2-5.現実世界 漂うピュラー
デウカリオンのCICの正面モニターには複数の情報が同時に表示されており、それらは任意に拡大縮小が可能になっている。
データリンクは戦術機1機毎の推進剤残量や残弾数まで把握している――アルファ・ユニットの推進剤、砲弾の残存量は想定内であり、作戦遂行に問題はない。
神宮司 まりもは戦域図に表示されたアルファ・ユニットの位置を再確認し、それから全域に視線を巡らせた。
その気配を感じたのであろうか――オペレーターが状況報告を始めた。
「アルファ・ユニットは旧直方市内にて戦闘中。戦闘を継続しつつ、旧飯塚市内へBETA群を誘導中」
小倉ハイヴ周辺にいるBETA群を誘因することがアルファ・ユニットに与えられた任務だ。
それは現段階では順調に進行しており、結果として旅団規模のBETA群が大隊規模のアルファ・ユニットを追いかけるという構図が生まれていた。
「BETA群の誘因が成功すれば国防隊の出番か……」
神宮司 まりもは手元の端末を操作し、作戦の段取りを再確認した。
当然ながら作戦はすべて頭に入っている――だがそれでもそうしたいという欲求を我慢することはできなかった。
「国防隊第9中隊は博多市街を通過。現在、三群山地へ向けて進行中」
博多からの展開も予定どおりだ。
「北九州沖と門司はどうなっている?」
戦域図は膠着状態にあることが表示されていたが、詳細な情報が知りたかった。
「トラフ計画の試験が行われています」
「――成果は?」
「通達されていません」
「そうか……」
国防隊が集めたデータをそのままイモータルズに流すことはしない――そこには明確な距離があった。
「上手くいってくれるといいのだがな……」
トラフ計画――虎斑蜻蛉から名前を拝借した国防隊の計画はAL弾と攻撃型ドローンを連動させるという実験であり、国防隊が新たな戦術として期待している計画だった。
光線級がAL弾を狙撃した時点で居場所を特定し、そのエリアに爆装したドローンを派遣する。
重金属雲下のため無線誘導こそ不可能だが、有線ないし人工知能によって光線級を識別し、これを爆破する――上手くいけば大幅なコストダウンが可能になると考えられていた。
そして当然ながら、それは人命にも影響する。
「知りたい?」
突然、耳朶に息を挿し込まれて背筋が鳥肌立つ。
「ゆ……香月博士!!」
いつの間にか香月 夕呼がCICに戻っていた。
「光菱の回線にあたしの権限で入って。そこから国防につなげて。それで入れるはず」
わかりましたとオペレーターが応じた。
「トラフ計画だっけ? ドローンは光菱が全量搬入してるのよ。で、技術者派遣してデータ収集もやってるわけ。訓練期間が短かったから国防だけでは操縦者が足りないんだって。笑っちゃうわよね」
「そんな裏口が……」
抜け目がない――世界が変わろうとも私の親友は変わらないらしい――脱力感に包まれた。
「国防隊のちゃちい嫌がらせなんて、こんなものよ。――でもまぁドローンでBETAを完封するのは難しいでしょ」
「……なぜ、そう思われるのです?」
この戦術は期待が持てる――ゲームチェンジャーに成りえる――神宮司はそう思っていた。
「――接続完了。正面モニターに表示しますか?」
「お願い」
夕呼の返答と同時にモニターに表計算ソフトのシートが表示された。
「これは……」
トラフ計画に投入されたドローンは300機――そのすべてが未帰還状態になっている。
爆破攻撃を目的にしたドローンであるので、その状態は問題ない。
だが、その300機のドローンに対し、撃破が確認された光線級はなかった。
「すべて撃墜され……」
「やっぱりね」
「どういうことですか、博士?」
「見てのとおりでしょ。光線級掃討に投入されたドローンは全滅した。想定内でしょ、こんなの」
「ですが――」
「ドローンが光線照射に耐えられるわけないでしょ。蒸発するまで秒もかからないでしょ」
そうか――耐光線用の蒸散塗膜を塗布した戦術機でも数秒程度しか耐えることができないのだ。
戦術機より小型のドローンではレーザーが近くを通った際の爆風にも耐えられないであろう。
「悪い戦術ではないけど、やるなら圧倒的に数が足りてない。実験を重ねていくしかないわね。――ドローンのサイズ、速度、火薬の積載量、ドローン同士の連携……うちでも戦術機積載用のドローン開発は続けるつもりだしね」
100倍は投入しないと駄目でしょうねと香月博士は続けた。
それでは万単位のドローンなら可能性はあるのか――逆説的に考える。
「……博士にはこの結果が見えていたのですね」
「しょうがないじゃない、忠告しても聞かないんだから。バカは体験させないと学ばないのよ」
国防隊に無駄金を使わせてしまったという感覚と、これは国防隊の体質改善のための必要経費だったという考えが浮かぶ。
おそらくこの結果は香月 夕呼の望むとおりなのだ。
イモータルズが国防隊の上位の意思に介入するために必要なコストだと彼女が考えたのだと神宮司は理解した。
「――第七艦隊の動きは?」
正面モニターが巨大な戦域図に切り替わった。
「大島周辺にて動きはありません」
モニターを眺めながら香月 夕呼が思考を始めたのを確認し、神宮司は押し黙った。
聞きたいことはいくらでもある。
だが、彼女の思考を邪魔してはならない。
「……ムカつくわね、何様のつもりかしら」
友人の小さな罵声――どうやら米軍に対しては何かしら思う所があるらしい。
「米軍の動きはどんなに些細なものであっても報告して。それからデータの送受信が増えたら報告。――お願いね」
「――了解」
オペレーターの声に香月 夕呼は答えなかった。
友人が再び思考の海に潜水したのだと、神宮司 まりもは悟った。
米軍か――あちらの世界では世話になったと思い出す。
大海崩によって私の世界の日本は海底に沈んだ。
そして私は僅かに生き残った人々を集めてアメリカへ渡った。
タコマを租借し、米軍と協力してBETAと――他国の人間と戦った。
その関係に問題がなかったわけではない。
軋轢、折衝、衝突――北米シアトルでの日々を思い出す度に胃が痛くなってくる。
権謀術数、手練手管に奸智術策――安穏な日は一日としてなかった。
だが、それでも――自分はアメリカを嫌いになれない。
神宮司 まりもはそう思っていた。
あの苦しみの中で、手を差し伸べてくれたのは紛れもない事実なのだから。