2-2. 現実世界 暗中模索
2023年11月11日
「――イモータルズ・アルファ・ユニットが光線級集団を捕捉。AL弾を要請しています」
出雲型護衛艦1番艦出雲に設定された統合戦闘指揮所内でオペレーターは感情を込めず明瞭に報告を上げた。
「データリンクにて座標確定完了――光線級14体を捕捉中」
別のオペレーターが言葉を続けた。
14体か――戦域図が拡大される。
三郡山地に展開しているイモータルズ・アルファ・ユニット周辺の光線級密度は低い――誘導弾で追加攻撃する必要はないと判断。
高価な誘導弾を消費するより、戦術機部隊に掃除させるべきだ。
幕僚たちの顔を見渡す――反対の意を示す者はいない。
「AL弾を指定座標に発射1単位――アルファ・ユニットに着弾時間を通知」
了解とオペレーターが答えた。
過日の作戦において発生した重金属雲過剰使用の反省から、今回の作戦ではAL弾の使用に厳密な規則が定められていた。
若干、貧乏性な気がするがAL弾不足の現状、むべなるかなというのが石田の個人的な感想だった。
AL弾を使用して重金属雲を発生させ、被照射リスクを減らした上で傭兵たちに突撃を命じる。
それはもう何度も繰り返された戦術だ――それだけに成功確率は高い。
「――AL弾発射準備完了。140秒後に初弾着弾予定。警戒されたし」
それから数秒の後、AL弾が発射され、三郡山地上空に重金属雲が発生した。
日本におけるBETAの拠点・ハイヴは佐渡島、横浜、小倉の三か所――このうち、最大規模を誇るのは佐渡島ハイヴであり、すでにフェイズ5に到達しつつある。
逆に最小なのは小倉ハイヴであり、こちらはいまだフェイズ2の段階だ。
想定外だったのは横浜ハイヴ――フェイズ4段階と推測されていたが、想定以上に地下茎が発達していたことが先日判明した。
現状、国土を分断され、重要生産拠点を失った日本の国力は低下し続けている。
そのため、国土を奪還し、生産能力を回復させることが戦争継続のための急務として考えられていた。
生産能力で負けている戦争に勝機はない――それは第二次世界大戦の敗北で日本が学んだひとつの真実だった。
「第七艦隊はどうしている?」
石田がオペレーターに問いかけたのは、そこにいる幕僚すべてに状況を報せておきたかったからだ。
「大島周辺にて待機中です」
米国の第七艦隊は玄界灘の大島を盾にして展開――今回の作戦では米軍は国防隊の後詰として参戦している。
大抵の国を亡ぼせる打撃力と謳われている第七艦隊ではあるが、戦術機運用への装備転換が遅れており、戦力としてどれだけ見込めるかは未知数だった。
しかし、それがゆえに国防隊にとって望外な出来事が発生していた。
国家的体面はともかく、戦時には国防隊は米軍の事実上の指揮下に入る――国防隊幹部たちはそう認識していた。
実際、第七艦隊と国防隊の間には専用の回線が結ばれており、国防隊は米軍の監督下にあると言える。
だが、米軍の装備転換の遅れにより、今回の小倉ハイヴ攻略戦は国防隊主導の作戦となっていた。
つまり、作戦運用に関してはフリーハンドに近く、それは国防隊士としての石田の精神を昂ぶらせていた。
同時に石田本来の猜疑心の強い性格が警報を発していた。
「慎重ですな、米軍は――。もっと強気に口を挟んでくると考えていましたが……」
任せはするが干渉もする――その加減は如何ほどのものか。
「経験豊富ですからな、連中は。動くべき時を心得ている。――どうすれば米国の国家利益を最大に、かつ従属国に恩を売れるタイミングを」
失敗の可能性が高い小倉ハイヴ攻略戦の主導権は握らない方が良い――米国はそう状況を見極めたのだろうか――石田には判断がつかなかった。
「人類史上、最強の国家は戦争屋でもある、か……。利に敏くなければ超大国にはなれんな」
石田は軍需産業が国家を支配しているという与太話を信じていない。
だが、恒久的緊張状態下であれば軍需産業が手堅い事業になることには納得していたし、時折発生する紛争がボーナスになることも理解していた。
その上で超大国たちが世界の紛争をコントロールすることを試みていたことは疑っていない――しかし、今回の戦争はその流れにない。
BETAとの戦争は人類同士との戦争とは大きく異なっているのだ。
「戦争の本質とは投機的経済活動であり、それを支えるのに必要なのは社会の雰囲気だと米国は理解してる。負ける可能性が高ければ、米国は表には出てこない」
国防隊を捨て駒とするわけか――石田は内心で賛同――自分が米国人だったら、間違いなくそうする。
「……であれば、ここで負けるわけにはいきませんな。負ければ日本国民の気骨が砕ける。そうなれば我が国に未来はない」
終わる、詰みだ、そこまでだ――ぽつりぽつりと交わされる幕僚たちの会話が石田には将棋か囲碁の解説のように聞こえた。
この空気が司令部に蔓延するのは良くない――だから石田は場を煽ることにした。
「反応炉は我々が抑えなければならない。作戦終盤の米軍の動きは警戒すべきだ。――場合によっては人類同士の戦いもあり得る」
米軍との戦闘も想定すべし――石田の言葉に幕僚たちが静まり返った。
それは先の大戦後に刷り込まれた思考からの脱却を意味しており、軍事的思考の禁域にあった。
けして表には出てこない場で研究会が作られたという噂を石田も聞いたことがあったが、それが真実かどうかは確かめることができなかった。
その爆弾ともいえる見解をここで提示したのは、反応炉の確保にはそれだけの価値があるという事実を幕僚たちに再認識させるためだった。
ハイヴの中で精製されるエキゾチックマテリアルは重力に干渉できるという。
それは核に続く新しいエネルギーとして考えることができ、詰まる所、それを握った国家が次世代の覇権国家になる可能性は高い――あの会社の女は国防隊幹部に向かって、そう説明した。
好きになれそうにない女だった――だが、その情報は信じられると思った。
だからこそ米国が特等席で作戦の行方を注視しているのは理解できる。
猟犬が獲物を咥えて戻ってくるのを米国は待っているのだ。
そして――もしも猟犬が獲物を咥えて離さないのであれば――。
司令部の空気が硬くなり、何人かの幕僚の視線が正面モニターの地図上を踊っているのを石田は目撃した。
口に出す者はいない――だが、ここにいるほぼ全員が、脳内で用意していた対策と現実の配置のズレを調整している。
そして殆どの人間が第七艦隊の配置を訝し気に思うだろうと石田は考えた。
何故なら、司令部にいられるのは、そういう類の人間だけなのだ。
それにしても――石田は思考を再整理する。
小倉ハイヴの反応炉を制圧する――そこまで作戦を進められるかどうかの保証はない。
倍の戦力を投入しても難しいだろう――同時に、このタイミングを逃してしまったら、国家の立て直しは不可能になる。
現在、日本政府は仙台を臨時首都として政府機能の大半を移管している。
一方、関西地方の諸県は関西知事連合を結成――仙台政府との連絡手段途絶という不測の事態に備えた。
関東撤収の後、日本政府は米国、国連など各所と協議し、国土奪還計画の策定に入った。
そして最終的に九州の小倉ハイヴの掃討が最優先排除目標として設定された。
小倉ハイヴを落とせば、九州島を奪還できる。
九州という後顧の憂いをなくせば、関西の戦力を自由にすることが可能になり、佐渡島ハイヴ、横浜ハイヴを東西から挟み撃ちが可能になる。
それが日本政府の国土奪還計画の大綱となった。
その上で日本政府は1年以内の関東奪還を目指していた。
早期に関東を奪還して経済力を回復しなければ、長くなるであろう異星起源種との闘争に勝利することはできない――日本政府はそこまで追い込まれていたのだ。
それは石田にとっても充分に納得できる見解だった――現実の戦力を考慮しなければ、という話ではあったが。
「重金属雲、規定濃度へ到達。以後、レベルキープに推移します」
リアルタイム映像を確認――黒い雲の中に金属片の煌めき。
その光景を夜空に瞬く星のようと言った幕僚がいたが、石田はそう思わなかった。
「アルファ・ユニットの動きは追えているな? 光線級の掃討が確認でき次第、本命を動かす」
司令部内の緊張がやや強まった。
点在する『門』のすべてを封鎖し、後続の光線級の出現を断つ――それが最上の作戦であることは誰もが理解していたが、同時にそれをするには戦力が足りないことも周知されていた。
無茶な計画に対する軋轢は現場で最も大きくなる――それもまた既知の真実なのだ。
小倉ハイヴは旧福岡県北九州市小倉南区北方にあり、歪な形をした地表構造物の高さは70m――日本の建築基準法上では超高層建築物に該当する。
地下茎の展開範囲はフェイズ2相当と考えられていたが、すでに範囲外に『門』が発見されており、正確な状況はわからなかった。
また、小倉ハイヴ周辺にあった福智山はBETAによって削られ、すでに平地へと均されており、その痕跡は残っていない。
大型モニターに表示された歪な地表構造物を眺めながら、石田は顎先に自分の拳を当てた。
ざらざらとした感覚――わずかだが髭が伸びている。
作戦開始前に念入りに剃ったが、作戦終了後にはどこまで伸びているだろうか。
可能な限り、短期間で済ませるというのが幕僚たちの方針だったが、それがどこまで当てにならないかは彼らが最もよく知っていた。
「始まった……とは少し違うな。始まりは佐渡か……あれからずっと我々は反攻の機会を窺っていた」
1期上の金杉一佐だった。
佐渡島の金北山周辺に出現した巨大な地表構造物――ほぼ同時に世界中で発生した奇怪な現象は人々の好奇心を掻き立てた。
佐渡島でも周囲が封鎖され、調査が始まり、一時は観光資源として利用すべきだなどという話がテレビ番組で上がっていたことを記憶している。
だが、やがて思わぬラインから石田は情報を得ることになった。
石田がその日の事を記憶しているのは、参加を許された外部との初めての折衝だったからだ。
国防省、防衛装備庁、光菱重工との三者会議の場で光菱の斑鳩という取締役が発言したのだ。
佐渡島の地表構造物は異星起源種の前線基地であり、中で生体兵器が生産されている――そして、それに対抗できる兵器を国防隊は持っていない。
我が社には新兵器を生産するノウハウがある――だから国防隊に協力して欲しい。
最初は冗談だと思った。
会議の緊張を解すために兵器メーカーの取締役がくだらない馬鹿話をしたのだと思った。
だが、取締役は真面目な表情を崩さなかった。
そして――。
「現時点では信用いただけないと推測していますが、早急に我が国の防衛計画を刷新する必要があります」
あの日、彼はそう言ったのだ。
複数の情報が同時表示されている大型モニター――地図情報が更新――オペレーターが情報を読み上げる。
「博多沖20キロラインに揚陸艦・下北、徴用船・八千代が進入。第9戦術機中隊は出撃準備完了」
小倉ハイヴに対して三方向から接近する計画を国防隊の幕僚は立てていた。
山口県に策源地を設定した門司港周辺からの上陸ルート、響灘から北九州港に上陸するルート、玄界灘から博多港に上陸するルート。
小倉ハイヴへの最短ルートを選択するのであれば、門司港周辺からの上陸になる。
小倉ハイヴは海岸線から約6キロ――周辺に展開している光線属種を完全に排除できれば、比較的安全に地下茎へ突入することはできる。
だが、そのルートを選択することはできなかった。
その原因は三郡山地である。
福岡市と北九州市の間に位置する弧状の山地は1000mに満たない標高ではあったが、この山中には光線級、重光線級が確認されていた。
小倉ハイヴはその射程内となっており、詰まる所、三群山地の光線属種を殲滅しなければ門司港ルートは使用できない状態だった。
そこで幕僚たちは作戦を修正し、作戦の第一段階を三郡山地の制圧とした。
博多湾から戦術機部隊を上陸させて三郡山地を制圧。
その後、三郡山地の博多側に火砲陣地を構築。
稜線越えの砲火で小倉ハイヴ周辺のBETA群に打撃を加える。
博多港からの上陸には三郡山地の光線属種を博多側に誘因する意味もある。
だが、誘因に成功すればする程、上陸の成功確率は減少する。
光線照射を避けながら洋上を進行し、その勢いを駆って上陸――荒廃した博多市街を抜けて三郡山地へ突入。
三郡山地にて光線属種を掃討の後、飯塚市方面へ移動。
この運動を陽動とし、小倉ハイヴ周辺BETA群の誘因――手薄になった小倉ハイヴへ門司港、響灘から国防隊の主力を投入。
大広間に近い『門』から地下茎へ侵入して反応炉を制圧――方針はそう定まった。
いずれにせよ、博多湾上陸こそが作戦成功の要――そう判断した幕僚たちは博多湾上陸ルートに最精鋭部隊を配置することにした。
「作戦の成否は傭兵次第か……」
その呟きを誰が発したのか追及する者はいなかった。
恥辱と羨望は幕僚たちの口を重くした。
国防隊だけでは国土を取り戻すことは不可能――厳然たる事実が幕僚たちには見えているのだ。
「戦力をまともに運ぶこともできない軍隊か……。我が国でなければ大いに笑うのですが」
司令部で最も若い幕僚――長山二佐だった。
専守防衛を第一に兵器を揃えた結果、国防隊の上陸作戦能力は著しく低い。
現在、国防隊が所有する揚陸艦は五隻――増加中とはいえ、戦力を一気に移動させるには心許ない艦艇数であった。
「戯言は控えろ、長山」
「事実でしょう、石田一佐」
石田が小声で叱責すると長山二佐が吐き捨てるように返してきた。
無論、石田にもその感情は理解はできる。
上陸能力の欠如に軍事的問題を見出していた国防隊は、再三に渡って揚陸艦増産計画を提出し続けていたが、それが国に認められるまでにかなりの時間を要した。
運搬能力が足りないのであればピストン輸送すればいいのでは――ある年の予算折衝中に若手の財務官僚がそう発言したのを石田も覚えている。
これにキレたのは統合幕僚副長だった。
寡黙を良しとする統合幕僚副長の性格上、会議では殆ど口を開かなかったが、この瞬間沸騰したかのように怒声を上げた。
「戦力の逐次投入は敵に各個撃破のチャンスを敵に与えるだけだと財務省の役人には理解できないらしい」
「その吝嗇で国民が死のうとも、御簾越しにおられる財務省様には関係ないということか」
「そもそも軍事に関する予算組みというのは、指揮幕僚課程を修了していない素人が口を挟んでいい分野の話ではない。我らに予算指導するというのであれば、しっかりと勉強してきてからにしてくれないだろうか?」
統合幕僚副長は立て続けに文句を並べると「黙って金を寄越せ、小童」と悪態を付け足した。
財務省の役人の引き攣った表情に石田は笑いをこらえることができずに咳き込んだ。
統合幕僚副長は国防隊随一の声量を誇る男なのだ――若い財務官僚は失禁したかもしれない。
後日、財務事務次官から防衛省に抗議が寄せられたが、国防大臣はこれを無視した。
当然だと石田は思ったが、最終的に揚陸艦建造の予算が承認されたのは翌年であった。
会議に参加した面子は昨年から一新されており、怒鳴られた財務官僚の姿はなかった。
会議は淡々と進行し、昨年荒れた理由は何だったのだと石田が尋ねたくなるほどだった。
結局、会議終了後に財務省の若手官僚から、とある大物政治家の政治家引退の置き土産ですと聞かされたのだった。
何のことはない――結局、会議は始まる前から結論が出ているものなのだと石田は教わったような気がしていた。
しかし、最終的に揚陸艦増産計画は今日の作戦には間に合わなかった。
もう数年前に予算が認証されていれば――自分たちが財務官僚を好きになれないのは仕方がないことだ。
決断の遅れは数年後に必ず復讐してくる。
だからこそ、組織を主導する者たちは未来を予測して動かねばならないのだ。
「あそこで予算が通っても、今日の作戦には間に合わなかった。我が国の防衛理念は貴様も知るように専守防衛だ。占拠された土地を奪還するために必要と言っても、世間には届かなかった。国外に進出し、帝国再現を目指すものであるとレッテルをマスコミに貼られたからな」
石田が話の流れを修正しようとしたのは、現実が自分たちの願望に沿うものではないと、はっきりさせておきたかったからだ。
「マスコミのコントロールは簡単だ。全体主義国家でも資本主義でもな」
自ら大衆の望む情報をクリエイトして販売する以外にも、全体主義国家では国家の望むままに、資本主義下では資本家の望むままに情報を喧伝すれば飯を食えるのがマスコミだ。
その在り方は国防隊と違っていて石田には理解しにくい所があった。
ましてや、思想的に偏重していやがるなと思いながら、日々新聞を読み、ニュース番組を観ている。
そうした事態に慣れてしまったことに対しては忸怩たる思いがあるのも事実だが、国家公務員としては如何ともしがたい。
国民の防衛への意識が高まればという声も聞こえるが、その意識向上をマスコミが目指していない。
だから、石田は社会的足踏み状態は永遠に続くかもしれないと思っていた。
そして、その停滞中に本物の戦争が訪れてしまった。
間に合わなかった――それはすべての幕僚の共通した感覚である。
現状でも国防隊は更に四隻の揚陸艦を建造中であるが、そのうち戦術機運用に対応しているのは二隻だけであった。
残りの二隻は通常の揚陸艦――エア・クッション型揚陸艇や回転翼機の運用が主体となっている。
「戦術機用の揚陸艦が必要になるのは佐渡を落とす時だ。いまは徴用船で事足りる。とりあえず運べればいいのだからな」
実際、徴用船・八千代は民間の石油タンカーである。
甲板に耐熱鋼板を貼り付けて戦術機の離着陸を可能にしてあるが、戦術機運用を前提とした揚陸艦や空母と異なり、整備と補給はできない。
ただ、戦術機に降着姿勢を取らせて並べれば、中隊規模でも運搬できる。
石油タンカーの制裁量は軍にとって魅力的であり、
海が時化った場合は、運搬すら不可能になるが、大規模外洋遠征でもない限り、当面の間は問題がないと考えられていた。
「徴用船の改装費も渋られたがね……」
ぼそりと誰かが呟いた。
戦術機用のエレベーターを設置できれば戦術機を船体内部で保管できることになる。
そうなれば多少の波風は問題ないはずなのだが、徴用船は民間への返却が決まっているものとしてエレベーターの設置費用は認可されなかった。
「財務省の役人どもには、ぜひとも最前線へのお出ましを願いたいものだ」
それはもはや定番冗句であり、笑う者は殆どいなかった。
いくら不平不満を抱こうとも、どこからか揚陸艦が湧いてくることはないのだ。
そのため、今回の作戦では民間にも大型タンカーでの兵員輸送に協力して貰う方針が定められた。
だが、国際物流を担う各社に協力を求めるのは困難だと、あの時の石田は思っていた。
しかし、意外な所に協力者がいた――この問題に関しては経産省の役人たちが仕事をしてくれたのだ。
各社との事前打ち合わせのセッティング、説明会への協力――それは石田からして、ここまでよくして貰っていいものだろうかと怪しんでしまうほどであった。
躊躇いつつも若い官僚を捕まえて事情聴取してみれば彼はこう言った。
「自分は政治家を目指しています。過去の戦争で何があったかは調べました。それと叔父が光菱にいましてね。宇宙人との戦争はマジで考えておけ、と――」
若者特有の隙だらけの笑顔だったが、それが妙に頼もしく思えた。
若い世代の考え方――石橋を叩いて渡る自分とは違うなと素直に思えた。
結果、各社との話し合いは進んだ。
揚陸戦には対応していないにしても、港湾施設を修繕できれば兵員の陸揚げは可能――あくまでも国防隊によって安全が確保された後であればという条件付きで、船主会社の協力を漕ぎ着けることに成功した。
だが、こちらにも大きな問題が発生していた。
賃貸契約は日本船主責任相互保険組合を噛ませることになったが、国際グループが貸し出しに反対したのだ。
大型タンカーの建造には一隻あたり数百億円の資金が必要であり、船主たちはその運用には当然ながら保険を掛ける。
当初段階では問題視されていなかったが、契約数が10件を超えた時点で待ったが掛かった。
日本国内で運用されている大型タンカーは外国船籍を含めても約120隻――これ以上の徴用は一般流通が滞るだけでなく、万が一の場合に保険制度が破綻する可能性が高いと指摘してきたのだ。
これに対し、国防隊幕僚内部では戦時徴用を強行すべきとの声もあったが、現状の徴用数でどれだけ活用できるか試してみた方がいいという意見が大半を占めた。
これ以上の陸揚げ能力の拡大より、ここで運用経験を積み、将来の佐渡島、横浜攻略戦へ備えるべきだ――結局、調整は難航したが、最終的には試験的運用という形で11隻の大型タンカーが戦術機運搬及び後方支援として作戦に参加することになった。
その事実に石田は感動もしたし、感謝もした。
戦うのは自分たちだけではない。
立場が違っていても、何とかしようと足掻いてくれる人はいるのだ、と――。
戦術図上に表示されている徴用船の動きを追う――7隻が九州に展開し、残りの4隻は後詰として大阪港に停泊している。
今後、タンカーを基にした戦術機母艦を建造するか、それともデウカリオンの姉妹艦を建造するか検討しなければならない。
その決断に必要な材料は、今回の戦闘で得ることになる。
「対BETA戦の場合、主兵装は戦術機になる。あの機動力と拠点防衛能力が必要だ」
元来、国防隊が想定していたのは航空及び海上優勢を確保した上で水陸機動団が上陸するというものだった。
だが、光線級の出現は航空戦力を無力化し、恒久的拠点の確保という戦術遂行をも困難にした。
「結局、戦術機部隊で光線属種どもを掃除した後でなければ現用兵器の使用はできない」
ただの事実確認――しかし、それは国防隊の言い訳にも通じていた。
「まずは傭兵を動かす……」
国防隊を動かすのは、その後に――先行して動かすことは戦力的にも社会的にも不可能であった。
ただし、動かす時には全力で動く。
第4、第8、第15師団だけではない。
北海道から第7師団までも回して貰ったのだ――上陸を成功させないわけにはいかなかった。
だが――高地に陣取った光線級に機甲師団は打つ手がないのも事実。
すべては戦術機部隊の活躍次第に掛かっている。
「傭兵か……」
イモータルズと呼ばれる異様な存在。
石田は再び思い出す。
あれはごく少数の国防隊幹部が光菱重工に招集された時の話だ。
あそこで石田はイモータルズの存在を、その意義を信じざるを得ない根拠を得た。
あの衝撃は強烈に記憶に刻まれていて、忘れることは生涯不可能だと思っている。
同時に戦争について厳しく考えていたはずの自分が、どれほど甘かったのかを自覚させられた。
それ以来、自分は戦争について改めて考えるようになったし、それが起きる日に備えるようになった。
「可能な限り戦力は揃えた」
口を開いたのは統合幕僚副長だった。
それ以上、戦力についての会話の継続を許さない――そういう意味だと石田は解釈した。
「デウカリオンからブラボー・ユニットが出撃します」
傭兵たちが後続を出撃させた。
作戦の想定では彼らの上陸を国防隊戦術機中隊が追うことになっている。
民間軍事会社でありながら、その軍事力は国家に匹敵すると噂されている存在。
彼らは国防隊が長年懇意にしている財閥系企業と密接に結びついている。
その財閥系企業――光菱重工から石田はいくつかの情報を得ていた。
「不死者、か……」
クローン技術と記憶のデジタル化が生んだ人型兵器――死しても再生して戦場へ送り込むことができる。
死んでも問題ない兵士というのは何と便利な存在なのか。
いまでは彼らこそが戦場の主役だ。
「自分は連中を信じることができません」
長山だった。
まったく、こいつときたら――さすがに何か言ってやろうと石田は考え、結局言葉を飲み込んだ。
自分もイモータルズを完全に信用しているとは言えない。
だったら、バカが感情を発露させた様子を観察し、自分が問題なく世の中を生きていくために使わせて貰う。
些細な懸念は長山に言わせた方が得だな――石田はそう判断すると顔を拭うふりをして小さく笑った。
戦争に集中しなければならない。
鎮西作戦の第一段階は想定どおり進行しているのだから――。