2-16.現実世界 未確認生物

神宮司 まりも

デウカリオンのCICは活気に満ちていた。
「未確認種の回収完了。第3甲板後方に固定しました」
オペレーターの報告に香月こうづき夕呼ゆうこが応えた。
「警備兵を配置して関係者以外接近を禁止。国防隊も米軍も近づけさせないように」
「――了解」
随分と厳重な扱いだ。
視線で友人にあれは何と問う。
「……存在が予測されていた反応炉へ進化するBETAかもしれない。だとしたら、今作戦最大の収穫よ」
それならば確かに――神宮司じんぐうじはそう思った。
結論からいえば小倉ハイヴに反応炉は存在していなかった。
新種の――イモータルズの衛士ですら、見たことのない大型BETAが反応炉のあるべき場所に鎮座していたのだ。
神宮司じんぐうじまりもは並行世界の横浜基地の地下で反応炉を目撃していたが、いま甲板上に固定されているそれは横浜の反応炉の六分の一程度の大きさだった。
青白い発光もしておらず、それどころか羊膜のようなものが全体を覆っている。
「筑波山の直線、地下茎スタブ内での光線レーザー照射……我々が抑えているデータとは違います。――博士、これは……」
「我々の認知できない並行世界から干渉されてるんでしょ。――それを調べるに十分の獲物ね、あれは」
デウカリオンに運び込まれたのは、単純にこの艦以外に積載することができなかったからだ。
「これを成長させて反応炉にすることができれば、とんでもないことになるわ。場合によっては、この艦を飛ばすことだってできるかもしれない」
とんでもない友人がとんでもないことを言い始めた。
だが、その口調を神宮司じんぐうじまりもはこれまで何度も聞いたことがあり、その度に素晴らしいものが生まれていたのも事実なのだ。
「デルタ・ユニットに周辺警戒を命じましょう。――いいですか?」
「その辺、全部任せるわ」
ウキウキ気分の友人――鎮西作戦は成功――その上、アルファ・ユニットが人類史に残るであろう土産を持ち帰ったのだ。
これを喜ばずして何を喜べというのだ。
「博士がご機嫌です……」
やしろかすみも楽しそうにしていた。
「まったく……。調子に乗って失敗しなければいいけど――」
それにしても――口頭で受けた報告を思い出す。
地下茎スタブ内で籠城を選択するとは――あの男の頭はどうかしている。
いまだに記憶は戻らないが、期待値以上に能力を発揮してくれている。
いずれにせよ、今夜は祝杯を上げねばならない。
作戦成功と死者への鎮魂と――やるべきことはたくさん残っているのだ。

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「うわー、これはキモい。間近で見るとさらにキモい」
そう言って爆笑したのは石見いわみ安芸あきさんだった。
第三甲板に固定された新型BETAの周辺は立ち入り禁止となっていた。
そのため、衛士たちは距離を取って自分たちが捕獲したBETAを眺めていた。
「なんか臭くないかしら?」
さかきさんが鼻を摘まんだ。
「というか、パイナップルにちょっと似てるね。食べたら美味しいかも」
「だ、駄目ですよー! お腹壊しますよ!」
喰うつもりか――珠瀬たませさんが止めてくれて良かった。
鎧衣よろいさんには驚かされる。
「美的センス、皆無」
彩峰あやみねさんのツッコミが厳しい。
みんなリラックスしているな――それが嬉しかった。
「この大きさ……やはりただのBETAではないな……」
「新種ね」
現れたのはたかむらさんと山城やましろさんだった。
「新種……かな?」
どこで入手したのか不明なたい焼きを咥えながら千木良世ちぎらせさんが混ざってくる。
「もうPXに行ったんですか?」
「おうとも。甘いものを入手してきた。甘いものを食べて心を落ち着かせよう」
たい焼きの尻尾を千切って渡してくる。
千木良世ちぎらせさんが千切ったたい焼き……」
千木良世ちぎらせさんは自慢げだ。
あまりのくだらなさに笑ってしまう。
「……それがいいぞ、管理官」
「何がです?」
「管理官は笑ってる方がいい。中根なかね中隊長と話してる時は怖かった」
あぁ――言われて反省する。
「……すみません、悪い感情をぶつけてしまいました」
「うん、知ってる。――管理官らしくなかった。あれは良くない。始末される」
「反省します」
確かにあの時の自分は少しおかしかった。
交渉役を任されたというのに感情に流されてしまった。
「あんまりにも変なので管理官が新型になったかと思った。阿修羅面怒りだな」
「なんですか、それ……」
きっと千木良世ちぎらせさんの脳内では顔がみっつになった自分がいるのだろう。
「じゃあ、新型じゃなくて新種。新種の管理官」
拘る所はそこなのか――。
「ったく、気持ち悪ぃのばっかり増えやがって! キモっ! キモッ! 管理官並みにキモい! ついでに千木良世ちぎらせもキモっ!」
朱土岐あかときさんは千木良世ちぎらせさんに突っ込む。
会話はずれているのだが、多分ふたりとも気にしないだろう。
ひょっとしたら、ふたりはわりと仲が良いのかもしれない。
そうだとしたら微笑ましい――そう考えた時だった。
全身が総毛立つ――背筋に冷気を感じた。
なんだ、この感覚は――その瞬間に艦内警報が鳴り響いた。
「何だよ? 戦争、終わったばっかだってのに」
朱土岐あかときが愚痴りながら、艦内放送を待っている。
何かあれば動かなければならない。
甲板上の乗組員のすべてが次の指示をじっと待つ――命令が下り次第、彼らは駆け出していくはずだ。
「管理官」
唐突に千木良世ちぎらせに呼ばれて振り返る。
「これは駄目かもしれない」
見たこともない真面目な表情で千木良世ちぎらせ紫宵よいが言った。

神宮司 まりも

「G元素反応増大――!!」
CICにオペレーターの悲鳴が響いた。
複数の警報音が緊急事態発生を報せている。
「どうした!? 何が起きている? 原因は――」
まさか捕獲した新型BETAが再起動でもしたのだろうか――デルタ・ユニットの状況を確認――まだ発進していない。
このまま格納庫内で待機させるべきか、甲板に上げるべきか――。
「デルタ・ユニットを上げろ! 戦闘用意を!」
怒鳴り声でオペレーター命じた。
「G元素反応、なおも増大中……。……反応源確認っ!! ――直上です!」
上からだと――ぞわりとした感覚。
思わず見上げて――CICの天井に阻まれる。
G元素の反応が降ってきたという事実は神宮司じんぐうじまりもの並行世界の記憶を刺激した。
明星作戦――1999年。
横浜ハイヴ攻略作戦時に米軍が2発のG弾を投下――横浜にて大規模爆発が発生し、その爆心地では長らく重力異常が発生した。
「やられた……。そこまでやる……」
親友の呟き。
まさか――彼女の想定外が起きたというのだろうか?
「対空防御! 乗組員に耐衝撃姿勢を取らせろ!」
これがどこまで有効なのかはわからない――G弾は重力のバリアを貼りながら降下してくるという特性があり、それは光線レーザー照射による迎撃さえ、無意味にするのだ。
人類の兵器で撃墜できるものではない。
そして――G弾爆発を生身の人間が耐えられるはずがないのだ。

東雲 祉乃

徴取船八千代の甲板で愛機に降着姿勢を取らせて固定する。
機体は深刻な損傷を負っていたが、ここで修理することはできない。
よって自分は基地に帰投するまで、晴れてお役御免となったのだ。
管制ユニットの中でぐーっと体を伸ばす。
長い戦いは終わった。
今回も死なずに済んだ。
基地に着いたら家族に連絡を入れよう。
きっと喜んでくれるはずだ。
そう思った瞬間――警告音が鳴り始めた。
嘘でしょ、やっと帰ってきたのに――再起動すべく入力を開始。
網膜に外界が投影される。
『――見ろ! 博多湾の方角だ!』
中根なかね中隊長の怒声が耳を打った。
博多湾――望遠を使用して異形な艦艇を小さく視認する。
デウカリオン――民間軍事会社イモータルズの旗艦――再生衛士たちの住処。
『――上だ! デウカリオンの上だ!』
言われるままに視点を上げる――厚い雲間を割って、何かが落ちていくのが見えた。
次の瞬間、黒と紫の光がさく裂した。

神宮司 まりも

こういう時、一番早く眼が覚めるのは何故なのだろう。
神宮司じんぐうじまりもは静まり返ったCICの床から立ち上がった。
艦内は静かだ――パチパチと小さな音がしている。
どうやら自分は死ななかったらしい――軽く四肢を叩いて体に欠損がないのを確認するとCICの中を見渡した。
余程の衝撃だったのだろう。
室内は小物が散乱し、いくつかの電子機器はショートして火花と煙を吐き出していた。
「う……」
聞いたことのある呻き声――瞬間、それが友人のものだとつながった。
夕呼ゆうこ――!!」
2m先で倒れている香月こうづき夕呼ゆうこにしがみつく。
もしも彼女が死んでしまったら――嫌な予感が全身を締め付ける。
動かしてはいけない――まずは状態の確認をしなければ――胸元に伸ばした手が弾かれた。
「……起きてるわよ」
急激な脱力感――良かった、死んでいない。
香月こうづき夕呼ゆうこはのそのそと起き上がるとオペレーターたちの状況を確認しようとした。
その頃にはCICの職員はすべて目を覚ましたようで、次々と立ち上がった。
「どうやら全員無事のようね……。艦内状況を確認。まとまり次第、報告しなさい」
いったい何が起きたの――傍らに立つ香月こうづき夕呼ゆうこに視線で尋ねた。
そこまでやる――爆発の前に彼女は確かにそう言った。
つまり、これは何者かからの攻撃なのか――喉がごくりと鳴った。
「これは……! 原子炉が停止しています! 現在、艦内電力はバッテリーにて補填中」
原子炉の停止――あり得ない。
デウカリオンの原子炉は燃料交換をしなくても50年は持つはずなのだ。
「……気づいてる? 甲板のBETAが消えてるわ」
嘘だ――嘘ではなかった。
第三甲板に固定したはずの大型BETAは消えていた。
「いったいなぜ……」
被害は大きかったがデウカリオンは沈没するほどの衝撃を受けていなかったと推測された。
それなのに甲板にいたBETAだけが消えている。
「……現在地不明。GPSが機能していません」
どういうこと――疑問に疑問が積み重なっていく。
「観測用ドローンを出しなさい。原子炉は安全確認の後、再起動を――。ドローンには高度を取らせて。光線レーザー級が近くにいるかどうかの調査を」
まずは安全の確保を――香月こうづき夕呼ゆうこの頭は正常に回ってると気づいた。
これは安心できる要素のひとつだ。
「……報告します。現在、重金属雲濃度が0です。それと海上国防隊の艦艇が一隻も見当たりません。周囲に存在しているのは我々のみです……」
「なん……だと……?」
抑えきれない不安が漏れる。
「……観測ドローンの映像、きます!」
「正面モニターに!」
最も大型なモニターに映像が表示――荒れ地だ。
木々はなく、人工的な建物の痕跡もなかった。
「高度を上げて。カメラを南に向けて最大望遠」
夕呼ゆうこの指示が飛ぶ。
「埃……いや、砂嵐か……」
黄土色の風の幕――その向こうに黒い物体が微かに見えた。
あれは――心臓が締め付けられる。
地表構造物モニュメントの高さ……約630m! フェイズ5クラスです!」
馬鹿な――眼を疑う。
小倉ハイヴの地表構造物モニュメントの高さは70m程度だったはずなのに――。
あれが小倉ハイヴでないとしたら、自分たちはどこにいるのだ。
電子錠が開錠される音がして。複数の影がCICに飛び込んできた。
「――失礼します! 専務、いったいこれは!! 何が起きたんですか!?」
たかむら山城やましろ石見いわみ――。
さかき彩峰あやみね鎧衣よろい――管理官と千木良世ちぎらせもいた。
「どうやら無事だったらしいな」
彼らは第三甲板近くにいたはずだ。
「は、はい! 管理官を含め衛士に欠員はありません!」
彼らが無事なのであれば人的被害は少ないのかもしれない――乗組員の点呼を行うようにオペレーター命じる。
「まったく……。騒がしいわね」
「専務、いったい何が起きてるんですか!? それにここは……? 先ほどまで我々は博多沖にいたはずなのに……」
たかむらが焦っている。
そうだ、そのとおりだ――博多にはまだ人工的な建築物が残っていたはず。
それなのにいまはそれらが見えない。
「慌てないで、見苦しい。場所は移動してないわよ。博多沖のまま1ミリだって移動してないわ」
夕呼ゆうこが髪を掻きあげた。
「で、ですが景色が……まるで荒野に……」
管理官は不安を隠せずにいた。
「違うのは当然でしょ」
夕呼ゆうこに視線が集まる。
「私たちは移動していない。――ただ周りが変わっただけ」
どういうことだ――疑問。
はぁ、と香月こうづき夕呼ゆうこがため息を吐いた。
「あんたたちならわかるでしょ? ――私たちは別の並行世界に転移してしまったのよ」

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