2-6.現実世界 熾火
36mm砲弾の並列射撃が続いていた。
放たれた劣化ウラン弾が要撃級の肉を裂き、その動きを止める。
アルファ・ユニットはBETAとの彼我距離を維持しながらじりじりと後退していた。
『――砲撃を絶やすな、桂川町まで奴らを引っ張るぞ』
ヴァルキリー1/伊隅の声――周辺地図を網膜に投影して移動地点を確認する。
桂川町は現在地より直線距離で3キロ程南――戦術機が本気を出せば数分で移動できる距離だ。
「管理官、桂川町で補給できるのか?」
前席の千木良世の声には少しばかりの不安が含まれていた。
「その予定ですよ」
別動隊によって桂川町の南に補給コンテナが準備されたという情報は入手している。
「良かった。この弾倉が最後なんだ。――お腹も減ったし」
言いたかったのは後ろの方だな――管理ウィンドウを立ちあげ、データリンクで隊内の兵装の消耗具合を確認。
「全機、補給が必要ですね」
それから補給コンテナ内に十分な在庫があることを把握して一息入れた。
それにしても後方に余裕のある後退戦闘は楽だな――作戦指示書を表示し、目を通しておく。
博多湾から上陸し、旧博多市街を制圧して三群山地へ――三郡山地のBETA群を掃討し、小倉ハイヴ周辺のBETA群に戦闘を仕掛けた。
この攻勢の真意は地下茎への進入路を切り開くことではない――小倉ハイヴ周辺BETA群に喧嘩を売ってから逃げることだった。
BETAの戦術的思考は低い――攻撃を仕掛ければ必ずやり返してくる。
だから交戦しながら後退することによって、BETA群を特定位置に誘因するのは、それほど難しい仕事ではなかった。
自分の記憶にはないが、多くの戦場で採用されてきた作戦だという。
最終的に周辺BETA群の35%を飯塚市内に誘導するのが目標であったが、どうにかそれはクリアできそうだ――作戦指示書の表示を消す。
広域図を表示して国防隊の配置を再確認――博多湾から上陸した戦術機部隊は三群山地に到達済み。
玄界灘と瀬戸内海では海上国防隊の艦艇が展開しており、いつでも戦術機部隊を上陸させられる状態にある。
間もなく、作戦は次の段階へと推移する。
『――ファイアジェリー、気を抜かないで。砲弾は有限よ』
パニッシャー/山城 上総からファイアジェリー/能登 和泉への警告。
データリンクを立ちあげて能登機の状態を確認――命中率が低い――突撃級の外殻、要撃級の腕部に当たって攻撃が無効化されてしまっている。
難しい状況ではないはず――能登の精神状態を確認――ハイベータ波が多い――強いストレスを感じている証左。
『――ご、ごめんなさい』
能登の声はどこか上擦っていた。
どういうことだろうか――状況はそこまで緊迫していない。
古兵とされている彼女たちが動揺するような場面ではないのだ。
どうするべきか――管理官として対応しなければならない。
能登 和泉の経歴を思い返す――彼女もまた、こことは異なる並行世界の存在。
篁さんの同期で武家の生まれ――篁さんたちの世界は武家が存続した社会であり、武家の子息は幼い頃から斯衛として訓練されるという。
この世界とは異なる社会で育った存在――たしか横浜の撤退戦で御剣さんが篁さんと自分は異なる常識の中で育ったと言っていたはず。
一部とはいえ封建社会が残った世界――胸の奥に異物感。
能登さんも篁さんと同じ価値観で育った武家社会の人間だ――では何と声を掛ければいいのだろうか。
自分は何も理解できていない無力な存在――自己嫌悪。
『――勘弁してあげてよ、パニッシャー。ここはファイアジェリーの……』
シルバーエッジ/石見 安芸が会話に混じってきた。
『――シルバーエッジ、そこまで。戦闘に集中して』
ホワイトファング/篁 唯依が会話を止めた。
気になる――ここは能登さんの何だというのだろうか。
考える先に体が反応してしまった。
秘匿通信回線が立ち上がり、篁さんを呼び出す――彼女は少し驚いた顔を浮かべたが、素直に応答してくれた。
『――管理官、何でしょうか?』
この通信は篁さんと自分だけのもの――余人に聞かれることはない。
「あ、あの……ファイアジェリーにストレス反応が確認されました。それで――事情を把握できれば、と」
嫌な間があった――下衆な質問をしていると自覚して苦しくなる。
友人の事情を掘り出そうとする上官だと思われたくはなかった。
『――ファイアジェリー……和泉には婚約者がいたんです。あちらの世界の話ですが……』
「婚約者……」
能登 和泉さんってまだ十代半ばだよな、と反射的に思った。
確か篁さんの周りは良家の子女でまとめられていて――武家社会が生き残った世界であれば、そういうのも普通にあるのだろうか――そこは何となく納得できた。
『――仲は良かったようです。和泉が貰った手紙を大切にしていたのはよく覚えています。ですが彼女の婚約者は私たちより少し早く前線に派遣され九州で戦死しました』
それで集中できていなかったのか――わからないでもなかった。
彼女たちは若い。
恋に恋する年齢であり、本来であれば学生であってもおかしくないのだ。
どうするべきか――改めて悩む。
何を言えば集中して戦争をしてくれるようになるのか――再びネガティブな思考が鎌首を持ち上げた。
そもそもアドバイスをする資格が自分にはあるのだろうか。
恋人どころか初恋の記憶さえ自分にはない――。
『――この件は私のミスです。山城さんに指摘されるまで和泉の状態に気を配っていませんでした』
「……能登さんは戦えると思いますか?」
『――問題ありません。彼女ならやってくれます』
篁さんはそう断言した。
「……わかりました。ではこれ以上は聞きません。対応をお願いします」
『――ありがとうございます』
通信ウィンドウが落ちたのを確認してため息を零す。
「……能登さんは婚約者さんに会いたいのだろうな」
前席から声がした。
「盗み聞きは駄目ですよ、千木良世さん」
狭い管制ユニット内であり、会話は事実上筒抜けだ。
だから普段の千木良世は話を聞いていない程を取るようにしている。
「うん、聞いていた。――管理官はわからないことが多いだろう? 気にする性格のようだから可能な限り補佐してくれと母上が言っていたのだ」
どうやら、また神宮司さんに心配を掛けてしまっていたようだ。
「和泉さんの婚約者、こっちの世界では……」
「あぁ、多分データがないのだろう。知ってのとおり、肉体と記憶のデータがないと、こちらの世界では再生できないと母上が言っていた」
「そうでしたね……」
データがある限り、彼女たちは再生され続けるが、データのない人間は再生されることはない。
この世界に生きた証もないし、そもそも最初からこの世界には存在すらしていないのかもしれない。
永遠に繰り返される生と完璧な死――いったい、どちらの方が幸せなのだろうか。
自分には判断できなかったし、それ以前に、いまはそんなことを考えたくなかった。
「管理官には会いたい人はいないのか?」
「記憶がないので……」
強いていえば両親だろうか――自分の履歴書で両親の名前は確認した。
だが顔を思い出すことはできなかった。
「すまない。いまのは失言だった……よね?」
「気にしなくていいですよ」
やはり記憶を上書きして貰うべきなのだろうか。
横浜撤退戦の出撃前まで記憶は巻き戻ってしまうが、その方が皆の役に立てるのは疑いようがない。
しかし、それでも――。
「そうか。では気にしない」
まったく、この人は――千木良世の反応は独特であり、なかなかに理解し難い人物だ。
妙に幼く思える時もあり、やけに覚悟が定まっている印象もある。
「千木良世さんには会いたい人はいるのですか?」
「いる」
何気なく発した問いに強い返事があった。
「私は母上に会いたい」
「デウカリオンに戻れば会えるでしょ?」
そういえば何故、千木良世さんは神宮司さんたちを母と呼ぶのだろう?
時々、神宮司さんが苦虫を嚙み潰したような顔をしていたのを思い出す。
「そっちの母上の話ではない。本当の母上の話だ」
本当の母上――考えてみれば当然だ。
神宮司さんや香月さんが本当の母親のはずがない。
それに千木良世さんは再生衛士――能登さんの婚約者と同様に母親のデータがないのかもしれない。
「……いつか会える日が来るといいですね」
適当な言葉が見つからず、雑な言葉を使ってしまった。
それでも親の顔を知らない自分よりはマシだろうと気分が荒んでいたのだ。
「私もそう思う。――難しいとはわかっているが、いつか必ず会えると思っているのだ。――何でだろう?」
千木良世の間の抜けた自問自答に小さく噴き出してしまった。
まったく、この人は――考えてみればこれまで随分と彼女の能天気さに救われてきたような気がした。
「何故でしょうかね? でも、自分も千木良世さんなら会えるような気がしますよ」
「だろ!? それにしても……うーん、なぜだ? なぜ会える気がしているのだろう?」
千木良世が首をひねる度に長い髪が躍っている。
このポシティブな思考は見習うべきなのかもしれない。
自分は記憶がないことに甘えて不安を抱き、助けが必要な分際で周りのことを知ろうとしていなかった。
それは人として傲岸なのではないだろうか――。
電子音――通信ウィンドウに伊隅さんが表示された。
『――ヴァルキリー1よりパペットマスター。分隊を構成して補給を。国防隊の準備がそろそろ終わる』
「――了解。補給の分隊指定は自分が行います」
任せた――そう言って伊隅の通信ウィンドウが閉じた。
これまでの所、BETA群の誘因は成功している。
あとは国防隊の全面攻勢とタイミングを合わせてBETA群を突破し、地下茎へ突入するという段取りが待っている。
地下茎へ侵入し、反応炉を制圧する。
作戦が失敗すれば、日本という国の終わりを迎えることになるだろう。
国外に何人脱出できるかはわからないが、主権としてに国家がなくなるのは間違いなかった。
そして成功すれば小倉ハイヴは陥落し、日本は九州を取り戻すことになる。
やらねばならない。
生きて帰りたい。
生きて帰って、衛士たちと話がしたかった。
いろいろ知りたいことがあると気づいたのだ。