2-9.現実世界 ゼノフォビア

東雲 祉乃

『――3キロ先までBETAは確認されず。ただし支道が2か所。いずれも地上へつながっていると思われます』
イモータルズのドローンが偵察してきた情報が読み上げられる。
直線の棒道だった筑波と違って小倉の地下茎スタブはねじ曲がって複雑な構造をしていた。
三次元的処理が施された地下茎スタブ図を表示――ドローンで偵察できた範囲であり、そこから先は電波攪乱のため、調査は不可能だった。
『――続けて情報共有です。三群山地で光線レーザー級と対峙していた我々の後続部隊が地下茎スタブに突入しました。合流までは約20分。それまでは現地点で待機すべきかと』
イモータルズのヴァルキリー1からの提言――しかし、それは中隊長のわかったの一言で迎えられた。
通信ウィンドウに表示された中隊長の顔――感情を隠している。
針の筵って、こんな感じなんだろうな――管制ユニットの中で東雲しののめ祉乃しのは考えた。
第9中隊は想定していたのとは異なる『ゲート』から地下茎スタブ内へ侵入することになった。
地上侵攻で稼ぐ予定だった距離は達成できなかった。
それは光線レーザー照射に追われての仕方ない選択であったが、東雲しののめはその判断が間違っているとは思わなかった。
だが中隊長は不満なのか、それとも他に何かを考えているのか、言葉数を極端に少なくしていた。
子どもじゃ、あるまいし――中隊長の態度は東雲しののめには卑屈に見える。
これまでイモータルズとは何度も肩を並べて戦ってきた。
命を救われる場面があった。
そして微力ながら彼らを手伝うこともできた。
戦友――彼らをそう呼んでも構わないという感情が東雲しののめにはある。
だが、中隊長とイモータルズの間には距離があると思えた。
東雲しののめにも中隊長の事情は理解できている。
半年前まで小隊長だった人物が中隊長へと格上げされ、それに慣れる間もなく、上層部から査問されたのだ。
部下と機体を失った理由を調査され、今後の対策と責任を求められれば、中隊長が保守的にならざるを得ないのは理解できるし、追い詰められた精神が外部に当たる傾向があるというのも理解していた。
だからといって現状は看過できない。
イモータルズと協力体制を構築できなければ作戦遂行は困難になる。
生還の可能性も落ちるだろう。
そう考えると中隊長に抗議したくもあるのだが、それを皆が見ている前ではできない。
作戦中に中隊長の権威を落とすわけにはいかないのだ。
それに――東雲しののめにはひとつの不安があった。
中隊長が副隊長である自分に話しかけてこない。
これは以前まではなかった動きだった。
まさかとは思うけど――肚の中にひとつの考えが浮かんできた。
この作戦で生還すれば中隊長に昇格させると作戦前に東雲しののめは内示されていた。
それは自分に気合を入れるためのリップサービスに過ぎないと東雲しののめは考えていたが、本当の話の可能性もある。
そして中隊長がそれを知っている可能性も――。
新規で中隊長になる者は好きな人材を副官として連れていっていいという人事慣習はまだ生きていて、この場合、自分は第9中隊から誰かを引き抜くことになる。
つまり――私を含めてふたりの熟練者が9中隊から離れることになるのだ。
第9中隊としては大きな戦力ダウンになる。
自分の部下の昇格は喜べても、それが己の生死につながってしまうのであれば――考えてはいけないのかもしれないが、現在の状況は中隊長の飲み込める現実を大幅に超えているのだと思った。
だから、普通の状態の中隊長だったら、しないような行動をしている――東雲しののめにはそう思えた。
そして何より中隊長は私をイモータルズ親派として見ている――そんな気がしている。
その場合、この問題は更に複雑化する。
ため息が零れた。
どうしてこうなったんだろう――寂寥感。
正しい選択なんて考えなくてもわかるだろうに――この現状に叫びたくなる。
生きるために何をすればいいのか――それがわからない人でもないだろうに。
組織としてのプライド、個人としての感情――保身と呼ばれる防衛行為が自分たちを亡ぼすことになるのではないだろうか。
このジレンマをどう解消すればいい――東雲しののめの中で答えはまだ出ていなかった。

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地下茎スタブの三次元構造図を視界に展開して情勢を確認――道中での接敵がなければの話だが、伊隅いすみたちアルファ1と合流するのに15分程度だ。
部隊は警戒態勢を取りつつ前進している――特に指示が必要な局面ではない。
機体の操縦を千木良世ちぎらせに任せていることに甘え、目を閉じて思考する。
地下茎スタブ突入前――三群山地の戦闘でひとりの衛士を失ってしまった。
甲斐かい 志摩子しまこ――ホワイトリリィと呼ばれた少女は光線レーザー照射に撃墜された。
一瞬の出来事だった。
危ないと思った瞬間には機体はすでに赤熱化していた。
オレンジとも黄色ともいえる輝き――飴のように装甲が溶けて機体が火を噴く。
照射が終わった後も機体は炎を吐き続け、それは搭乗者の完全なる死を意味していた。
戦死というものを再び目撃した――ぎゅっと唇を噛み締める。
慣れなければならないというのはわかっている。
いずれ慣れてしまうのだろうとも思う。
だが、いまは消化することができない。
後悔しても意味はない――それよりも失敗から得た教訓を次に活かすべきだ。
以前にそう学んだはずなのだから――拳を握って額に当てる――失った衛士を弔う意味でも気持ちを切り替えねばならない。
ふと思いつき、部隊内監視のためにウィンドウを立ちあげる。
たかむら 唯依ゆい――山吹色の強化装備――唇を一直線に結んでいた。
甲斐かい 志摩子しまこたかむら 唯依ゆいの友人だったと身上書に記載されていた――それを思い出したのだ。
相互に記憶補完させるために、知り合い同士を近い場所に配置するようにしていると神宮司じんぐうじ まりもは言っていたのだ。
記憶の補完か――何ひとつとして過去を思い出せない己の脳を罵倒しながら全員のウィンドウを立ち上げて表情を窃視――動揺が見受けられるなら対応をと考えて、そこで思考が止まった。
駄目だな、自分は――多少は経験を積んだはずなのに掛けるべき言葉を見つけられない。
『――志摩子しまこ、再生して貰えるんだろ? だったら……』
石見いわみ 安芸あきは、そこで言葉を切った。
おそらく復活できるのだから大丈夫だと言葉を続けようとしたのだろうが、そのわりには意気消沈してみえた。
そういえばたかむらさんの班は彼女の同期で固めていたと思い出す。
たかむら 唯依ゆい山城やましろ 上総かずさ石見いわみ 安芸あき能登のと和泉いずみ――そして戦死した甲斐かい志摩子しまこ
『――そうだよね。唯依ゆいだって復活したんだし、志摩子しまこだって絶対に戻ってくる』
石見いわみに応えたのは能登のと和泉いずみだった。
『――そうだよな! あいつ、またやられちゃった~とか言って復活しそう!』
『――あ、言いそう! というか、言うね、間違いなく』
『――だろ? 普段はしっかりしてるけど、ピンチになると結構甘えてくるんだよな、あいつって』
友人は一時的に消えただけに過ぎない――だから悲しみ過ぎは良くない。
それが少女たちの精神防衛行動だとは推測できた。
「……いいのか、管理官?」
彼女たちが通信で本名を明かしてしまっていることを千木良世ちぎらせさんは警戒したのだろう。
「短距離通信ですし、注意するのはたかむらさんの役目で……」
そしてふと気づいた。
たかむら 唯依ゆい山城やましろ 上総かずさは会話に参加していない。
表情は微動だにしていない――ふたりの纏う空気はよく似ていたが、なぜか考えていることは違う気がした。
電子音――通信ウィンドウが立ち上がる――伊隅いすみだった。
『――ようやくつながったか』
中継器が仕事してくれたようだなと伊隅いすみが呟く――疲れを見せた姿に小さく敬礼で応じる。
「――合流まで約10分強……間もなくです」
『――頼む。早く合流して欲しい』
ウィンドウの伊隅いすみがふっとため息を吐いた。
「……どうかしました?」
伊隅いすみさんはいつも落ち着いていて動揺を見せない人――自分の中ではそうカテゴライズしていた。
しかし、いまは明らかに困っているように見えた。
『――あ~……すまない、管理官。――やらかした』
やらかした――らしくもない言葉に嫌な予感が沸いた。
「何かあったのですか!? まさか――!?」
全滅、半壊、負傷――背筋に悪寒が走った。
『――いや、まさかという事態ではないのだが……。私もまだ未熟ということなのだろうな。国防隊と少しばかり揉めてしまった』
国防隊と衝突――意外な報告にどう反応すべきか考えてしまう。
「えぇと……確か合流予定の国防隊の戦術機は第9中隊でしたよね?」
第9中隊――奇縁とでも言うべきだろうか、戦場で何度も肩を並べて戦った部隊だ。
『――そのとおりだな』
これに関しては国防隊上層部がイモータルズと接触する部隊を限定しようとしている可能性もあるが、いずれにせよ見知った部隊であることには変わりがない。
その知人ともいえる部隊となぜ?
「……わかりました。至急向かいます」
こういう場面で伊隅いすみは冗談をかましてくる人間ではない。
ならば急がなければならない――嫌な予感を抱えたまま、部隊に速度を上げろと命令を下した。

東雲 祉乃

イモータルズの後続が合流したのは、中隊長とヴァルキリー1の会話が行き詰まってから数分後のことだった。
到着したパペットマスターが名乗った瞬間に東雲しののめは少しだけ安堵した。
それまでが目も当てられない状態だったのだ。
有り体にいって国防隊とイモータルズの間の空気は最悪の状態になっていた。
当初、中隊長はイモータルズに対して許可されている限りでは最大限の要求を突き付けた。
その条件のいくつかはイモータルズにとって拒否が許される範囲の要求も含まれており、ヴァルキリー1は中隊長に調整を図ろうとした。
伊隅いすみたちアルファ1は補給寸前で第9中隊の窮状を知らされ、救出のために急行したのである。
イモータルズを前面に立てての進軍は受け入れるが、推進剤、残弾に不安を抱えているため、第9中隊から砲弾などの供与を受けたいと述べた。
至極当然のことだと東雲しののめは思った。
しかし、中隊長は物資提供を拒否した上で、ヴァルキリー1に対して契約違反を指摘した。
それは傍聴していた東雲しののめからしても無理筋の理屈であり、副隊長として介入して状況を修正しようとしたが、この動きも中隊長に拒絶された。
その上で筑波でイモータルズに同行したことを責められた。
それはいま話すことではないと抗議したが、それも中隊長は取り合わなかった。
進展しない対話――互いに沈黙する場面が増えてきていた。
パペットマスターたちが到着したのは、そんなタイミングだった。
おそらく、道中で説明は受けていたのだろう――挨拶もそこそこにパペットマスターは中隊長に向かって、ここからは自分が話をさせていただきますと丁寧な言葉で伝えた。
『――我々は上陸戦以降、戦闘を継続しているため残弾に不安を抱えています。我々が露払いとして前に出ることは承知していますが、その場合、最難関と想定される反応炉前では我々は戦闘不能になっていると予想されます』
『――我々は反応炉前まで戦力を温存しなければならない。反応炉に到達するのが目的ではない。反応炉を制圧するのが作戦の核心だ」
交渉相手が変わっても冷たい対応だと東雲しののめは思った。
『――現在までに国防隊の後続が地下茎スタブに突入したという情報は入っていません。最悪の事態が地上で発生していると想定し、我々と第9中隊のみでの反応炉制圧を検討しなければいけない段階です』
味方の攻勢は不調――ここで争っても無意味だとパペットマスターは言っている。
彼は冷静であり、中隊長の立場に一定の理解を示した上で妥協点を探ってくれている。
その流れを遮っているのは中隊長だ。
『――だからこそ、イモータルズには道を切り開いて貰う。今回の突入で我々国防隊が反応炉を落とすのだ』
一瞬、誰が反応炉を落とそうが構わないだろうと叫びたくなった。
『――それではこちらが耐えきれないですよ。使われるのは構いませんが、使い捨てられるのは承服しかねます』
『――なんと言われようが私は君たちに契約を履行して貰うだけだ。民間軍事会社にはそれだけの報酬が政府から支払われている。国民の血税が君たちの利益になる。――ならば使えるだけ使わせて貰う』
『――無茶な契約はしていないはずですし、それに――契約の話は現場レベルの人間が語るものではないでしょう』
『――現場の者として言いたい。君たちは与えられた報酬に見合う仕事をしていない。あれだけの金を手にするなら、それなりの仕事をしてくれ』
あれだけの金――どれだけの金の話になるのだ?
そもそも軍事関連というだけで何もかも金が掛かる。
安価な日用品ではなく、どうしようもない非日常の際に使われるのだから、それは当然の話であり、東雲しののめには中隊長が話し合いを破綻させようとしているとしか思えない。
操縦桿を握りしめ、会話に混じろうかと真剣に考える。
向こうが人を変えたのだ――こちらが変えてもおかしくはないはず――。
『――そこまで高給取りではないですよ、我々は……』
『――そうだ、楽しみはPXでの買い食いだけだぞ! たまには街中でぱふぇとやらを食べてみたい!』
中隊長とパペットマスターの会話に女性の声が飛び込んできた――パペットマスターは複座機に乗っているので、おそらく前席の衛士が割り込み発言したのだろう。
『――ちょっ! ……と静かにしてください! いま真面目な会議中なんです!』
『――す、すまない! ついつい興奮してしまった!』
注意されて黙ったが、傭兵らしくない呑気な兵士がいるものだ。
そういえば、と気づいた。
パペットマスター、管理官と呼ばれる男の前席には操縦担当の女性傭兵がいたはずだ。
『――私は認めない。イモータルズには命令に従ってもらう』
冷たい言葉だった。
「中隊長……」
中隊長はイモータルズに喧嘩を売るつもりだ――そう確信した。
間の悪いことに中隊長とパペットマスターの会話には制限が掛けられておらず、周辺の衛士はみな聞き耳を立てていた。
だが、声を上げる者はいなかった。
国防隊の衛士も傭兵たちも双方が押し黙り、嫌な沈黙が続いた。
『――質問したい。信義の問題だ。嘘は吐かないでくれ』
中隊長の声はややかすれている。
『――貴様たちは製造された兵士だ。――違うか? 答えて欲しい』
心臓がぎゅっと締め付けられた気がした。

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