2-4.現実世界 波に揺れる

東雲しののめ 祉乃しの

徴取船八千代の甲板上では第9中隊の戦術機が降着姿勢を取っている。
並んでいるのは撃震げきしん――東雲しののめ 祉乃しのが管制ユニットに入ってすでに40分が経過している。
洋上だが揺れは殆ど感じない――元来、巨大な船は波に強く、更に強化装備の感覚欺瞞が補強してくれている。
東雲しののめ自身が酔い難い体質だったこともあり、船酔いすることはない。
作戦手順は暗記しているし、機体の状態は万全だ。
今はただ、待てが掛けられた猟犬のように待機するしかない。
網膜に投影される戦域図はリアルタイムで更新されており、三郡山地全域を重金属雲が覆っているのが確認できた。
味方を示す光点は重金属雲の影に入ってしまって見えていないが、白いノイズの下ではイモータルズが戦闘しているはずだ。
露払いとして国防隊に先行した彼らは旧福岡市に進入し、廃墟となった市街地に潜んだBETAを掃討した後、三郡山地へと移動した。
傭兵どもが三郡山地の光線レーザー級を始末すれば、後続部隊は安全に上陸できる――ブリーフィングではそう説明されていた。
何かが喉に痞えていて、その事実を飲み込むのが難しい。
苛立っているのか、自分は――視界に投影された自身のバイタルは安定している。
緊張しているが硬くはなっていないと読み取れる。
中隊の状態を確認しよう――過剰に緊張している者がいるなら、解してやらないといけない。
それが副隊長である自分の職務だ。
そうして隊内用の通信を立ちあげようとした瞬間、無線の接続を報せる電子音が鳴った。
『――三郡山地、圧してるようですね。この分なら稜線確保まであと1時間も掛からないんじゃない?』
0903――胡桃沢くるみざわからの通信。
それに答えたのは0907――城戸きどだった。
『――相変わらずだな、傭兵どもは……。それにしても、俺たちの代わりに死んでくれるってのはありがたい。――給料、相当高いんだろうな?』
嗜虐的とも皮肉とも解釈できる発言に声を発するのを止めた――不満があるなら吐き出させた方がいいかもしれない。
『――出撃手当は一万円くらいかな? 私らと同じで』
国防隊がリスクのある任務に出動する際には、若干ではあるが手当がでる。
無論、それは命に見合うだけの金額ではなく、何もないよりはマシというレベルではあったが、支給を拒む隊員がいないのも事実であった。
『――万券1枚か。パチンコなら1時間で溶かす自信があるぞ。てか、民間なんだから倍は貰ってんじゃねぇの? ケチくせぇ我ら国防とは違うだろ?』
出撃前の緊張を緩和しようとしているのだろう――まるで古強者のように一端の軽口を叩いていた。
『――私は金額に関係なく一番槍、務めたかったけど? 歴史の教科書に載るでしょ、この作戦。将来、自慢できるわ』
『――自慢って? おまえなんて光線レーザー級に焼かれて秒でアウトだろ? 誰が誰に自慢すんだよ?』
何人かの衛士がつられて笑い声をあげた――己をタフに見せるための演技にいたたまれない感覚が沸く。
胡桃沢くるみざわ城戸きども他所から編入してきた衛士であり、共に複数回の出撃を経験しているが、戦闘時間は自分の半分以下――操縦ログも確認済みだが余人に誇れるような腕前ではない。
少なくともイモータルズに比肩できるような衛士ではなかった。
『――危ない仕事は外部に委託する。これが新時代の国防隊さね』
城戸きどの返しに、再び笑い声が沸く――胃に不快感――皮肉は我慢できるが卑屈は許せない。
発言を修正させようと再び口を開きかけて止めた。
躊躇ったのは、卑屈になるにはそれなりの理由があると思ったからだ。
あれは小倉ハイヴ攻略作戦のための初めてのブリーフィングの時だった。
攻略のための先遣隊は国防隊が務めるべき――そういった声が国防隊衛士たちから上がったが、国防隊上層部はその意志をにべもなく却下した。
ブリーフィングは少しばかり荒れた。
得体の知れない傭兵には仕事を発注するのに上層部は我々を使おうとしない――我々現場の衛士を信用していないのか、それとも我々を傭兵以下だと舐めているのか。
これまで何のために厳しい訓練を重ねてきたのか――そういった感情を発露させること自体が未熟の証拠とされ、衛士たちは黙らされることになった。
だからだろう――国防隊の衛士たちの中には精神的に腐ることを選んでしまってる者がでていた。
ただでさえ衛士は精鋭であらんとする意識が強い。
その上、教材としてイモータルズの衛士たちの戦闘ログを与えられ、それを超えろと日常的に発破を掛けられていた。
その熱に水を掛けられたのだ。
慣熟中の国防隊衛士を死なせるわけにはいかない――だから戦場には出せない。
現場の衛士がそう判断するのも無理がなかった。
特訓を重ねてきたという誇りは傷つけられ、同時に死なずに済むという安堵感を与えられる。
行き場のない感情が愚痴となって吐き出されるのは、ある意味で当然なのかもしれない。
『――イモータルズの母体は人造肉体やら疑似生体で有名なあそこだろ? 手も脚も再生できるんだから人造人間作って兵士として売ってる可能性もあるでしょ』
『――それな。俺はマジでやってると思う』
民間軍事会社イモータルズの衛士は人工的に生産された存在だ――それは、かなり以前から囁かれ続けた噂話だ。
『――別次元があるってんなら、人造人間くらいいてもおかしくないって! で、そいつらが安く作れるってなら、まともな人間を戦争で亡くすよりマシじゃん!』
地表構造物モニュメントの出現からすでに10年以上が経過し、現在はその手のオカルトや噂話が信じられやすい環境にあった。
巨大な地表構造物モニュメントや異星起源種――かつてならSF映画かよと一笑に付されたかもしれないが、現実として認知すれば考えは変わる。
宇宙から落下してきたわけではない――ある日突然、目の前に出現したのだ。
その衝撃は自分たちが信じてきた常識という感覚が、どれだけ曖昧なものであったのかと人々に思い直させた。
政府の調査は続いており、定期的にその結果が公表されてはいたが、核心的な内容に触れられることはなく、それでも地表構造物モニュメントの成長は続き、地下茎スタブは延伸されていく。
政府への不信はインターネットの発展と歩調を合わせ、結果としてオカルトブームが発生していた。
世界各地に出現した異形の建造物は異世界から漂流してきたのではないか、あの建物の中は別の世界に通じているのではないか――噂は枚挙に暇がなかった。
そして、その流れは国防隊にも流入していた。
『――なんかあったよな、そういう映画!』
胡桃沢くるみざわたちの会話に他の衛士が参加し始めた。
『――コスモレギオンな。クローン兵士の軍団の奴! 自分、シリーズ全部観てます!』
クローンという単語が先の大規模間引き作戦を思い出させた。
あの時、イモータルズの管理官は横浜撤退戦で死亡した衛士について回答を誤魔化した。
そして、その後に横浜で撃墜されたはずの山吹色の戦術機が自分たちを救ってくれた。
無論、配色が同じだからといえ、同一機体ではないかもしれないし、搭乗している衛士を確認できたわけでもない。
でも、それでも――筑波で目撃した戦闘は、あの日の横浜で自分の視線を奪った動きと酷似していた。
『――コスモレギオンのさ、コスモパワードスーツってちょっと戦術機っぽいよな?』
『――自分、買いましたよ、模型! 懐かしい!』
コスモパワードスーツの模型は兄が作っていたなと思い出した。
自分もやりたいと言ったが、兄は手伝わせてくれなかった。
親に泣きついてみたが駄目だった。
そういえば、子どもの頃からロボットは好きだった。
管制ユニット内で視線を動かすと、網膜に投影された外の景色が視点どおりに動いて見えた。
降着姿勢を取った戦術機――それは確かに胸を熱くするものがあるのだ。
「人型兵器なんて特撮かアニメの世界だもんね……」
思わず呟いた。
戦術機は兵器として歪である。
前面投影面積は大きく、歩くだけでも搭乗者の肉体に掛ける負担は大きい。
航空機、回転翼機、戦車、火砲――それらを運用するのが正解であり、戦術機は人類を相手とした戦争では開発されるはずのない兵器だった。
だが、地表構造物モニュメントの出現と時を同じくして、人型兵器生産のための新技術が出揃い始めた。
2000年代に入って新開発されたスーパーカーボンは軽くて硬いという特性から戦術機の装甲として、あるいは刺突兵器として使用できた。
同じ頃に新技術として登場した電磁伸縮炭素帯カーボニック・アクチュエーターは、電気信号によって伸縮が自在にコントロールできる特性から、戦術機を動かすための筋肉としての役割を果たしている。
そして疑似生体と呼ばれる肉体再生技術や間接思考制御、感覚欺瞞といった技術を開発したのも戦術機メーカーである光菱グループであった。
あまりにもタイミングが良すぎる。
まるでBETAと戦うために開発された
その上で、それらの新技術を開発した光菱グループの傘下に民間軍事会社イモータルズが存在している。
東雲しののめも公言こそしていないが、そこには何かあってもおかしくはないと考えていた。
『――いまじゃ、巨大ロボに自分が乗ってる、と。本当、世の中って何があるかわかりませんね』
妙に嬉しそうな胡桃沢くるみざわ――ひょっとしたら気が合うのかもしれないと東雲しののめは思った。
『――まぁ、あの化物が闊歩してるわけだしな。ガキの頃、化け物と戦う夢は見てたけど、まさか本当になるとはな』
BETAは恐竜より強いだろと言って平松は笑った。
『――だからこそ、民間軍事会社に先は越されたくないんですけどね』
『――やらせればいいだろ? 手足失ってもいくらでも再生できるって言うんだからさ。こっちが痛い思いをしなくて済むってのは大歓迎だね。俺たちは安全、民間は儲かる。そしてBETAは死ぬ』
『――そんなものかしら』
『――そんなもんだろ? おまけに人造人間かもしれねぇんだ。それなら泣く家族もいないだろうしな』
乾いた笑いが返ってくる――衛士ならば戦友の死は経験している。
だからこそ吐き出された言葉なのだとは理解はできる。
しかし――。
「人造人間なら死んでもいいの……」
言葉にするつもりのなかった疑問が口から零れていた。
しまったと思った時はすでに遅かった。
軽口で塗り固められていた雰囲気は崩れ、中隊の空気は緊張で満たされていた。
『――東雲しののめさん……そのためにあいつらはいるんだろ? 人造人間かどうかは知らねぇが、民間に委託するってことはそういう意味だろ? 盾として使えるなら正解だし、マジで人造人間なら、それこそ最高だ。良心も痛まない』
東雲しののめが失敗したと思ったのは、自分の置かれている立場のせいだった。
複数回、イモータルズと同行して戦闘したという経験、そして第9中隊でもっとも操縦技術に優れているという評価――そのふたつが東雲しののめの立場を強化していた。
つまり、東雲しののめの語る言葉は半ば真実として捉えられてしまうのだ。
どうしよう――誤魔化すべきか、現時点での自説を説くべきか――回答を準備していなかった。
『――クローン人間説って本当だって話、ありますよね? 凄くよく似た連中が指導しに来たとか聞きましたよ』
鎮西作戦前の訓練でイモータルズの衛士たちと一緒になった。
いつもどおり接触は許されなかったが、イモータルズの衛士たちがどんな連中なのか、盗み見た国防隊衛士もいた。
彼らが面白可笑しく語った話が部隊内でも広まっていたのは知っている。
『――どうなんですか、副隊長?』
回答に迷う。
情報が間違って伝わった場合、よくわからないが大きな問題になってしまう気がする。
嫌な予感がするのだ。
通信ウィンドウに小さく表示されている中隊長に助けを求めた――反応はない。
中隊長は何かを操作するように視線を伏せていた。
勝手にしろというわけか――それならば自分の中から答えを引っ張り出してくるしかない。
「……わからない。作戦は一緒になったけど、別に親しいわけじゃない」
そう言って否定するのが精一杯だった。
『――クローンとか人造人間じゃない、と否定はできないですか?』
「……言ったでしょ。それほど親しくない。会話は通信ウィンドウでしかしてないし、それも固定メンバーだけ。彼らの名前だって知らない』
嫌な沈黙が続いた。
『――優先して死ぬべきはあいつらだ。あいつらは傭兵だ。その手の覚悟はできてるはずだ。国防が後詰になること、俺は納得してる』
『――城戸きど二尉』
『――おまえは反対か、胡桃沢くるみざわ?』
胡桃沢くるみざわは答えなかった。
中隊の衛士たちはそれぞれが何か考えているような顔をしていた。
上は40代から下は20代前半――受けてきた教育も違えば、置かれている人生のステージも違う。
だからこそ、彼らをひとつにまとめるのは困難で自分には経験が足りていない。
中隊長が動いてくれればいいのに――その放置ぶりに腹が立った。
そう考えていた時、誰かが呟いた。
『――なぁ、あいつらが反抗してきたらどうなると思う?』
『――反抗? 勝手に後退するとか?』
イモータルズが現場を放棄する――まさか。
だが、相手は民間企業だ――収支が合わないと思えば、確かに撤退はあり得るのだ。
『――いや、それもそうだけど……国防と一戦交えることになったらって話だ』
脳裏に戦場の光景が蘇り、心臓が縮み上がった。
そして、そうなったとしたら――。
『――……勝てないな。経験値が違う』
――思わず息を飲んだ。
『――数で押しつぶせばいい。国防隊全軍で当たれば余裕だろ?』
城戸きどだ。
『――それまでにどれだけ殺されることか……想像したくないですね』
胡桃沢くるみざわが応じた。
それから――胡桃沢くるみざわが名指しで問いかけてきた。
『――東雲しののめさん、あなたが一番イモータルズに近い。我々はあなたの見解が聞きたいんですよ』
わからないことを聞かないで欲しい――自分は中隊の中では比較的若い部類なのだ。
再び視線が中隊長へと泳ぐ。
だが、中隊長は我関せずとばかりに何か操作している――アドバイスしてくれるつもりはないらしい。
どうする――敵わないと答えるか、そんなことは起こらないとでも言うべきか――。
複数枚表示されている通信ウィンドウ――視線が集まっていると感じる。
答えなきゃ――可能な限り誠実に――嘘は吐きたくなかった。
「……勇敢でしたよ、彼らは」
彼らと同行した戦闘の数々――自分たちだけではない。
彼らも命懸けで戦っている。
自分の意見は定まらないが、それだけは中隊の仲間には知って欲しかった。
電子音――新たな通信ウィンドウが立ち上がる。
『――CPより全戦術機部隊に告げる。間もなく三郡山地での光線レーザー級掃討が終わる。各部隊の出撃は間近である。最終確認をして備えろ。――以上』
その声で中隊のマインドが変わった。
間もなく戦闘が始まる。
つまり――余計なことを考える時間は終わったのだ。

LOADING...