2-8.現実世界 摘蕾
司令部から下された命令――転進して三郡山地と国防隊戦術機部隊の間に進出。
光線照射を引き付けつつ、国防隊の地下茎侵入を補佐せよ――随分と好き勝手に命令してくれると篁 唯依は思った。
アルファ・ユニットは戦場にて部隊を再編――管理官班と伊隅班の二つに分かれた。
伊隅班は補給を終え次第に国防隊と合流して地下茎への突入を目指し、先行して補給を終えた篁 唯依は管理官の指揮下に配され、三郡山地の光線級と対峙することになった。
空が暗い――追加のAL弾が撃墜されて重金属雲の濃度が上がっている。
それは国防隊の練度向上を意味していたが、だからといって光線照射の囮を務めるには不安があった。
『――あいつらの好きにはさせない!』
『――えぇ、そうね! 絶対に潰してやる』
石見 安芸の猛りに能登 和泉が続いた。
ふたりとも逸ってる――篁 唯依の肚に苦い感覚。
安芸は双子の弟を失ったという記憶が、和泉には婚約者が殺されたという記憶が残っている。
泣き続ける和泉の姿は唯依もよく覚えていた。
その復讐衝動が適切に昇華されるなら問題はない。
だが、いまのふたりの操縦は粗雑であり、激情に飲み込まれる寸前にも見えた。
それに志摩子の動きにも不安がある。
ウィンドウに表示された志摩子の顔色は青白く、安芸と和泉の会話も聞こえていないようだった。
彼女は帝都で光線級に撃墜されて死亡した。
事前の診察で精神的外傷は残っていないと判断されていたが、機動を見た限りは怪しいと思えた。
管理官と相談して精神安定剤を投与すべきかの判断を――しかし、管理官はデウカリオンと通信しているようで接続することができなかった。
終わるのはいつだろうか――駄目だ、それまで手をこまねいてるわけにはいかない。
「――楔壱型に修正する! 私が先頭に!」
部隊を落ち着かせなければ――陣形を変更して速度をコントロール――同時に山城 上総を殿に配置する指示を出した。
この指示だけで私が何を望んでいるのかを彼女なら理解してくれるはず――あとは和泉と安芸を落ち着かせればいい。
「三郡山地の麓はまだ地形が生きてる。捕捉されたら回避を――」
『――何、温いこと言ってんだよ!! このまま最高速で殴り込みだ!』
「シルバーエッジ……!! 命令に従え!!」
『――根本的な所を間違えてるんだよ!』
『――そうよ! シルバーエッジの言うとおりだよ!』
動揺――石見 安芸の反発は予想していたが能登 和泉まで同調するとは思っていなかった。
『――わかってるだろ、あたしらは死なないんだ! 何度でも再生できる!』
『――当然、取るべき戦術も変わってくるよ。ここで刺し違えても――』
待って、それは違う――脊髄が反発した。
『――任せろって! あたしが全部始末してやる!』
一見、彼女たちの話は理屈が通っている――だが、それが間違いであることを篁 唯依は知っている。
あの世界の彼女たちを失った時、自分がどれだけ無力感に苛まれたことか――。
警告音――光線照射警報だ。
「散開ッ! 地形に隠れろ!」
素早く号令して使えそうな建物の残骸に愛機を寄せる。
誰かの悲鳴が耳に飛び込んでくる――志摩子だ。
「ホワイトリリィ、こっちへ……!!」
そこで自分が盾にしているのが破壊された学校だと気づいた。
瞬間、視界が白くなる――光線照射が校舎を焼く。
篁 唯依は機体姿勢を低くしたまま移動――校舎を融解させた光線が2秒前までいた場所を焼いていく。
「照射が途切れたら突っ込む!」
管制ユニットの中で吠えたが、味方に聞こえているかはわからなかった。
『――わかってる! 和泉、やってやろうぜ!』
『――敵討ち、やらせて貰うから!』
無線がつながっていると理解――思わず本名で呼び合うのは禁止だと言いたくなる――耳を貸してくれないふたりではあるが戦意は高い。
戦闘中にふたりを説得などできるはずがない。
ならばふたりの闘志に任せた方がいいのだろうか――少なくともその間に志摩子のケアができる。
納得しないまま算盤を弾き、山城さんにふたりを見て貰おうと通信ウィンドウを呼び出す。
腹の立つことに管理官はまだデウカリオンと通信している――相談せずに対応しなくてはなるまい。
「ホワイトファングよりパニッシャー、散開したまま、光線級に仕掛ける。シルバーエッジとファイアジェリーを頼む」
『――了解。あなたがそれでいいのであれば』
どきりとした。
山城 上総と会話していると精神的に圧される――それは学生時代から変わらない。
あなたは間違っているが私は否定しない――山城にそう指摘された気がした。
何が違う、何を間違えている――まるで自分が成長していないように感じられた。
これでは駄目だ――少なくとも私は山城 上総を目の前で死なせてから、数年は生き延びたのだから。
その時間をなかったことにはできない。
「光線級の数は少ない。誰かひとりでも近づくことができれば何とかなるはずだ」
山城の言葉には答えずに山城の問いに応える。
誤魔化す術を覚えるのが大人になるということではないはずなのに――篁 唯依は自己嫌悪の感情を握りつぶして行動を開始した。
「地下茎内にて国防隊とアルファ1の戦力再編完了しました」
CICオペレーターのピアティフの報告を聞きながら、大型モニターを眺める。
そこには判明している限りの地下茎構造の立体図が表示されていた。
地下茎内に侵入した部隊からの情報で構成される地図は正確だ。
だが、地下茎内で通信インフラを確立するのは困難であり、どこまで使えるかはわからない。
現在、アルファ・ユニットはふたつに分かれている――伊隅の率いる地下茎先行突入部隊アルファ1と管理官の率いる光線級掃討部隊アルファ2だ。
地下茎に突入した伊隅らは国防隊の第9戦術機中隊との連携を完成し、いつでも再進軍可能状態になっていた。
一方、管理官の率いた部隊は旧飯塚市のBETA群を突破、三郡山地の光線級を掃討したばかりだった。
「現在までの被害は?」
「アルファ2の1機のみです」
「そうか……」
三郡山地光線級掃討の際、1機の戦術機が光線照射によって蒸発した。
機体も完全に融解したことが確認されているため、自動的に衛士の再生が決定していた。
きっと今頃、夕呼のラボで再生装置が自律起動したはず――誰もいない部屋で電子機器だけが動いている様子を神宮司まりもは妄想した。
「彼女は光線照射によって死亡した。――あちらの世界でも、こちらの世界でも」
傍らに立つ親友の声。
「偶然か、もしくは因果の流入か……」
亡くなった衛士の詳細な過去を神宮司 まりもは知らない。
経歴書に一度だけ目を通しただけの状態だったが、光線照射で戦死したのは共通の事実だったと思った。
しかし、正確な場所もシチュエーションも違う。
衛士である以上、BETAと戦闘して死ぬのは常だ。
突撃級に轢き殺されるか、要撃級や戦車級に群がられて撃破されるか、光線照射に灼かれるか――戦死の種類はそれほど多くない。
だから、神宮司 まりもは答えることにした。
「因果の流入とは思えません。――ただの偶然でしょう」
この世界に再生し、しばらくしてから自分は、この世界の香月 夕呼の補佐役を任されることになった。
その際に彼女が自分に対して様々な説明をしてくれた――並行世界のこと、戦術機のこと、私が生まれた世界とこの世界の違い。
香月博士の説明の中に因果律量子論という話があった。
原因と結果には結び付きがあり、それを切り離して考えることはできない――当然の話だ。
だから、次元の壁を越えて原因が移動した場合、結果も同じように移動してしまう――つまり、並行世界同士がつながってしまった場合、自分の生まれた世界で起きたことが、こちらの世界でも起きる可能性が高い。
これは深刻な結果をこの世界にもたらすことになる。
最初は意味がわからなかった――だがあの時、続けて言われた言葉が私の脳に火を点けた。
「並行世界で起きたことが、この世界でも起きる。すでに並行世界で出現したBETAが、こちらの世界にも発生している。だから――あの世界同様、数十億人の死がこちらの世界でも起きる可能性が高い」
瞬間的にイメージが爆発した――私を守るために盾となって蒸発した衛士――ヘッドハンティングされて異動した横浜基地――斯衛クーデタ―事件――大海崩と塩の平原。
あれがこの世界でも起きるというのか――私のような存在が、この場所にいることによって。
あの時、自分の中にあふれ出した感情は忘れることができない。
吐き出したくなるほどの憎悪と破壊衝動――全身が総毛だつ。
なんてことをしてくれたのだ――発作的に私は目の前の机にあったペンで自分の喉を突こうとした――だが、それは香月夕呼によって阻止された。
話を聞かされた私が、そう行動すると彼女は読んでいたのだ。
それから彼女は説明を続けた。
「すでにハイヴが出現している以上、あんたが死のうが失踪しようが大勢に影響はない。――破滅の因果はすでに流れこんできているの」
でも――納得できなかった。
自分があの悲劇をもたらすのであれば死ぬべきだと思った。
だが、あの後、親友は言った。
対策はしてある。
次元の壁を越えて並行世界から人間や道具を移動させることは極力避けねばならない。
とはいえ、異星起源種との戦争に他の並行世界からの情報は欠かせない。
世界中にハイヴが出現した以上、対応が遅れれば人類は壊滅する。
そのために戦闘経験のある人材と戦術機が必要なのだ。
よってあんたは――再生衛士たちはデジタル化された塩基配列データと記憶情報を並行世界から受け取り、そのデータを基にしてこちらの世界の物質で再現している。
つまり、あんたはあんたであって、あんたではない。
良く似た肉体によく似た記憶を焼き付けた人造人間だ。
その言葉の衝撃は私の行動を確実に止めた。
聞き入る私に彼女は、でもこの配慮はどこまで有効なのかはわかっていないと続けた。
ひょっとしたら解析された遺伝情報や記憶データの移動だけでも、この並行世界に影響を与えてしまっているのかもしれない。
だが、数十億人が死亡するという結果を直接的に輸入してしまうわけにはいかない。
だからできる限りの配慮はしたつもりだ――極小のデータの移動を持って最大限の効果を作り上げる。
それこそがイモータルズで私がしていることなのだ――あの日、香月 夕呼はそう宣言した。
「4つ目の中継器の設置完了。残りの中継器は6基です」
ピアティフの現状報告――もうしばらくの間、地下茎内の部隊を追跡することができる。
その報告を聞かされても隣に立つ香月 夕呼の表情に動きは見られなかった。
私には理解できない何かについて思考したままなのだろうと神宮司 まりもにはわかっていた。
どの世界でも彼女は変わらない。
元の世界で私は親友に部下として迎えられた。
手伝ってと、あの世界の彼女は言った。
私の性格についてこれるのはあんただけみたい――そう言って笑った顔はいまでもよく覚えている。
「三郡山地で戦死した衛士は、この世界の物質で肉体を再現して記憶データを焼き付けただけの存在です。彼女が次元を超えてきたわけではありません」
だから、そう返した。
傍らに立つ彼女に変化はない。
それでも構わないのだ。
元より因果律量子論など自分に理解できる話だと思えなかった。
わからなくても彼女を信じることはできる――自分にとってはそういう話なのだ。
そしていまの香月 夕呼には、自分のような返答ができる者が必要なのだ。
それだけはしっかりと理解していた。