2-3.現実世界 デラシネ
「光線級集団、処理完了――」
撃破した光線級は当初発見された数より多かった。
三郡山地はブナ林や樅ノ木、杉や檜で構成されており樹高も平均して15m~30m程だ。
光線級は全高3m――人間の倍程度の大きさであり、つまり光線級が山岳地帯に潜伏した場合、その捕捉は困難極まりないのだ。
『――観測ドローンの充電完了。再射出しまーす!』
レイドバック/鎧衣 美琴の声――戦術機と光ファイバーケーブルで結ばれたドローンが木々の間を滑るように飛んでいく。
周囲では先ほどまで続いていた光線照射によって小規模の火災がいくつも発生していたが、鎧衣の操るドローンは山火事に伴う上昇気流を器用に躱していく。
「上手いものだな……。私は自分が乗ってるのを操縦するのは得意だがラジコンはぶつけてしまう。難しい」
前席の千木良世がしきりに感心している。
ドローン装備の運用者を決定する試験で、良い結果を残せなかったことを気にしているのは理解していたが何かを言ってやる気力がなかった。
作戦に集中しなければならないこともわかっている。
だが、どうしても――。
『――あはは、得手不得手は誰にでもあるからね。でもこれ本当に便利だよ。敵の居場所はわかるし爆破もできる。あっちの世界にあればもっと楽できたのにねぇ』
鎧衣は実に楽しそうだった。
『――人工知能が強化できれば使用用途はかなり増えるわね。――数百機単位のドローンで索敵できれば見落としは考えられなくなるでしょうし……』
カメリアクレイン/榊 千鶴が反応した。
『――都市部に紛れ込んだ小型種って戦術機では対応しにくいしね。建物の中とか特に――』
建物の中を索敵――記憶が喚起される。
隊形の都合上、見える距離にはいないとわかっているのに山吹色の機体を探してしまう。
避難民を捜索すべく降機した篁 唯依は小型種に襲われて死亡した――それは自分の判断ミスが原因であり、責められるべき罪だった。
だが、彼女は再生され、戦場に戻ってきた。
無線を使えば何時でも会話できる距離にいるのだ。
隊内監視用の通信ウィンドウに小さく表示された篁の横顔――作戦に集中しているようだ。
『――これからの時代、小型種の相手はドローンがするようになるかもね。こんな地形だと特に――』
どこか楽し気な鎧衣の声が飛び込んできた。
索敵だけでなく、自爆攻撃にもドローンは使用可能だ。
『――そうかもしれぬな。ここはハイヴ周辺ではあるが、まだ森林が残っている。小型種を見落としやすい状態にあるといえる』
ソードダンサー/御剣 冥夜が鎧衣に賛意を示した。
『――佐渡島や横浜では見ない地形』
クワイエットウルフ/彩峰 慧が意見を被せる。
『――森とハイヴって頭の中でつながらないんですよね』
シャープシューター/珠瀬 壬姫が呟きで答えた。
『――確かにそうね。ここは佐渡島とも横浜とも違うわ』
榊が頷いた。
ハイヴ周辺はBETAによって均されるため荒地になる――それが彼女たちの常識だと聞いていた。
比較的に早い段階でハイヴを潰せた横浜と違って、佐渡島は全島が無人の荒野になってしまったらしい。
『――そもそも小倉にハイヴなんかなかったしねぇ』
彼女たちの戦っていた世界では小倉にハイヴはなかったとは聞いていた。
記憶の相互補完という最近仕入れた言葉が脳内で蘇る。
衛士たちの記憶は、それぞれでわずかに異なっている。
その差異は場合によっては再生した衛士が不安定になる可能性があるため、記憶を相互に補完させる意味で知り合い同士でまとめている。
神宮司さんから、そう説明を受けていた。
『――私たちのいた世界とこちらで違ってることは多いわ。テレビ番組なんか全然違うもの』
『――あはは、チョップくん、こっちでは流れてなかったみたいだしね!』
チョップくん――何の事だろう?
『――世界も違うし、戦術も違う。この管制ユニットにしても、私たちが使っていたものとは異なる点もある』
『――そうね、ドローンを使った戦術なんて考えもしなかったわ』
御剣さんに榊さんが続いた。
数百機のドローンがあれば数百体の戦車級を破壊できる――そうした試算もすでに立てられているらしい。
先週行われたブリーフィングが脳内で再生されていく――ブリーフィングルームに集まった衛士たち――そして朱土岐 真白の仏頂面。
「そこまで便利ならよ、戦術機廃止して全部ドローンにすればいいんじゃねぇの?」
充分に爆装したドローンなら戦車級を破壊できると再生衛士たちに講義するヴァルキリー1/伊隅みちるに向かって朱土岐が声を上げたのだった。
「その案も検討された。だが、ドローンに積める爆薬量では突撃級や要撃級の撃破は難しい。これに関してはドローンの大型化、爆薬の改良などの対策が検討されているが、まだ検討の段階だ。またドローン兵器は電波誘導が必要なため、重金属雲下や電波がかく乱される地下茎内では運用自体が困難となる」
伊隅が答えた。
「有線ドローンであれば電波障害下でも運用は可能になると考えられているが、これもまだ検討段階だ。兵器開発部に言わせるとドローンに積める推進剤、爆薬などを鑑みた場合、戦術機をドローンキャリアとして使用するのが、最も有効な戦術になるのではないかと考えられているらしい。――よって諸君には今回の戦闘でそれを試して貰うことになる」
ドローンで反応炉を制圧するのは不可能だから、戦術機がなくなることはないと伊隅は話をまとめた。
それでも朱土岐には自分が衛士であることにプライドがあるのであろう――ブリーフィングが終わった後、ぶつくさ言いながら退室していった後ろ姿が自分の記憶に残っていた。
『――操作に集中しろ、レイドバック。光線級との遭遇戦があり得るとは理解したはずだ』
伊隅の声に鎧衣のはーいという能天気な返事。
どきりとした――伊隅の声が刺激となり、胸を掻きむしりたい衝動に襲われた。
記憶の奔流――あれはブリーフィングの後、衛士たちが去った部屋。
自分だけが居残りを命じられていた。
それから、やれやれといった雰囲気を漂わせた伊隅が口を開いたのだった。
「どうにも納得いってないようだ……と神宮司さんから聞いたのだが?」
沈黙で答えたと思う。
ここ数週間の間、自分と再生衛士たちの間には明確な距離があった。
否、距離の縮め方がわからなくなっていた。
死んでも蘇らせられて戦わせられる――人権も与えられずに――。
それを自分はどう理解すればいいのだろうか――消化できなかった。
まるでピンで刺して固定されたかのように、心がどこにも進めない。
衛士たちと対話を、と考えたが踏み込めなかった。
怖かったのだ。
もし、自分の理解できる範囲外の答えが返ってきてしまったら――自分はここに居られないような気がしていた。
だからプライベートではつまらない用事を作り、常にひとりでいるようになってしまっていた。
「私が答えられることなら何でも言ってやる。聞きたいことがあるなら聞いてくれ」
良い機会なのだろうか、それとも追いつめられただけなのだろうか――それすら判断できなかったが、時間の針を動かすべき時がきたのだと悟った。
「伊隅さんはどう考えているのですか……。死んでもまた永遠に戦わせられることに……」
何の権利も与えられず、その戦闘経験のみを国家に利用されることについて――奴隷より酷い立場に置かれたことについて。
伊隅は数秒の間、沈黙していた。
それからふっと小さく息を吐くと真剣な表情で答えた。
「繊細なんだな、管理官は――。特に不満はないよ。私はがさつなのでね」
伊隅の答えを聞いても思考は止まったままだ。
自分の知る伊隅みちるという女性は几帳面な性格だ。
記憶を失くしてからの短い付き合いではあるが、そう判断できるだけの材料はある。
彼女が誤魔化そうとしているとは思わないが、少々強引にでも自分を落ち着かせようとしている意図があると読めた。
だから心が反発する。
理解できない、理解したくない。
なぜ、彼女たちはこんな扱いを受けて納得しているのだ。
わからない。
生命を燃やした代償すら、再生衛士たちは欲していないのだろうか。
落し所のない感情が胸の中に居座っている――世界の色が褪せて見えるような感覚。
何も言えない――ふいに伊隅が微笑んでいることに気づいた。
「なんで笑えるんですか……奴隷以下の扱いに満足しているのですか?」
苛立ち――八つ当たり。
伊隅には何かと世話になっており、感謝しなければならない存在だ。
それでも言葉を止められなかった。
「いいんですか、それで? おまえは人間じゃないって……!」
伊隅の考えが欠片ほども理解できない――だから感情を抑えることができず、硬い物言いになる。
だが伊隅から微笑みは消えなかった。
「いや、すまん。バカにして笑ったわけではないんだ。――管理官が私たちを理解できない理由がやっとわかったので、少し気が抜けてしまった」
「…………」
「まぁ、確かにそうだ。扱いは良くない」
本来であれば激怒すべき状況だろう――自分はそう認識している。
「選挙権もなく、自由に街中を歩くことも許されない。兵士を辞めることも基本的には許されていない」
だったら何故――。
「だが、別にいま抗議しようとは思っていない。それはおそらく私だけではない」
「……何故ですか?」
伊隅が天井を見上げた。
「優先順位の問題だ。現状、自分の権利を確保するよりも先にやっておきたいことがある」
何をだ――奴隷状態の改善よりも優先したいこと――自分には想像できなかった。
「我々と貴様の最大の差……それは我々には記憶があるということだ。――私は崩壊した国土を見ている。それにバラバラになった家族、二度と会えなくなった友人たち……。避けるべき悲劇を目撃してきている」
「…………」
「こちら側であの悲劇を繰り返したくない。そのためなら多少の不具合は気にしない。記憶がない貴様には理解できないかもしれないが、それだけだよ、我々の違いは――いずれ必ず貴様も私たちを理解するさ」
そんなものなのだろうか――いまだに曖昧模糊ではあるが伊隅の言葉は確かに理に適っていると思えた。
「……本来であれば、お互いに腑に落ちるまで話し合う方がいいと思うが、残念ながら少々時間が足りないな」
新しい兵装の試験、小倉ハイヴ攻略のためのシミュレーター演習、国防隊との共同訓練――伊隅は指折り数えてみせた。
「小倉ハイヴ攻略作戦が終わっても納得できないというなら、もう一度話そう。その時は充分に時間が取れるはずだ」
あの日、話はそこで終わった。
伊隅の話は根本的な問題解決を目指す話ではなく、一時的な時間稼ぎだとは気づいていたが、それでも時間を割いて貰ったのは事実である。
それならば自分も可能な限り、誠実に対応するべきだ。
そう肚を決めたはずだが、徹底しきれていない。
中途半端な感情を抱いたまま、戦場にいる自分は何なのだろうか。
兵士としても人間としても未熟――重い溜息が零れた。
「どうした、管理官? お腹が痛むのか? 降りてトイレするか?」
「あ……いえ、大丈夫です」
千木良世に心配を掛けてしまった。
反省――前回の出撃で振り切ったはずだったのに駄目だなと改めて思う。
それに強化装備には排泄パックがあるので用をたすために降機する必要はない。
集中しよう。
戦いはまだ序盤――命を懸けるのはこれからだ。