2-12.現実世界 常住金剛
「S-11って……」
御剣さんがその言葉を告げた瞬間に全身が総毛立った。
記憶喪失以降、自分はあらゆる兵器や戦術のマニュアルを読み直した。
覚えているものもあり、中にはまったく記憶に残っていないものもあった。
その確認作業こそが、以前の自分へ近づく方法だと信じて次から次へと乱読したのだ。
その中にS-11も記載されていた。
S-11――電子励起爆弾。
戦術核に匹敵するほどの破壊力を秘めた爆弾である。
戦術機部隊に与えられた任務は反応炉の確保であるが、作戦上、それが叶わないと判断された場合、反応炉を破壊することになる。
膨大なエネルギーを生み出す反応炉を破壊するのは容易ではなく、相当の打撃力がなければ傷ひとつつけることができない。
そのため、小型軽量かつ核兵器同等の破壊力を持つS-11を戦術機は積載している。
だが、御剣さんはS-11を反応炉破壊のためではなく、広間に展開しているBETA群の掃討に使用すると言っているのだ。
広間でS-11を使用したらどうなる――脳が音を立てて回りだす。
S-11を点火――爆発――瞬間的に数十万気圧という超高圧超高温状態に――それは何もかもが瞬間的に粉砕されることを意味する。
更に考えれば、ここは地下茎内――堅牢な壁面で囲まれた密封空間だ。
その威力は地上での爆発以上に大きくなるだろう。
つまり――たとえ旅団規模であろうがBETA群の殲滅は可能となる。
『――確かに反応炉破壊用に持ち込んでいる』
伊隅がぽそりと言った。
『――我々と国防第9中隊が持ち込んだS-11は4基。このうちの1基を使えば敵群を掃討することは可能だと考えます。――3基残しておけば反応炉の破壊には十分でしょう』
確かにそうだ――実行可能な作戦だと思えた。
これでいける――伊隅の通信ウィンドウに視線を飛ばし、実行すべきだと言おうとした。
『――難しい作戦だな』
硬い表情のまま、伊隅さんが言った。
『――最大限の効果を得るためには、可能な限りBETA群の中心で爆発させなければならない』
それは道理だ。
『――設置した後、爆発の影響圏から離脱しなければならない。おそらく最低でも5キロ以上は後退する必要があるはずだ』
5キロ――それなりの距離だ。
そこまで行かなければ安全の確保ができないのか――S-11の破壊力は絶大だ。
『――肝心なのは爆発の瞬間までS-11を守らなければならないということだ』
「え……」
声が出てしまった。
理屈はわかる。
S-11を群れの中央に置いただけでは、即座に破壊されてしまう可能性が高い。
それならば――。
「誰かが爆発の瞬間までS-11を護衛しなければ……」
『――そうだ。……つまり、これは決死の作戦になる』
伊隅はそう断言した。
「ドローンに積んで、リモートで――!」
『――乱数回避をプログラムされた偵察ドローンでさえ撃墜された。S-11を積載して我々が退避するまで、攻撃を躱しきるのは不可能だろうな』
「……つまり、それは――」
S-11の護衛任務を務める衛士は確実に死ぬということだ。
『――言っただろう。これは決死の作戦になる』
死という言葉がトリガーになっているのだろう――山吹色のイメージが脳内で暴走する。
地面に散らばった黒髪と赤い血。
山吹色の強化装備の欠片と鉄の匂い。
表示されたままの通信ウィンドウの中から篁唯依を探す。
大丈夫だ――彼女は生きている。
我々は再生できるのだから。
理性を強く持てと自分に言い聞かせる。
管理官たる者がこんな所で動揺してはならない。
『――その役目、志願します』
御剣さんの言葉に心臓がドクンと高鳴った。
『――BETA群中で大立ち回りをして時間を稼ぐ必要があるのでしょう。――僭越ながら私が適任だと心得ます』
管制ユニット内のカメラの位置の都合上、通信ウィンドウは常に正面から搭乗者の顔を映すことになる。
真正面から見る御剣冥夜は美しく、その瞳には人間としての気高さが満ちていた。
あぁ――ため息が漏れる。
自分はいま、人のあるべき姿を目撃しているのかもしれない。
そう思った瞬間、視界が真っ暗になり――貧血で倒れる直前の感覚に溺れる。
何かが視界に――脳に直接投影される。
白い強化装備、長い黒髪と鮮血――御剣さんの顔が血塗れになっている。
何かを言っている――誰かの名を呼んでいるような気がする。
白い光が満ちていく――場面が変わった――暗闇の中で伊隅さんがひとりで座っている。
もう一度……基地に咲く桜が……――幻聴か――しかし、間違いなく伊隅さんの声だ。
怒声――榊さんと彩峰さんが言い争っている――彩峰さんは出血しているようだ――管制ユニットのふたりは同時に拳を振り下ろすと白いイメージが脳内に満ちていく。
様々な死のイメージが行列になって押し寄せてくる。
装甲が壊れて、直接外が見えるようになった管制ユニット――戦車級の手が亀裂を拡大させていく。
動けない――自分が叫んでいるのがわかる。
撃ってくれ――自分を殺してくれと誰かに懇願している。
せめて人間らしく――自分の人生に価値を感じたいのだ――強烈な痛みと共に場面が変わる。
次々と、次々と――見知ったはずの顔が死んでいく。
『――死は免れないぞ?』
伊隅さんの声だ――イメージの奔流の外側から聞こえてきた。
『――……以前に大尉から教わりました。命は一度しか捨てられないから、使い所を慎重に選べと……。今がその時と心得ます』
皆が御剣さんを見ていると思った。
感情が伝わってくるのだ。
自分も同じようにありたい――そんな声が聞こえた気がしていた。
『――前方の広間に衛士1名を単機突入させてS-11を点火。それを持って、この難所を突破します』
パペットマスターはそう言い切った。
これは自殺行為だ。
事実上の特攻作戦だと頭の中でつながった。
先の世界大戦末期、追い詰められた日本は特別攻撃作戦を行うに至った。
飛行機、小型艦艇に爆弾を詰め込み、敵軍に体当たり攻撃を仕掛ける十死零生――帰還はあり得ない非人道的戦術。
その戦術を採用するとパペットマスターの口から語られたのだ。
怒りの感情が沸々と上がってくる。
それでいいのか――それがあなたたちの選択なのか。
命を捨てることを粗雑に要請され、それでもその命令を飲み込むのか――。
「ちょっと待ってよ! 死ぬことが前提の作戦なんて……!」
怒鳴っていた。
「認めない、私は認めない! 人としてこれは認めるべきじゃない!!」
涙が溢れ落ちる。
情けない――我々は先人たちの死から何を学んだのだ。
『――黙れ、東雲! 発言は許可していない!』
「黙るのはそっちだ! 自分が何を命じたのかわかっているの!!」
中隊長への敬意など糞喰らえ――階級差が何だというのだ。
これはもっともっと大切な問題だ。
『――0902、話を聞いて欲しい』
女の声――ソードダンサーだと即時に理解した。
もう何度も聞いている――顔を見たことはないが尊敬できる人だと自分は知っている。
『――この作戦を上申したのは私、ソードダンサーになります。よって私がS-11の爆破を担当します。――必ずや完遂してみせましょう』
敬意を持って黙らなければなるまい――それはわかっている。
それでも自分は叫びたいのだ。
怒声を上げて作戦を中止にしたいのだ。
だが、そうするにはソードダンサーの声は優しさに満ちていた。
『――0902、私も無茶は承知している。だが不可能ではない。上手くすれば脱出も可能であろう』
狂信者の声ではない――すべてをわかった上で彼女は私に気を使っている。
「……脱出なんてできるわけない」
だから、そう零すことだけで精一杯だった。
『――……時間がないのだ、東雲二尉。作戦が失敗すれば多くの民が犠牲になる。私は衛士として――人として、その結果だけは許せない』
感情が涙となって溶けていく。
NO-IMAGEと表示されたままの通信ウィンドウ――それすらも見詰めることができなかった。
『――やってもらおう。協力に感謝する』
中隊長の声に部隊が一瞬ざわついた。
『――諸君は我々と違って家族がいるわけでもない。公正に効率を考えれば、これが唯一の選択肢になる。いわゆる役割分担だ。まさに妥当な判断だ』
中隊長は言葉を重ねて自分の判断が間違っていなかったと強調していた。
そして――。
『――ソードダンサーと言ったな。貴様に敬意を表す。反応炉制圧は約束する。我らの全力を持って必ずやり遂げる。だから安心して逝って欲しい』
馬鹿にして――再び心に火が灯る。
この男とはやっていけない――自分とは倫理観が違いすぎる。
『――ソードダンサーより0901。そなたに感謝を』
なんで、ここで感謝の言葉が出てくるのだ。
感謝すべきは我々であり、それ以前に私たちは彼女に謝罪すべきだと思う。
反応に困ったのだろう――中隊長は何も答えなかった。
『――先ほども述べたが私は日本人だ。日本人として同胞に貢献できるのは喜ばしい』
沈黙。
ソードダンサーの日本人宣言を中隊長が否定しなかったのは、そこに漂う空気を読んだからだろう。
特攻作戦を実行してくれるのであれば、何であろうが構わない。
イモータルズと我々は違う。
おだてて、すかして、上手く使えばいい。
「特攻に赴く兵士に敬意と謝意を――。特攻を許すクソ野郎には呪いあれ」
自然と言葉がまろびでた。
呆気にとられた顔が通信ウィンドウに並ぶ。
なぜかはわからないがソードダンサーが微笑んだ気がした。
『――いい加減にしろ! 士気を乱すな! 自分が何を言ってるのか、わかっているのか!』
中隊長の激怒。
そうだよね、ようやく自分の考えが通ったと思った瞬間に腐されるのは堪らないよね――戦闘心が沸き上がってきた。
「自分の言動が見えてないのは中隊長の方! 自分の命令で人が死ぬのににやけた顔晒しやがって! キモいんだよ、バカ!」
あーぁ、これで昇格はなくなったかもしれないな――だが、不思議とそれでいいような気がした。
「再生できるから何? 工場で生まれたから何? 彼女たちが命懸けで戦ってるのに何を偉そうに文句つけてんの!?」
『――私は隊の衛士を思って苦渋の選択を――』
「苦渋の選択で殺される方は堪らないんだよ!」
口が止まらない。
頭の中が勝手に整理されていく。
「それでも死ぬことを選んでくれたんだ! こっちの真意なんてお見通しなんだよ! わかった上で死んでくれる人になんで嘘を吐く! なんでそれがわからない!」
『――貴様……!』
「工場で生まれたら死んでもいいの? 病院で生まれるってそんなに偉いの? 何も変わらないでしょ? 人間扱いしない理由なんかないじゃん! 彼女たちは人形じゃない、人間だ!」
『――だからどうしたッ!』
中隊長の絶叫は一際大きかった。
『――私にはできるだけ多くの衛士を生還させる義務がある! 貴様たちを家族の元に返さねばならないのだ! そのためにクローンを活用して何が悪い!』
国防隊衛士たちの表情は固まっている。
今日だけで何人も死んだ。
『――私は非人道的なことを言った。認めるよ。だが、意見は変えない! ひとりでも多くの衛士を帰す! それが私の任務だ!』
出撃前に軽口を叩いていた城戸も胡桃沢も、もういない。
『――今日、この穴蔵で経験を積んだ衛士が! 国防隊衛士が日本を救う! 生き残った者が部隊へ帰り、後進を指導する! 我々はいつまでも素人であってはならないのだ!』
生き残るために何でもする――それが中隊長の考え。
死ぬことに意味を持たせなければ救われない――それが私の考え。
考える前提からして違っているのだ。
これは並行してけっして交わることのない思想だ――胸の中にぽかりと空洞が生まれた気がした。
『――話し合いはそこまでにしましょう』
水入りを宣告したのはパペットマスターだった。
『――我々には時間がありません。広間のBETAを始末しても、その先がありますから』
その一言が場を支配した。
それは粛々とした態度であり、大人の振る舞いのように見えた。
中隊長が黙り込み、流れを受けてパペットマスターが淡々と指示を出し始めた。
逆らう者はいない。
だが、東雲祉乃はまだ割り切れないでいた。