は諦めて貰うからね!」
自律プログラムの質が向上した結果、新人衛士を増やす価値は昔に比べて減っている。
無論、人間の判断が必要な場面はいくらでもあるので、いてくれる分には助かるのだが――。
「おー、任せろです! 絶対合格あるのみでーす!」
能天気に彼女は答えた。

司令部は静かだった。
昔日の賑わいはなく、選ばれた――あるいは見捨てられた人材だけが淡々と作業している。
当然ながら見知った顔が多く、彼女たちは表情でボクたちの生還を祝ってくれていた。
「お帰りなさい。――例の基地だけど、あんたたちと入れ違いで回収部隊は派遣したから」
白衣を着た女性が振り返って言った。
「ありがとうございます」
目の下のクマが酷いな――口にはしないが香月こうづき司令の顔を見る度に思う。
香月こうづき夕呼ゆうこ博士――終わってしまったオルタネイティヴ第4計画の主導者――そして現在の国連軍横浜基地司令。
「ピアティフ、例の奴を映して。――衛星からの観測で佐渡島の再飽和が確認されたわ。これを受けて新潟、群馬、埼玉、山梨のBETAが移動。48時間以内に横浜基地近郊まで到達するわ」
「うわぁ……かなりの規模ですね」
表示された日本全域図――佐渡島から新潟県全域は真っ赤に染まっている。
「向かってくるBETA群は最低でも軍団規模。師団規模まで減ることはないわ」
壬姫みきさんが喉を鳴らした。
緊張するのも無理はない――現在の横浜基地で出撃可能な衛士は20名。
可動機体は32機――ただし、これまでに損傷を負ったことのない機体はない。
自律機を活用するにしても戦力としては1個戦術機大隊に満たない。
「それじゃあ、やっぱりアレを……」
軍団規模のBETA群に対抗できる戦力ではないのが現状だ。
「えぇ、敷設してある核地雷を使用するわ」
香月こうづき司令が言い切った。
「あとは想定どおりにやるつもりよ」
BETA群の侵攻想定ルートに設置した核地雷。
これを起爆し、混乱した敵群に海上から艦砲攻撃。
分断されたであろう敵群に戦術機部隊が突入。
持久戦に持ち込み、連中の撤退を待つ――それが佐渡島飽和を想定した迎撃作戦のひとつだった。
「横浜基地まで引き付けて叩く作戦は……」
壬姫みきさんの質問には核兵器使用反対の意が含まれていた。
「駄目ね、今回は採用できない。事情はわかるでしょ」
前回のBETA襲撃――横浜基地にて迎撃したが、その際にボクたちは11機の戦術機を失っていた。
「あの……武蔵の砲弾はどのくらい残されていますか? それと核地雷の再生産は……」
ボクが尋ねた。
戦艦武蔵は帝国海軍の貴重な残置物と言うべきものであった。
日本脱出の際、動力系統に損傷を負っていた武蔵を帝国海軍は国連軍横浜基地へ贈呈した。
また、武蔵を運用するために居残りを志願した者もおり、いまでは移動はできないものの、横浜沖で浮き砲台となって横浜基地を守ってくれているのだ。
「主砲副砲ともに60発前後。砲身の調整が完了してないから何発撃てるかは不明。核兵器の生産はしばらくは無理」
「無駄使いできないですね……」
砲弾が足りていない、そして砲身も長い間、交換されていない――おまけに武蔵に乗船している乗組員は17名と聞いていた。
オートメーション化が進んでいるとはいえ、武蔵はその能力を十全に発揮することはできないだろう。
「だから核が使える場合、海軍は使わない。横浜まで接近された場合のみ動いて貰う想定よ」
距離があると無駄撃ちになる可能性も高い――妥当な判断だと思った。
結局は貧者の戦争なのだ。
戦力を揃えることができれば核なんか使わなくて済む。
それができないから、悪魔の兵器に頼らざるを得ないのだ。
「大ピンチですね……」
つい、零してしまった。
「いつものことじゃない?」
「「そういえばそうですね!」」
香月こうづき司令の言葉に壬姫みきさんとふたりして反応――三人で顔を見合わせて笑ってしまった。
「衛士たちにはこれから8時間の自由時間を。その後、核地雷の点検及び迎撃態勢の構築に入って」
「――了解」
「ところであの騒がしい娘は連れていくの?」
「カリンさんですか? まだ無理ですね。自律機の方が数段マシです」
そうなんだと司令は頷いた。
「あいつ、子ども集めてシミュレーターで遊んでるのよ。得点つけてるから一位には何か寄越せってうるさくて」
そんなことしてるんだと少し驚いた。
「いいんですか?」
「いいんじゃない? ガキの頃から練習しておいた方が使える衛士になるわよ」
習うより慣れろが司令の考え――ボクたちが新人だった頃を思い出す。
当時、副司令が吹雪を回してくれて――。
「なんだか白銀さんがいた頃みたい……」
壬姫みきさんに全面的に同調だった。
「本当……懐かしいね」
あの頃はタケルがいて冥夜めいやさん千鶴ちづるさん、けいさんも……。
それだけじゃない、先任たちもまだ……。
胸の奥がきゅっと締まる。
「さて、と……あたしは忙しいから。あんたたちも時間まで好きにしなさい」
香月こうづき司令はひらひらと手を振ると何かの作業に戻っていった。
会話は終わったのだ。
ボクと壬姫みきさんは顔を見合わせて司令部から出て行った。
その後――格納庫に戻ったボクたちはカリンさんとひと悶着することになった。
「ノット納得ですッ! 私も出撃しーまーすー! でるんですー!」
「駄ー目ーでーす、許可しませんですー!」
「ごめんなさい。初陣はもっと安全な作戦でないと……」
「安全な作戦なんてないでしょうがー!」
「安全な作戦はないけど比較的安全な作戦はあるんだよ!」
壬姫みきさんとふたりして説得しようとしたが、カリンさんはなかなかにしぶとかった。
「……だって次はないかもしれないじゃないですか。 カリンだって何かしたいですよー」
「カリンさん……」
同情しては駄目だ、壬姫みきさん――それは彼女の作戦だ!
「あはは、出撃前に不吉なこと言わないで欲しいなー」
強引に流れを変える!
「だったら連れてってくださいよー! 戦力ですよ、戦力! 欲しいでしょ!」
うん、欲しい。
でもね――。
「はいはい、また今度ね~! シミュレーターで自律機に勝てないうちは駄目だからね!」
「ずるいずるいずるいですー!」
「も、戻ってきたら教練にお付き合いしますので!」
壬姫みきさんの空約束。
「もう!! 嘘ばっかり!!」
……そんなこと言われてもね。
嘘なんて言いたくて言ってるわけじゃないんだ。

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