2-7.現実世界 Adolescence In Red
噴射地表面滑走――進路を阻む障害物だけを排除していく。
作戦目標は地下茎内の深奥に鎮座する反応炉の制圧であり、蠢くBETAどもの掃討ではない。
傭兵たちは与えられた仕事に成功しており、小倉ハイヴ周辺のBETAの数は驚くほど少なかった。
作戦は順調に進行している――少なくとも5分前まで東雲 祉乃はそう考えていた。
だが、いまは違う――機体を高速で蛇行――感覚欺瞞で消化しきれない激しい揺れに襲われる。
複数の警報音が重なる――BETAの接近を報せるもの――そして光線級の予備照射に捕捉されているとの警告。
『――ほ、捕捉されたッ!!』
無線越しに仲間の悲痛な叫び――恐怖に呑まれたのだとわかる。
網膜にメッセージが投影――プリセットした自律プログラムが機体を乱数回避させる。
計算していないGに戸惑いながら補助ウィンドウで後方の三郡山地を投影――火災が拡がっている。
それは三郡山地から光線照射されていることを意味していた。
「やっぱり見落としが……!」
三郡山地の『門』は作戦前には監視衛星が、作戦中にはイモータルズが現地で位置を調査していた。
更には未発見の『門』の存在を考慮し、4機の戦術機を三郡山地に残してきた。
だが、三郡山地は広大であり、わずかな時間の現地調査では足りなかったと考えるべきなのだろう。
それにしても――。
「どうしていつも……!!」
上手くいかないのだ――操縦桿に八つ当たりしたが、乱数回避中の機体は入力を受け付けない。
どうして、どうして――戦闘を繰り返して国防隊の練度は上がっている。
不測の事態を想定し、何かあれば予備戦力で対応する算段もついている。
だが、現実として自分たちは無様にも光線級に背中を晒しているのだ。
『――ひっ、ぃぃ……!!』
通信ウィンドウには涙目の胡桃沢――駄目だ、このままでは部隊は完全に恐慌状態に陥る。
「0902より0901! 作戦の修正を上申! 今すぐ地下茎に侵入を!!」
可能な限りハイヴ中心部に近い『門』から侵入する想定ではあった――だが地上を行けば光線照射を浴びることになる。
現在、小倉ハイヴまで直線距離にして30キロの地点に自分たちはいる。
想定では地表構造物まで5キロの『門』から地下茎に進入するはずだったが背後から狙われているのだ――侵入予定の『門』まで到達するのは不可能だと思えた。
『――…………』
隊長機との回線が断続的に切断される――重金属雲の濃度が上がっているのは司令部が対応した結果だろう。
だが、重金属雲は完璧ではない――いずれ照射威力を減衰しきれずに落とされることになる。
隊長からの反応の遅さに東雲は苛立った。
「隊長、後ろから狙われていますッ! このままでは――」
『――駄目だ! ――地下茎……我々……の――突破は不可能だ! だが地上……ば――……!』
中隊長は地上進攻を続けるつもりか――目の前が暗くなる。
「しかし……! それでは――!!」
確かに速度を上げられる地上を進んだ方が距離を稼げる――しかし、現在の中隊の練度では、それを完遂するのは無理だ。
なぜこうなった――瞬間的に思考――答えは明白だった。
中隊長は地下茎を警戒している。
筑波の地下茎で死にかけたことが中隊長の判断力を鈍らせているのだと気づいた。
彼はBETAに追い立てられて地下茎に逃げ込んだ。
その後、イモータルズと合流して脱出に成功したが、帰投後には国防隊上層部から聞き取りという名の査問を受けた。
東雲は査問のすべてに立ち会ったわけではないが、参考人として事情を聴取された。
だから、なお一層慎重になっているのだろう。
だが、なぜ経験を武器にしない――憎しみに近い衝動が胸の中で沸き上がる。
確かに地下茎内の戦闘は人類戦力にとって不利だ。
電波攪乱により索敵は難しく、進路も自由に設定できない。
またその狭さは戦術機最大の武器である機動力を削ぐことにもなる。
だから何だというのだ。
なぜ、私たちはその窮地を突破した経験があると考えないのだ。
機体が揺れる。
自律乱数回避だ――ジェットコースターに乗ってるのと同じ感覚に襲われる。
自分以外の何者かが動かす箱に乗っているだけ――生死は私の外にある。
中隊長が地上を行くことを諦めないのであれば、自分は自分の運命に関与することなく進まなければならない。
「――重金属雲濃度、規定値プラス30、通信障害発生を認む」
正面モニターの広域作戦図に重金属の雲が表示されている。
「濃度を落とすな。後続の用意を。三郡山地に残した戦術機との交信は――?」
「全機応答ありません。――重金属雲濃度上昇前に反応をロストしています」
やられたか――やはり、あと1時間は第9中隊を三郡山地に置いておくべきだった。
作戦の速度が落ちようとも、逸ってはいけなかった。
統合司令部指揮所内には嫌な空気が満ちていた。
戦争の流れが変わる――誰もがそう予感しているのだと石田は思った。
「――予備戦力を上陸させるべきです。三郡山地からであればおよそ100キロ内が光線級照射範囲。――博多、門司、瀬戸内、すべて落とされる」
金杉一佐だ。
「放置すれば第七艦隊が口を挟んでくるでしょう」
もっともな話だ。
米軍の関与を許すべきか――幕僚たちの考えが、その一点に集中した。
鎮西作戦は国防隊主導の作戦になっている以上、米軍を噛ませたくない。
ここを単独で切り抜けるのと、米軍を参加させるのでは後の政治的立場が大きく変わると考えられる。
だが、ここで予備戦力を投入してしまっては、この先の不測の事態に対する手札が減るという事実がある。
しかし、作戦はまだ序盤であり、ここで駒を失うわけにもいかない。
「国家に真の友人が存在しないように、軍にも真の友人はいない」
幕僚の誰かが呟いた。
「友人が友人であり続けるのは、双方が友人たらんと思っている時のみだ」
違う幕僚が呟きに答えた。
「見られているのだな。我々がどう対応するのか、どこまでできるのか――日本という存在にどれだけの価値があるのか」
それは幕僚全員の感想だった。
石田は拳で顎を拭った――僅かに伸びた髭のザラついた感覚。
思考の整理――前提、手札、影響――結果。
米軍に助力を求めれば、想定通りの『門』からの戦術機部隊の地下茎突入は成功するだろう。
第七艦隊はこれまで誘導弾を発射していない――余裕がある。
政治的に不利な立場になるとしても、それは政治家の仕事だ。
政治家に嫌みを言われるのを我慢することと隊員の生命を天秤に載せるのであれば、どちらが重いのかは考えるまでもない。
他方、国防隊だけで処理する場合はどうなるか――算盤を弾く。
誘導弾はまだ使える――戦術機部隊に被害は出るだろうが、地下茎に突入させることはできるはずだ。
三郡山地掃討でどれだけの戦術機を失うかははっきりしないが、予備戦力が全滅するということはないと思える。
問題は地下茎侵入後だ。
先の大規模間引き作戦にて、国防隊は初の地下茎突入を経験した。
だが、その結果は惨憺たるものだった。
得られた戦訓としては、地上戦の数倍の戦力を投入しなければ地下茎内を制圧するのは困難というものだ。
地上戦と違って誘導弾による面制圧もできないし、補給も困難だ。
だから予備戦力は、地下茎への侵入路が確保でき次第に投入する予定だった。
では、どうする――ここで無理をすべきか。
大型モニターに表示された戦域図を睨みつける。
包囲網の構築には成功している。
小倉ハイヴ周辺のBETA群の大半を旧飯塚市へ誘導することにも成功した。
旧飯塚市――イモータルズの戦術機部隊を示す光点が点滅している。
博多上陸から三郡山地の制圧――そして小倉ハイヴ周辺へ強襲し、旧飯塚市へ後退。
ここまでの戦闘の殆どを担った傭兵たちはほぼ限界に達しており、補給を受けなければこれ以上の戦闘は難しいはずだ。
だが――彼らならできるのではないだろうか?
手元のコンソールを操作し、傭兵たちの情報を確認する。
残弾数、推進剤残量――無残な状態だ。
だが、おかしな数字に気づいた。
アルファ・ユニットの中の数機はすでに補給を終えているようだ――BETAどもを引き付けながら補給するという曲芸じみた行動をしたのだとわかる。
抜け目ない――あの女の部下であれば当然か。
石田の中で答えが出た。
「イモータルズを動かしましょう」
指揮所内の空気がざわついた。
「石田さん、それは無茶だ。奴らはすでに4時間以上戦闘している。疲れているだろう。それに何より補給を受けなければ――」
長山二佐の発言を石田は遮った。
「確認した。補給は随時行われている。戦闘は可能だ」
「しかし……」
金杉一佐が抗議しかけて黙った。
結局のところ、傭兵は傭兵であり、国防隊の隊員が死ぬよりはマシなのだ。
隊員が死ねば遺族やマスコミから叩かれることを覚悟しなければならないが、傭兵ならば、そこまで酷い反発は警戒しなくても済む。
指揮所内の全員がそこに思い至ったのだろう。
石田は統合幕僚長から鎮西作戦の立案を任された男である。
そして、ここにいる幕僚たちはその事実を知っている。
だから、それ以上は石田に抗議する者は現れなかった。
CICで無駄口を叩く者はいない――そのようにスタッフを教育してきた。
戦域図を眺めながら、ブレイザー中将はマグカップを口に運んだ。
コーヒーはすっかりぬるくなっている。
お代わりを頼むか――自分の右に視線を動かすと、そこにいた女性が気づいた。
きちんとしたスーツ姿だが軍服ではない――気性の強さが現れた女の顔は嫌いではなかった。
「コーヒーを頼もうと思うのだが、君もどうかね?」
「お構いなく」
釣れない客人だ――合図するとすぐにコーヒーが注がれる。
僅かな時間、香しい匂いを楽しんだ後にブレイザーは女性に尋ねた。
「ここまではすべて貴女の言うとおりになっているようだ。作戦参謀として貴女を部下に欲しいくらいだ」
「ありがとうございます」
当然だと思っているのだろう――女の顔に変化はなかった。
それがブレイザーの悪戯心をくすぐった。
「そこまで警戒しなければならないのかね、香月 夕呼という女は?」
無論、ブレイザーも香月 夕呼のことは知っている。
民間軍事会社イモータルズの専務にして白陵大学教授という才媛。
白陵大学時代から数々の特許を取得し、今世紀最高の頭脳と呼ばれる女――その発明品は人類の歴史を変えたとさえ言われている。
「ご存じでしょう? 彼女がいなかったら人類はとうに終わっています」
「それはそのとおりだが……。彼女は同盟国の人間だし、我が国に対しては有利な契約を結んでくれている」
日米間での技術交流は盛んであり、香月の持つ特許に関しても米国に対してはほとんど制限が掛けられていない。
不満なのは彼女が米国人でないことくらいであり、その問題にしても政府が本気になれば、どうにかできるとブレイザーは知っていた。
客人の女は少しだけ黙っていたが、やがてその艶やかな唇を開いた。
「これまでの彼女の動きは及第点です。ですが――ここから先は必ず邪魔になります」
「……そうとは思えないが?」
ブレイザーの反論に根拠はない――ただ客人の反応を試したかっただけだ。
3秒ほどの沈黙の後、女は笑みを浮かべた。
「理解していただきたいものです」
わからなくても構わない――自分は貴官の上とつながっているのだから。
女の笑みはそう語っていた。