2-14.現実世界 鎮座するもの

東雲 祉乃

パペットマスターの話してくれた内容はオカルト雑誌の記事に近かった。
並行世界、多元宇宙、分岐世界――想像したことはあった。
むしろ、特撮好きとしては興味をそそるものがあり、平時であればパペットマスターを捕まえて並行世界について詰問してみたくもあった。
『――それと中隊長に否定されましたがソードダンサーは日本人です。彼女は国土と人を愛していたからこそ……。だから、それは認めてください』
けじめなのだろう――パペットマスターは中隊長に迫った。
『――いや……。すまんが俄かには信じられない』
中隊長の否定の言葉。
『――並行世界……冗談ではないのか? そんな話が現実にあるわけがないだろう』
他人と会話する際に、中隊長は否定から入る傾向があると東雲しののめは気づいていたし、それが他人の神経を逆なでする行為だと認識していたが、注意してあげようとは思わなかった。
『――地動説みたいなものですよ。昔は地球は動かないと考える人が多かった。でも今じゃ、そんな人はいない』
『――いや……それは……』
パペットマスターはため息を吐いた。
『――20年前、中隊長は人型兵器が戦場を跋扈すると思っていましたか?』
東雲しののめは見えない角度から殴られた気がした。
同時に強烈な納得感――中学生の頃に読んだ本に人型兵器はあり得ないと書いてあった。
だが、技術の進歩によって数多の障害がクリアされ、人型兵器は戦場に実在している。
これがBETAとの戦争を続ける並行世界の技術が流入してきた結果だと考えるのであれば妥当だと思えた。
『――それは……。では、本当に君たちは…………』
そこまで言うのが精一杯だったのか、中隊長は黙ってしまった。
パペットマスターの表情からすべての感情が消えているように見えた。
ただ中隊長を見ている。
初めて、この人は怖いと思った。
まるで判事の如く、中隊長の本質を暴こうとしている。
『――……あんたらさ、何であたしらが名乗れないのか、教えてやろうか?』
女性の声――通信ウィンドウを確認――喋っているのはスノウホワイトと表示されていた。
『――この世界には『この世界の私』がいるんだとよ。40過ぎのババアになった私がいるらしいんだよ。だから私の存在は、『この世界の私』への人権蹂躙にあたるんだとさ』
パペットマスターはスノウホワイトの発言を止めようとしていない。
『――だから私は名乗ることも許されないし、基地の敷地外にも出られない。――私たちに人権がないのは、それが理由だ』
同じ人間が存在しているから人権を与えられない――それはひどく不公平なのではないかと思った。
『――会社も国に喰い込むために売り込んだんだとさ。――BETAに対抗できる新型兵器売ります、それも熟練兵士付きで』
スノウホワイト――どんな人なのだろう。
童話の少女をコールサインにしているわりには剣呑な口調だ。
あるいは、それだけ鬱憤が貯まっているということなのだろうか。
『――この世界を守るために特攻しろだって? 生まれた世界でもないってのに命を懸けろだって? バカにするのもいい加減にしろよ。世界を守りたいんだろ? 自分でやれ、自分で――』
やけっぱちな言動をパペットマスターもヴァルキリー1も咎めない。
だが、それは当然なのかもしれない――彼女たちからしてみれば、自分とは関係ない世界に連れてこられて戦闘を強制されているのだ。
きっとソードダンサーのような人は特殊なのだろう――彼女は自身が日本人であるということだけで、その命を投げ出してくれた。
それは本当の意味で尊い行為だった。
金銭や組織の力関係に依るものではなかったのだ。
中隊長は完全に口を閉ざしていた。
いや、中隊長だけではない――自分を含む国防隊衛士のすべてが黙り込んでいた。
端的に見て、これまでの中隊長の発言は、客人にあらぬ疑いを掛け、罵倒していたようなものだった――自分たちは虎の尾を踏んでしまった。
『――また特攻させるってなら、私は遠慮させてもらうよ』
スノウホワイトが小さく笑った。
『――命令違反なんて知ったことか。文句あるなら殺せよ。どうせ向こうの世界じゃ、もう死んでるんだ』
再生された人間ならではの感情なのだろうか――東雲しののめは想像してみた。
もし、自分がBETAと何十年も戦っている世界に移動してしまったら、どうするのだろう。
戦える状況なら、きっと自分は戦う。
だが、もし尊厳を破壊され、立場だけで者を言う人間に命令されたとしたら、自分はそれに従うことができるだろうか。
きっと従えない――無論、対話は図るだろう。
不平不満をぶつけるかもしれない。
それでも解決の糸口が見えなかったとすれば、おそらく――。
イモータルズの衛士たちは精神的に我慢の限界に近い。
「0902より0901。――反応炉停止に特攻するのであれば自分が志願します」
言ってしまった。
絶対に死にたくはない。
それでも言ってしまった。
なぜ言ってしまったのか、理由もわかっている。
自分はずっと昔からそうなのだ。
そう育ってしまったのだ。
ソードダンサーのように日本のためとか言えれば良かった。
でも違う。
結局、いまだに自分は幼い頃に観ていた正義のヒーローに憧れているだけなのだ。

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しまった、失敗した――自分は何を言っていたのだ。
東雲しののめ二尉が志願した瞬間、そう思った。
これではまるで自分たちの代わりに死ねと国防隊に言っているようなものではないか――。
「ちょ、ちょっと待ってください……!」
身を乗り出して否定。
「自分の真意が間違って伝わっています、自分は、自分が特攻するつもりで……!」
死なせるつもりはなかった。
国防隊――特に東雲しののめ二尉には戦友だという感情がある。
「いまのは自分たちの置かれている現状をわかって欲しくて……」
『――イモータルズの置かれている状況は理解しました』
東雲しののめさんが被せてきた。
『――並行世界は――私の想像がどれだけ正しいかはわかりませんが、皆さんの気持ちはわかるつもりです。――我々を理解してくれない国民であっても絶対に守るを国防隊は信条にしていますので』
「それは……」
先の大戦では軍部の暴走があった。
その反省から軍隊に対して嫌悪感を持つ日本人が増えたとは認識していた。
だが、それが隊員である東雲しののめにもつながるものだとは理解していなかったのかもしれない。
当てつけの意味でした発言は中根なかね中隊長に向けていたつもりだったが、それが最も友好的な隊員に受け止められてしまっていた。
これは自分のミスに他ならない。
『――イモータルズはすでに犠牲を払ってくれました。ですから次は我々の――私の番です』
駄目だ、これは駄目だ。
自分は一番死なせてはならない人を――国防隊とイモータルズの架け橋になってくれる人を死地に追いやっている。
「それは違って……」
焦って訂正しようとしているのだが言葉が見つからない。
どうすればいい――何で自分はこんなに馬鹿なのだ。
『――互いに誇りを持って戦ってきた者同士です。私の特攻を持って互いに抱える悪感情を洗い流していただきたい』
「違うんだ、東雲しののめさん――」
中根なかね中隊長が一言詫びてくれれば、それで話は終わるんだ――そう続けようとした。
『――ホワイトファングより0902。久しぶりだな、東雲しののめ二尉。横浜以来……いや、筑波でも一緒に戦ったな』
たかむらさんが――視線を伊隅いすみの通信ウィンドウに飛ばした。
伊隅いすみは平然としている――スノウホワイトと同じように話させるつもりだと読み取れた。
『――0902よりホワイトファング……お元気そうで何よりです』
『――筑波では挨拶もできず、すまなかった』
『――いえ、こちらこそ……』
たかむらさんは何をするつもりなんだ――まさかこのまま旧交を温めるつまりじゃないだろう。
『――いや、こちらが悪かったのだ。――あの時は再生したてで体調に不安を抱えていたんだ。周囲に配慮ができなかった』
『――実はそうかと……思っていました』
『――東雲しののめ二尉の予想どおりだ。――横浜で私は死亡した。いまここにいるのは横浜の撤退戦に参加する直前に採取したデータによって再現されたクローン人間だ』
そう言ってたかむらさんは通信ウィンドウの画像封鎖を解除した。
山吹色の強化装備を着たたかむらさんの姿が国防隊の衛士たちにも見えるようになった。
「ふーむ、軍規違反だな。ホワイトファングは後で怒られるつもりだな」
ぼそりと千木良世ちぎらせさんが呟いた。
それでも止めるつもりはないらしい。
国防隊の衛士たちは突然表示されたたかむらさんの姿に驚いたようだ。
『――若い……』
呟いたのは国防隊の衛士のひとりだ。
『――俺たちはあんな若者を死なせようとしていたのか……』
自分たちを指導し、あるいは肩を並べて戦った存在が少女に近い年齢だった――その衝撃は中根なかね中隊長にも伝わったのだろう。
彼の目は大きく見開かれ、微かに震えているようにも見えた。
小さく切り抜かれた通信ウィンドウの中でたかむらさんが敬礼――そして言った。
『――クローンとはいえ、私は人間だ。血も流れるし、骨も折れる。再生できると知っているが、それでも死ぬのは怖い。人間、誰しもそんなものだと思う』
死への恐怖――どれだけ覚悟しようとも、けして逃れることのできない本能的反応。
『――周りからすれば復活したように見えるかもしれないが、それは違う。――いまの私は失われるのだからな』
とはいえ、とたかむらさんは続けた。
『――再生できるというアドバンテージは大きい。やはり死ぬべきは私たちだ。国防隊には記憶保存ができるようになってからにしてもらおう。――それでいいな、管理官?』
「は、はい――!!」
やはりたかむらさんは凄い人だ――胸の奥が熱くなる。
『――ホワイトファングより0901。中根なかね中隊長、少しだけよろしいでしょうか?』
たっぷり三秒の後、中根なかね中隊長は構わないと応えた。
それに対してたかむらさんはありがとうございますと謝意を示し、その上で話を再開した。
『――本日の作戦で私は戦友を失った。彼女は衛士訓練校時代からの友人だった。無論、彼女も再生されることになる』
ホワイトリリィ/甲斐かい志摩子しまこさんのことだ。
『――死亡すればそこには絶対的な断絶が発生する。私が再生した時、友人たちは喜んでくれた。でも、私にすればある日、目が覚めたらあなたは死んでいたと言われた程度の話だ。正直、よくわからない感情になる』
『――…………』
『――それから自分の死因を聞かされて……自分らしいなと思った。褒められた話ではないが、私にとっては納得できる死に方ではあった。だが……』
通信ウィンドウのたかむらさんは真っ直ぐ前を見ている――それはまるで自分のことを見ているように思えた。
『――私の死で傷ついた者もいた。再生は完璧に成功するという代物ではないし、その死に責任を感じてしまう者もいる。私たちは連続して存在しているわけではないからな……』
死と再生の間には空白がある。
『――通常であれば命は一度しか捨てられない。だから使い所を選ぶ必要がある。だか戦友のためならば、その意志を継ぐためならば――私には何度だってできる』
そうだ――たかむらさんはこういう人だ。
『――…………』
何度、死のうが変わらないだろう。
その魂は高潔なのだ。
『――だから東雲しののめ二尉が志願してくれたことは嬉しく思う。しかし、今回の特攻は私に任せてもらう。――それでいいだろうか、中根なかね中隊長?』
数秒の沈黙があった。
それはわずかな時間ではあったが、同時に永遠にも感じられるほど長い時間だった。
『――……いいのか? それで……』
中根なかね中隊長の声は擦れていた。
『――それでいい』
たかむらさんは力強く頷いた。
『――……わかった』
それから中根なかね隊長はゆっくりと噛み締めるように言った。
『――国防隊の砲弾をイモータルズに融通する』
歓喜の衝動が背骨を走るのを感じた。
電子音――若い女性の声が耳に飛び込む。
『――あ~ぁ、そういうことなら、あたしも付き合わないとな!』
『――そうだね。ホワイトファング1機じゃ、失敗するかもしれないし』
シルバーエッジ/石見いわみ安芸あきとファイアジェリー/能登のと和泉いずみだった。
『――ま、みんなでタイミング合わせて再生できるんだ。問題ないっしょ?』
シルバーエッジは楽しげだった。
幾度の死を超えてなお、彼女たちはまともでいられる。
それはきっと素晴らしいことなのではないだろうか。
ふいに肩の荷が下りたような気がした。
自分たちは間違っていない。
誤解や偏見は常に存在するが、それと同様にこの世には理解や融和も存在している。
『――さて、話がだいぶ長くなってしまったが、そろそろ動くとしよう』
これまで発言を控えていた伊隅いすみさんだった。
『――パペットマスター、戦力を再編する。すまないが何人かには死んでもらうことになる』
「――はい」
たかむらさんは志願するだろう。
それにその友人たちも――。
だが、今回は自分の番だ。
千木良世ちぎらせさんに謝罪して、その形で作戦は進める――そう決意していた。
『――あの~……ちょっといいですか? 報告があります』
レイドバック/鎧衣よろいさんだ。
『――頼む』
伊隅いすみさんが応じた。
『――会議の際中、予備のドローンで反応炉周辺を監視してたんですが……半分くらいのBETAが他所に移動してて、数が減ったんです』
どういうことだ――慌てていくつかの通信ウィンドウを閉じて戦域図を立ち上げる。
鎧衣よろいさんの機体とデータリンク――確かに想定していたよりもBETAの数が減っているように見えた。
「いったい何が……」
反応炉を守っていたはずのBETAが減る――こちらはもう数キロで反応炉を射程圏内に納めることができるというのに?
『――……そういうことか』
伊隅いすみが何かに思い至ったようだ。
『――どういうことですか!? お、教えてください!』
イモータルズの隊士だけではない。
国防隊の衛士たちも大きな疑問符を抱えたままだ――。
『――いや……仕事をしているのは我々だけではないということだ』
回りくどい――早く言ってくれと急かしたくなる。
『――我々は数は少なく、しかもここしばらくは動いていない。突入前に無駄話で時間を浪費してしまったわけだ』
それは仕方ない話だと否定しようかと思ったが、伊隅いすみが笑みを浮かべたままなので、続きを待つことにした。
『――ここから先は推論だが……おそらく地上のどこかで激しい戦闘が行われているはずだ。BETAにとって重要な施設かもしれない』
いまだに意味がわからない。
『――つまりだ。地下茎スタブへの増援派遣は失敗したと思われるが、国防隊の上層部は諦めなかった。地上で大攻勢を仕掛けることによって、地下茎スタブ内のBETAを吸い出したんだ。つまり、地下茎スタブから地上へのBETA誘因を行ったと思われる』
驚いた――つまり、感情的になってこの場で停滞していたことが幸いしたのか。
「それって、つまり……」
『――そういうことだ。この分なら、S-11を使わずに反応炉を確保できる可能性が高い!』
伊隅いすみの断言に歓声が上がった。
『――ヴァルキリー1より0901。――先ほどはすまなかった。私も少々、頭に血が上っていたようだ』
『――こ、こちらこそ……すまなかった』
『――お互いの立場と目的のすり合わせもできた。今回の件は雨降って地固まる、としたい』
『――同意する』
その場にいたイモータルズ、国防隊のすべて衛士たちが微笑んだ。
『――協力して日本国民に最大の戦果を』
『――あぁ、了解した』
それから伊隅いすみは衛士たちに発破を掛けた。
『――地上で戦ってる連中を早く楽にしてやらなければならない。各自、全力を投入して欲しい』
了解――それは両部隊の総和だった。

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