2-10.現実世界 紛い者
沈黙があった。
第9中隊の中隊長――データリンクによれば中根なる人物は再生衛士たちのことを知っているようだった。
複数立てたままの通信ウィンドウの中から伊隅を探す――その顔は微動だにしていない。
どうやら、こちらに交渉を投げたままで、取り戻すことは考えていないようだった。
どう答えるべきか――最近まで自分も知らなかったのに――ふと気づいたが、それが何となく可笑しくて笑ってしまった。
『――その余裕……やはり真実だったか』
しまった――中根中隊長に誤解させてしまった。
いや――これは誤解ではない。
衛士たちが何度でも再生できるのは真実だ。
それを隠しているのが現状だ。
何と答えればいいのだろうか再考する――そもそも、この話を自分の口から語っていいのだろうか。
自分の知識は中途半端であり、それ以前に機密開示を判断していい立場ではない。
展開された通信ウィンドウの中から再び伊隅を探す――回答を他の誰かに任せたかった。
ヴァルキリー1と口を開きかけたところでヘッドセットから無線接続音が飛び込んできた。
『――話してもいい。許可されている』
通信ウィンドウに変化はない。
だが伊隅の声だけが聞こえてきた――伊隅は通信画像に細工をして、発言していないふりをしていると気づいた。
『――元々、隠しきれる情報ではないと博士は考えていた。組織が固まるまでバレなければいいという話だ。よって情報を開示することによって現状を打破できるなら何を言っても構わない』
少し意外だった。
『――管理官、情報伝達の速度が問題なんだよ。まったく考えてなかった真実を突然突き付けられるのと、こうなのかもしれないと予測していた所にあなたの考えは正解でしたと言われるのでは、受け止めた時の衝撃が違う』
そんなものなのだろうか――いずれにせよ、伊隅に代わる気がないのは明白だった。
下唇を意識して噛んだ。
その軽い痛みをスターターにして口を開く。
「我々の親会社は再生医療の雄と謳われる企業です。ほぼすべての人体の代替品を製造できます。ですから――」
息を吸う。
「肉体的欠損は完治できます。実際に自分も両脚を失いましたが問題ありません。自由に歩けます」
管制ユニットの中でなければ歩いてみせてもよかった。
話の中で完全全身人工生体を匂わせてみた。
結論はまだ出さない――もう少しだけ、様子を見たかった。
「ですがその話、現状は関係ありません。いまは協力が必要な時です。報酬が高い安い関しては作戦が成功した後に上層部が議題にすればいい問題でしょう?」
ハイヴ攻略戦は速攻か遅攻かを選ぶ必要がある。
援軍が期待できる状況であれば遅攻にも意味はあるが、状況から判断すればいまは速攻一択の場面である。
何としてでも言いくるめて、話を前に進ませたかった。
『――誤魔化さないでくれ。私が聞きたいのは貴様たちが生産された兵士かどうかということだ。女の腹ではなく、工場で生産された人間なのかどうかを聞いている』
胃の中に氷塊がワープしてきた気がした。
「それは……」
先にどこまで知っているのか、中隊長に尋ねるべきだったかもしれない。
いずれにせよ、返答を微妙に逸らした結果、逆に不信感を煽ってしまったようだ――自分のミスだと思った。
再び視線が伊隅の顔を探す――画像は固定されたままで表情に変化はない。
先ほど同様に伊隅から無線での呼びかけがあるかも――2秒ほど待ったが、こちらも発信はなかった。
完全に任せるつもりですか――背筋が硬くなる。
たとえ失言したとしても、その責任が自分ひとりに押し付けられることはない――伊隅さんはそういう人だ。
だが、同時にそれは無思考で発言していい免罪符ではない。
状況を熟慮し、交渉の流れを想定し、その上で有効だと思えるなら発言しろという話だ。
通信ウィンドウの中根中隊長を見詰める。
おそらく、まだ40代にはなっていない――痩せ型で顎周りが逞しい。
眼の下のクマが濃い――彼もまた疲れているのだろう。
「……その話、この状況に関係があるのですか?」
『――関係している』
イモータルズの衛士が工場生産なら盾にする――そんな考えが透けて見えた。
どうしようか――考える。
考え続ける――機密開示は許可されている。
中隊長を軟化させて、こちらに協力してもいいと思ってもらうためには、どうすればいい――時間はない。
「……仮に我々が工場生産だった場合、どうするつもりですか?」
そろりと言葉にした。
『――働いてもらう』
「具体的には?」
『――戦ってもらう。それだけだ』
尻尾は出すつもりはない、か――。
中隊長は頑なであり、おそらく何を言っても態度を変えることはないと思えた。
しばらく考えて自分なりの答えを出した。
賭けになるな――緊張を飲み込んで言葉に変えた。
嘘を吐いてもいいのだろう――戦場では確かめる術はない。
「我々が全身人工生体であることは事実です」
周囲がざわついた。
通信ウィンドウに表示されるすべての顔に驚きが浮かぶ――伊隅さんを除いて。
言っていいのか――イモータルズの衛士たち。
本当なのか――国防隊の衛士たち。
言わなければ永遠に足踏みを続けることになるだろうが――苛立ちを飲み込む。
嘘は言えなかった――不信の種を埋めたくはなかったから。
「それで――協力していただけるのですね?」
どうでてくる――身構える。
『――質問は終わっていない。――貴様たちはいくらでも増産できる。間違いないか?』
話の流れが完全に見えた。
結局、この人に協力する気がないのか――寂寥感。
「理論上は可能です」
不思議と腹は立たなかった――ただ悲しいのだ。
『――では決まりだ。――諸君らには前面に立ってもらう。砲弾の供与は控えさせてもらう。反応炉制圧時に必要だ。砲弾は我々が使用する』
「使い潰すつもりですか?」
『――工場で生産できるモノは人間ではない。兵器として活用させてもらう』
それは中根中隊長からイモータルズへの決別宣言だった。
イモータルズの衛士たちはいくらでも製造できる――噂が認められた衝撃は大きかった。
通信ウィンドウに視線を飛ばす――イモータルズの衛士の大半は画像をオフにしているがパペットマスターとヴァルキリー1は表示されている。
パペットマスターはどこにでも居そうな青年だ――雑踏の中ですれ違っていても記憶に残らない顔。
ヴァルキリー1は綺麗だと思う――しかし、微動だにしない表情が工業製品を連想させた。
これが作られた人間の顔か――胃が重くなった。
現代において、すでに手足の再生は常識になっている。
脳以外の重要臓器も再生可能だ。
癌はすでに死病ではなく、脊髄損傷も問題なく回復できる。
全身に重度の火傷を負ったとしても問題はなかった。
脳死さえしていなければ、どんな状態からでも戻れる時代だ。
だから、全身が人工的に作られた人間がいることについては違和感はない。
イモータルズの衛士たちは工場で作られた――しかし、それでもふたりは私の戦友だ。
戦場を共にし、何度も命を救われた。
その闘い方に憧れ、少しでも近づけるように修練を積んだ。
それにコールサインしか知らないが、ソードダンサー、ホワイトファングとも一緒に戦った仲間だ。
中隊長だって同じだ――我々は筑波で命を救って貰った。
それなのに――。
『――兵器として使うですか? 具体的には何をさせたいのですか?』
『――契約上、私に許されていることは執行させてもらう』
上層部との通信が断絶した場合、作戦の主導権を握るのは国防隊になる。
『――それが予備の砲弾を融通しない理屈なのですか? 元より契約は守りますし、何が言いたいのかの話が見えてこないのですが――』
中隊長が何を言うのか予期していたのか、パペットマスターは冷静だった。
そして何より理屈として筋が通っていると東雲は思った。
『――この作戦、犠牲なしには完遂できまい。その場合、犠牲になるのは国防隊ではなく貴様たちだ』
何度でも生産できるのであれば、いくらでも無理をさせられる。
『――道具は消耗品であり、消費されるのが当然――また作ればいい。だが、国防隊隊士の生命はそうはいかない』
道具より価値の高い国防隊は保護されるべきだ――中隊長の言葉から飾りを外していけば、そんな意味が残る。
それはイモータルズを人として扱わない宣言であった。
そして厄介なことに東雲は思い至ってしまっていた――中隊長は私がいなくなった後の部隊をすでに構想している。
中隊の中で最も手練れとされている自分が離脱し、明確に戦力の落ちる部隊をどう仕切っていくか――。
どんな上官であれば、部下が支持してくれるか――。
勇気がある上官か、頭の切れる上官か、力強い上官か――それらも確かに支持されるだろう。
だが、もっとも支持される上官は部下を確実に生還させてくれる上官だ。
そして中根中隊長は、そうなるためにイモータルズに最大限の負担を掛けることを選択した。
イモータルズを最大活用し、自分の部下の負担を減らすと宣誓しているのだ。
それがいまの自分だけでなく、将来の自分も救ってくれると信じて――。
失望――姑息以前に、なぜこの作戦に全力を注ごうとしないのかという感情が襲ってくる。
ここまで酷い人ではなかった――もっと責任感のある人だった。
何度も世話になったし、恩も感じていた。
それなのにただひとつの情報――イモータルズは人造人間であるという噂を聞いただけで、ここまで変わってしまったのだ。
『――確かに犠牲なしの成功は難しい。ですが、わざわざ確率を下げるような――』
『――このやり方が最も成功確率が高いと私が判断した』
駄目だ――中隊長は頑なだ。
取り付く島もない。
私が何か言えば変わるだろうか――筑波の時は、それで流れが変わった。
だが、中隊長はあの出来事を失敗として記憶している。
私が発言しては、より反発する可能性が高いと思えた。
電子音――通信ウィンドウ――ソードダンサーからの報告。
『――1番と2番のセンサーの反応が消失。『門』侵入直後に仕掛けたセンサーです。追われています。ここに到達するまで20分は掛からない』
そういえば――イモータルズは旧飯塚市でのBETA誘因を切り上げて国防隊の護衛に回ったのだ。
本来であればイモータルズがBETA群を引き付けている間に国防隊戦術機部隊が反応炉を抑える想定だったが、それは成立しなかった。
戦術機とBETAでは速度差があるとはいえ、ここに留まって無意味に時間を浪費してしまっていた。
中隊長はどうするつもりなのだろうか――中隊長がイモータルズに強権を振舞おうとしても、傭兵たちが納得して従うかはわからない。
『――進軍しましょう。取り急ぎ我々が前衛を務めます。交渉は継続ということで――』
補給についての決着はついていないが、パペットマスターは状況を動かす考えを示した。
『――交渉の継続はない。貴様たちは現状のまま、可能な限り侵入路を確保してくれ。これが決定だ』
『――妥協点は見つけられるはずです。我々は志を同じくしているのですから』
パペットマスターは粘り強いな――自分がパペットマスターの立場だったら、とっくの昔に切れている。
『――工業製品に志だと? 貴様たちと我々を一緒にするな! 我々は金のために命を懸けているわけではない! 日本を守るために、国民のために戦っている!』
それは圧倒的な拒絶だった。
金のためだと考えていたのかという驚き――肩を並べて戦ってみて本当にそう思えたのか?
中隊長の言葉に憤慨し、東雲は口を開きかけた。
だが、その前にパペットマスターが答えていた。
『――待ってください! いまの言葉は酷い、訂正してください!』
『――何がだ? 訂正するものなどない!』
『――我々は! 我々は……!』
何かを言いかけてパペットマスターは口を閉ざした。
『――無駄口を叩くのはここまでだ。作戦を遂行する』
どこまで人を怒らせるつもりだ――今度こそ、何か言ってやろうと思った瞬間だった。
『――私は日本人だ』
女の声――ソードダンサーだと気づく。
『――ソードダンサーよりパペットマスター、すまぬが我慢ならなかった。許すがよい』
いささか古風な口調――顔を見たこともないが、確かに日本人なのだろうと思った。
『――い、いえ……気持ちは理解できますので……』
パペットマスターは驚いているのか、少しばかり言い淀んでいた。
『――ソードダンサーより0901。ゆえあって名乗れぬ身だが一言だけ言わせてもらう。――ここにいるイモータルズの衛士の殆どは日本人だ』
上官同士の会話――通常であれば許されない通信だ。
『――私は……工場で作られた人間を日本人と認めない』
冷静に――中隊長の口調は会話を終わらせるためのものだった。
だが、何かが東雲の心で引っ掛かった。
工場で作られた日本人――大事なものがそこに存在している気がするが、それが何かわからない。
情報を整理する前にソードダンサーが中隊長に再び応えていた。
『――あなたが認めなくとも私は日本人だ。この大地で血脈を保ち、人々と交わってきた。――あなたが私たちをどう思おうがそれはあなたの自由だが、私にはこの地を守る意思がある。それだけは邪魔しないで欲しい』
中隊長は沈黙した。
工業製品が、と誰かが呟いたが、それに続く者はいなかった。
何とかしなければならない。
問題はまだ解決したとは言えない――東雲は操縦桿を握りしめ、どうすれば中隊長を納得させられるか考え始めた。