2-13.現実世界 天を回す

石田 光也
国防隊陸将補

地下茎スタブ内でS-11が使用されたという情報が飛び込んできたのは10分ほど前のことだった。
異常な震動が観測されたことと、いくつかの『ゲート』から爆風が噴出したことから、地下茎スタブ内での大爆発が疑われて調査が開始されたが、必死になって構築した地下茎スタブ内の通信網はすでに破壊されており情勢は掴めなくなっていた。
だが、イモータルズの旗艦デウカリオンからも同様の情報が寄せられたため、それは間違いない真実だと考えることができた。
問題は何を目的としてS-11が使用されたかだ。
接敵した旅団規模のBETA群を吹き飛ばしたのか、それとも制圧は不可能と判断して反応炉を破壊したのか。
それが判明するまでには、まだ時間が掛かりそうであった。
「顔色が戻りましたね」
眼前にペットボトルが差し出されていた。
石田いしだは頷いて受け取るとキャップを捻って喉の奥に水を流し込んだ。
冷たい水が食道を通過したのを感じる。
「どっちだと思う、長山ながやま?」
「――旅団でしょう。反応炉ではない」
「理由は?」
「増援を送り込めていない。味方が来るとわかっていれば、ここでアレを使うはずがない。それより問題は――」
S-11を何発使ったか、だ。
第9中隊とイモータルズ・アルファ・ユニットが持ち込んだS-11は多くない。
全て残っていたとしても5基以下のはずだ。
そして反応炉破壊には複数のS-11が必要と考えられている――つまり、S-11が使用されてしまった現在、ハイヴ深奥に到達したとしても反応炉の制圧を維持できず、破壊することもできずに終わる可能性があるのだ。
「……爆風が確認された『ゲート』周辺にはBETAがいないと考えられると思うか?」
いないと判断できるのであれば、通信中継用のドローンを突入させて――計算を始める。
「そいつは難しいな。地上の戦域が縮小している。その分、小倉ハイヴ周辺が渋滞している」
無理だという長山ながやまの意見に石田いしだは頷いた。
「後続を送り込みたい。――どうすればいいと思う」
おや、という顔を長山ながやまが浮かべた。
それから――。
地下茎スタブ内に増援を送り込むのは無謀だ。どう考えても力圧しになる。駒数が足りない」
畜生と叫びたくなる。
だが、長山ながやまの見解には同意せざるを得ない。
そうなると答えはひとつか――戦域図を見詰める。
米国の第七艦隊はまだ動いていない。
要請すれば連中は動いてくれるだろう。
だが、同時にそれは主導権を米国に譲ることになり、戦果も巻き上げられることになる。
呪ってやるぞ、この野郎――会ったこともない米国大統領の顔を思い浮かべ、石田いしだはペットボトルを握り潰した。
「こういう時は逆に考えましょう」
悪い笑みを浮かべて長山ながやまが言った。
「逆?」
「ええ、そうです。――地下茎スタブに飛び込む必要はない」
どういうことだ――自分の頭の回転が落ちていると思った。
「地上で派手に暴れましょう。それこそ、地下茎スタブ内に潜んでるBETAどもが飛び出してくるように。――縮小した戦場を再び拡大するんです」
電流が走った気がした。
「……オペレーター、判明しているだけの地下茎スタブ図を地図に重ねて表示して欲しい」
地上の戦域図に地下茎スタブデータのレイヤーが重ねられていく。
「……横代東町、か……。そこに攻撃を集中させる」
その理由は――長山ながやまが表情で尋ねてきた。
「奴らが精製したエキゾチックマテリアルの保管場所の真上だ」
奴らが反応炉で精製するG元素――完全に解析できれば重力や時間にまで干渉できるようになると聞かされていた。
「いい考えだと思いますよ」
長山ながやまがてきぱきと指示を出す。
他の幕僚たちも反対ではないようだった。
これで地下の連中が少しでも楽になってくれれば――旅団規模のBETA群を掃討できたとしても、反応炉周辺にもBETAは残っているはずなのだ。
人事を尽くして天命を待つ――まだ何かできることがあるのではないか。
石田いしだは戦域図をじっくりと睨みつけた。

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『――人…を……るな――……!!』
電波障害の影響で御剣みつるぎ冥夜めいやの最後の言葉を聞き取ることは困難だった。
だが、その断末魔の後、S-11は見事に爆発――閃光と爆風は7キロ後退していたイモータルズと第9中隊の所まで到達した。
そして現在――我々は兵装の最終確認を行い、反応炉制圧へ向かって移動中だった。
御剣みつるぎさんの自爆地点に近づけば近づくほど、BETAだった残骸が増えていく。
爆縮に襲われたBETAは原型を留めてはおらず、改めてS-11の衝撃力を実感させてくれた。
赤黒い粘液と粉々の肉片が地下茎スタブの内壁を染めている。
それはどこかシュールなアート作品を連想させるもののようで、不思議と視線を外すことができなかった。
御剣みつるぎさんはやり切ったのだな……」
千木良世ちぎらせさんの言葉は寂しげだった。
ふたりの顔は双子と錯誤するくらいによく似ている――その分、千木良世ちぎらせさんの御剣みつるぎさんへの思い入れは強いのかもしれない。
千木良世ちぎらせさんに掛けてあげるべき言葉が見つからず、ひたすらに外部の状況を眺め続ける。
地下茎スタブ壁面の微かな発光はBETAの体液で完全に覆い隠されていた。
星のない夜みたいだ――それは御剣みつるぎさんの名前に相応しいのかもしれない。
広間ホールに侵入するともっと凄惨な光景が広がっていた。
超高圧によって沸騰蒸散したBETAの体液が薄く漂っている。
ここまで破壊できるのか――突撃デストロイヤー級の装甲殻や要撃グラップラー級の前腕部だけが所在なく転がっている。
すべてを粉々にしてくれたのかと思うとやるせない感情に襲われた。
再生できるとはいえ、今日の御剣みつるぎさんはもういない。
出撃前の御剣みつるぎさんに戻ってしまう。
それは酷く哀れに思えた。
あの日のたかむらさんと同じなのだ。
出撃前にたかむらさんに感謝の言葉を伝えることはできた――だが、それだけだ。
彼女の死に何を感じたのか、再生した姿を見てどう思ったのか――その話はできていなかった。
それは自分がたかむらさんに対して違和感を感じていたからであり、当人に尋ねたわけではないがたかむらさんも自分に対して、同じ感情を抱いていたからだと思う。
だから忙しさを理由にしてたかむらさんと会う時間を作ることを無意識的に避けてしまっていた。
自分という別人が他者に対して与えた影響について語りあう――それは酷く繊細で難しいことなのだ。
そしてだからこそ、幼い子どもたちを救うために機体から降りてBETAに襲われたたかむらさんの死にざまを誰かが覚えていなければいけないのだ。
「爆心点に到達。やはり御剣みつるぎさんの不知火しらぬいは見当たらないな……」
「そうですね……」
当然ながら御剣みつるぎさんの遺体を発見することはできない。
この世界には骨の一片すら残さず、彼女は消えたのだ。
ふと思った。
この光景を見て、他の人は何を思うのだろうか。
覚悟した人のできることの限界点を感じるのだろうか――。
それとも再生衛士を使い捨てにすることの効率の良さに感心するのだろうか――。
小さな電子音――回線がつながる。
有線ドローンを先行させていた鎧衣よろいからだった。
『――間もなく反応炉前にドローンが侵入します。ライブ映像、回します』
画素の粗い映像が表示されて――消えた。
『――……あ~ぁ、やられちゃった!』
反応炉周辺を偵察できたのは時間にして3秒にも満たなかった。
「あの感じ……光線レーザー照射ではないな。上からの落下だな……」
千木良世ちぎらせさんの言うとおり、光は見えなかった。
そしてドローンはBETAの届かない高度を維持していた――当然ながら攻撃方法は限定される。
『――いずれにせよ、反応炉周辺にもBETA群が展開していると考えるべきだな』
画像を見詰めながら伊隅いすみさんはそう言った。
『――先ほどと同じ状況なら、先ほどの戦術を繰り返すべきだ』
割り込んできた中根なかね中隊長の発言は沈黙で迎えられた。
それを理解したのだろうか――中根なかね中隊長は説明を重ねた。
『――ここと同様に反応炉周辺のBETAを掃討できれば、あとは簡単だ。我々は反応炉の確保に成功した、史上初の部隊となる』
自信に満ちた言いざまだった。
やっぱり伝わらなかったか――気持ちがやさぐれていく。
自分の伝達能力が優れていると考えたことはなかったが、それ以上に人は理解したくないことは絶対に理解しようとしないという知見を得た気がしていた。
だったら思いっきり言ってやろうか――自分の発言に制限は掛けられておらず、何を話しても良いというステータスのままだ。
「また自爆の手本を見せろ、と? ――わかりました」
投げっ放しな感情。
『――すまんが頼めるか? あと一発はS-11を使っても問題はないはずだ』
深刻さを装っていたが、その底にある中隊長の考えは見え透いていた。
「構いませんよ、いずれ貴方たちもやるようになるわけですから。いまのうちにやり方をお見せしましょう」
千木良世ちぎらせさんに自爆に付き合ってもらうことになるな――申し訳ないと思ったが、他の衛士にやらせるつもりは毛頭なかった。
特攻をするなら自分だ。
死んで――どの時点の自分を再生するかについては神宮司じんぐうじさんたちに任せればいい。
『――……どういう意味だ?』
「そのままの意味ですよ?」
発言の真意を読み取れなかったのだろう――中根なかね中隊長は不安を隠しきれず、苛立っているようにも見えた。
『――我々がやることになるというのは、どういう意味かと聞いている』
「ですから、そのままの意味です。――今回の作戦の戦闘ログを軍上層部が確認すれば特攻の効率の良さに気づくでしょう? そうなったら、国防隊の衛士にも同じことをさせればよいとなるのが必然なのでは?」
言葉に毒を込めた。
『――我々は貴様たちとは違う。工場生産品ではない。人の腹から生まれた者たちだ』
その点は東雲しののめさんが指摘してくれたな、と先ほどの口論を思い出す。
彼女のような人がもっといれば、御剣みつるぎさんは死なずに済んだかもしれない。
ぞろりと並んだ通信ウィンドウに視線を飛ばす――東雲しののめさんは視線を伏せて黙っていた。
「……我々も同じです。最初は人の腹から生まれてますよ」
記憶を失くしたため、両親の顔も思い出せやしない――それでも自分は人間だ。
他の衛士たちもそうだ。
他の並行世界で人から生まれて――この世界で再生されただけだ。
神の化身でもなければ工業製品でもない――ただの人だ。
『――何を言う。貴様たちは工場で生産され、特殊な教育を施された人間なのだろう。兵器として日本政府と契約した存在には働いてもらう』
「特殊な教育なんて受けてませんよ。――単純に知っていただけ、訓練済みだっただけです」
『――どういう意味だ。はっきり説明しろ』
そうか――ようやく気付いた。
中根なかね中隊長の聞いていた噂は真実に近くはあったが、正確ではなかった。
だから、彼の頭の中でつながっていないのだ。
おそらく彼はイモータルズの衛士たちのことを遺伝子操作で作られた優秀な素体を幼い頃から訓練して育てあげた兵士と思っているのではないだろうか――ならば、その考えは修正しなければならない。
「……この世界のBETAは――ハイヴはある日突然出現した。――それと同じですよ。わかりませんか?」
中根なかね中隊長の苛立ちが強くなったと感じた。
『――意味がわからないと言っている。簡潔に伝えてくれ』
「だから言葉どおりのままです。――BETAは次元の壁を飛び越えて現れた。その噂は中隊長も聞いていらっしゃるでしょう?」
東雲しののめさんが興味を持ったな――中隊長に語り掛けながら、別の衛士たちの顔を眺めてみた。
驚きと何かの予感が隠しきれていない国防隊の衛士たち。
伊隅いすみさんが意地の悪そうな笑顔を浮かべている――この人の素は案外こっちなのかもしれない。
「我々も同じです。こことは違う並行世界でBETAと戦ってきました。いま我々が存在しているのは、人工生体に並行世界で戦っていた私たちの記憶を焼き付けたからです」
中隊長が息を飲んだ。
「ですから、我々が貴方たちより優れているのは経験があるからです。――我々の世界ではおよそ40年前から戦術機がありました」
『――40年前……』
「はい。だから経験の蓄積が違うのです。個人としても、チームとしても」
大半の国防隊衛士たちが唖然としていた。
「ですから、このまま国防隊が経験を積んでいけば我々に届くでしょう。そうなれば我々は必要なくなるかもしれませんね。皆さんの記憶を採取して、再生衛士にすればいいのですから。出撃前に記憶を採取しておけば、いつ死んでもいいんです。特攻でも何でもやりたい放題ですよ」
『――…………』
「傭兵に高い金を払うより、国防隊にさせた方が安くつくと思いますしね。だから、遅かれ早かれ国防隊もイモータルズと同じ状態になると思います」
しばらくの間、返答はなかった。
だから付け足した。
「おめでとうございます。――不死の兵士の誕生ですよ」

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