1-6. 現実世界 関東遠征(2)
「お菓子〜♪ お菓子〜は〜P〜Xッ! P〜Xッ! PXまで噴射地表面滑走だッ!」
戦術機から降機した衛士たちには1時間の休息が許可された。
嬉しそうにPXへと駆け出す千木良世――付き合う気持ちにはなれず、格納庫内の衛士たちを見渡す――アルファ・ユニットの衛士たちは三々五々、それぞれが思い思いの行動をしていた。
「うへぇー、シャワー浴びよ、シャワー」
朱土岐が苦々しげ――榊が続く――やや上気した頬に手を振って風を送っている。
「そうね、気分転換しないと」
強化装備には体温調節機能が付いているが、それでも戦場から戻れば汗を流したくなるのは人間の生理なのだろう。
「待ってよ、ボクも一緒に行くよ~……ってミキさん、どうしたの? 浮かない顔してるけど」
「えっと……休みの間で髪乾くかなって……」
珠瀬さんの髪は長い――濡らしてしまえば乾かすのは大変そうだ。
1時間の休みでシャワーと食事か――確かに時間が足りないかもしれない。
「大丈夫。いざとなったら手伝うから。――榊が」
「なんでよ!」
彩峰の適当な振りに榊が反応。
「手伝わないんだ?」
「だ、誰も手伝わないとは言ってないわよ!」
「ふふふ、珠瀬、気にするでない。――いざとなれば私も手伝う。皆でやれば大丈夫であろう」
「そうだね、ミキさん。みんなでドライヤー使えばあっという間だよ!」
御剣さんと鎧衣さんがいい感じに締めてくれたな――待て――御剣さんの髪も乾かすの大変そうだぞ?
「では、管理官。――我々はシャワーを浴びてくる」
いってらっしゃい――と手を振って答える。
それにしても仲が良くて結構だな――なんとなく修学旅行を連想してしまう――浴衣に着替えた御剣さんたちが豪勢な食事をしている姿が連想された。
冬の温泉――浴衣で卓球――皆で温泉に浸かる――それはまるで自分自身も参加していたかと思えるくらいに明白なビジョンであり――。
「――おまえ、一緒にシャワー浴びたいとか考えてんだろ? この変態野郎が」
心底、嫌悪した表情の朱土岐。
「な! そ、そんなわけないですよ!」
――と言いつつも視線が泳ぐ。
強化装備は体のラインを隠さない――そこから彼女たちの肢体を想像することは容易――眼の前にいる朱土岐の姿も扇情的である。
「……うわ、マジでエロい想像してたわ、この男。なんだ、その顔」
「し、してませんって! 冤罪ですよ!」
「ムキになって否定するのが怪しい」
「怪しくないですよ!」
とにかく誤解されたままなのはマズい――非常にマズい気がする。
「なんだ、管理官? 私たちと一緒に汗を流しに行きたかったのか?」
「み、御剣さん!? 」
その言葉に面食らう――御剣さんにも誤解されているのか――というか、まだ去ってなかったのか――焦り。
「け、結構です! 行きません! 行きませんから!」
「そうか? 私は気にしないが……」
「――えぇ!? お、お気遣いに感謝です……じゃない、結構です!」
先ほど夢想した裸体が脳裏に浮かび上がる――慌てて妄想を打ち消す。
「そ……そもそも男女七歳にして席を同じにせずと言いますから! 言いますからね!」
「それはそのとおりだが、それはそれで堅苦しいな」
御剣さんはため息を吐いて笑顔になった。
「ふふっ、そう言えば、こちらの世界では一緒にというわけにもいかないのだったな……」
手を振って去っていく御剣さんの背中を眺めながら、いまの言葉はどういう意味なのだろうかと考える――御剣さんと自分が一緒にシャワーを浴びる関係だったとは考えにくい――これまでの会話から、そう判断できる――それなのに一緒というわけにはいかないとは何を意味しているのだろうか。
御剣さんたちはぞろぞろとシャワールームへ向かっていく。
「えっちだね、管理官」
彩峰がにやりと笑った。
「えっちじゃないですよ!」
彩峰からの返事はなかった。
やれやれ――管制ユニットレベルのキャットウォークに立ちながら思考を巡らせる。
もし――もしも自分が御剣さんと特別な関係だったとしたら――それはとても嬉しいことだと思う――きっとそう思う。
だが――同時にそれは有り得ない話だと予感している。
「御剣さん……何かを探してる気がする……」
たとえ仲の良い友人たちの輪の中にいても、御剣さんには何故か孤独の印象がある――あるいは孤高と言い換えるべきか。
他者との輪の中にいながら、そこに属していないという気配。
その原因が何なのか自分には見当がつかない。
汗ばんだ髪を手で梳いて思考を止める――やはり自分もシャワーで汗を流した方がいいのかもしれない――無論、御剣さんたちとは別の場所で。
「千木良世紫宵、PXよりただいま帰還! 見てくれ、管理官。この羊羹を! こいつは猛虎屋の絶品なのだ!」
物資の略奪に成功した千木良世が満面の笑みを浮かべながら戻ってきた。
「どうした、管理官? 妙な顔をして。――お腹が減ったのか? 羊羹食べるか?」
「あ……いや、お腹が減ったわけじゃなくて……」
「では、どうした?」
心配三割、猛虎屋の羊羹への想いが七割の顔で覗き込んでくる千木良世。
この人は変わらないだろうな――記憶があろうがなかろうが対応が変わる性格ではないと思った。
「……少し外の空気を吸ってきます」
じゃあと手を振って甲板に向けて歩きだす――新鮮な海風を吸って、頭をはっきりさせたい――考え続けなければならない――そんな気がする。
千木良世の言葉が追いかけてきた。
「大きい方か?」
質問の意図が読み取れない――羊羹のサイズの話だろうか?
「急いだ方がいいぞ。この近くのトイレはすぐ満員になる。衛士も整備士も使うからな」
脱力――それでも歩みは止めなかった。
船内の廊下は広いとは言えない――所々に水密扉があって乗り越えるのが煩わしかった。
人間用エレベーターの前に到着――カーゴが降りてくるまで、少し時間が掛かるようだ。
階段で甲板まで上がるか――そう考えて振り返る。
「……管理官さん」
心臓が跳ねた――突然話しかけられて動揺――傍らに少女が立っていた。
肌も髪も白い――髪の色や小柄な体躯がどことなく兎っぽい――ひょっとしたら色素欠乏症の人かもしれない。
誰だ、この娘――記憶にはなかった。
「……ついてきてください」
綺麗な声――少なくとも、この少女は自分のことを知っているらしい。
「な……何の用かな?」
不思議な雰囲気の子だ――自信なさげでいて、それでいて芯があるような雰囲気。
「とても大切で……とても大事なことなのです。だからついてきてください」
気後れ――少女が導く先には自分にとって危険なものが待ち構えている気がした。
「…………」
何故だ――少女は華奢であり、万が一にも自分に害を及ばすことなどできそうにないというのに――。
エレベーターの到着を知らせるジングルが鳴った――それでも少女は目を逸らさないでいる。
だから従うしかないと思った。
「……わかった。ついていくよ」
先導する少女がイモータルズにおいて重要な存在だと気づくのに苦労はなかった。
次々と安全扉が開かれていく――厳重なセキュリティを通過するIDカードを少女は所持していた。
違いなく取り扱える機密レベルは管理官である自分より上だとわかる。
兎に先導されて迷宮世界に飛び込んでしまうジュブナイルを連想――役に立つ情報は忘れているのに、こういうのを覚えているのだろうという疑問。
「……いま、電源を入れます」
少女が案内してくれたのは中枢区画の一室――ここは高級士官しか近づけないはずだったなと脳内の艦内図とすり合わせをする。
明るくなって部屋の全容が見えてきた――医務室に近い――否、それよりは実験室に近い雰囲気だ。
よくわからない装置が備え付けられたベッド――藥品棚とラック――大型のタワーPCと6枚のモニター。
ここはどこで何を目的とした部屋なのか――怪しすぎる。
「座ってください」
ベッド脇に設置された椅子に誘導される――まるで戦術機の管制ユニットのような椅子――見方によっては処刑用の電気椅子にも。
そう言われても――じわじわと不安が強くなっていく。
「……何が起きているか、理解できるようになります」
躊躇う自分に少女が告げる。
理解できるようになる――それはいまの自分が最も欲している言葉だった。
この不安定な状態――記憶のない根無し草。
少女の顔を観察――感情も思考も読めない――ただ静かに立っている。
どうやら従うしかない――9割の諦めと1割の興味。
自分が腰掛けると、システムを起動しますと少女は言った。
「目を閉じて楽にしてください」
両手首と足首が自動的に固定される――ヘッドセットが降りてきて視界が塞がれた――酸素マスクが展開して顔に貼り付く。
「ちょっ――! 待ってくれ……!」
マズい――恐怖が心を塗り潰す――全身のバネを使って振り解こうとしたが動けない。
「――大丈夫です」
少女の声と共にガスの噴出音――なんだ、これ――殺されるのか――そう思った瞬間に意識が消えた。
太腿に激しい痛み――聴覚が戻ってきて打突音を聞きつける。
頬が生暖かい――床に突っ伏している――体温が床に伝わるだけの時間が経過していたのか?
「おい! 起きろ、管理官。なんで、こんな所で寝てんだ?」
朱土岐さんだ――ゲシゲシと蹴り続けている――自分に恨みでもあるのだろうか。
「……ここは?」
「あん? 艦内廊下」
廊下――確かにそうだ――水密扉、壁面を走るパイプ。
なんでこんな所で寝てるんだ――朱土岐に問われたことを自問自答――瞬間、何かが跳ねた。
「こ、ここに少女がいませんでしたか!? 不思議な感じの美少女が!? なんかちょっとウサギっぽい美少女が!」
そうだ――自分は白兎のような少女に導かれて中枢区画へ進入したはずだ。
そこで――。
「……何言ってんだ、おまえ?」
軽蔑と嫌悪――朱土岐の表情。
「そんな……確かにいたはずなのに……」
あれは何だったんだ……――今更になって、少女の名前を聞いていなかったことに気づく。
自分は実験室的な場所に連れていかれて、そこで何らかの装置に繋がれた――少女の目的がわからない――だが、少女は何が起きてるか理解できるようになると言っていた。
しゃがみ込んだ朱土岐がじっと自分のことを見詰めている――彼女はいつもそうだ。
「おまえ……母艦の廊下で居眠りこいて幼女の夢を見るって重症だろ!!」
「ええ!?」
「変態だヘンタイ! 大変だ、ここに変態がいるぞぉぉぉ!!!」
朱土岐の罵声が艦内廊下に響き渡る。
「あ〜キモッ! キモいキモいキモい! 変態が記憶失って本性出してきやがったぞ!」
「ロリコンじゃないですって! い、いたんです、本当に! 絶対に!!」
「怖っ! ちょっと近づかないでいただけます!?」
「ええ! な、何でですか!? 誤解です、誤解なんです!!」
「触るな、ロリコン! 妄想暴走変態管理官っ!」
いけない――このままでは間違いなくロリコンと喧伝されてしまう。
何としても朱土岐さんを説得して理解して貰わないといけない――その時、艦内放送のジングルが鳴った。
『――傾注、アルファ・ユニット衛士は第2ブリーフィングルームへ集合せよ。繰り返す、アルファ・ユニット衛士は第2ブリーフィングルームへ集合せよ』
呼び出し――しかも時間指定がないということは即時対応しなければならない。
「寄るな変態! あたしはブリーフィングに行かなきゃならないんだ!」
「自分もです!」
「うっせぇ! ついてくんな!! ついてくんなよ、ロリコン管理官!」
朱土岐が駆け出す――それを追うようにして自分も走り出した。
デウカリオン内の第2ブリーフィングルームにはアルファ・ユニットに所属する衛士たちが集まっていた。
指揮卓には神宮司が――その横には伊隅が立っている。
正面の大型モニターに北関東の地図が表示――国防隊の位置、そしてデウカリオンの位置も表示されていた。
「現在、国防隊は埼玉県への進出を目指して南下。BETA群が点在しているため、間引きには絶好となっている」
国防隊とイモータルズの練度の差――それを埋めるために国防隊は各地に点在しているBETA小集団を攻撃している。
「かなり無茶押ししてるわね……。あれだけ遅れていたのに……」
榊の囁き。
「予想以上にバラバラだね……。点在するBETAを全部狩ろうとしてるのかな? 全部の斥候集団を排除するのは難しそうだけど」
相槌を打つ鎧衣――半径60Kmの円の中に部隊を示す光点。
「無理してるように見えます……」
不安げな珠瀬。
この程度の任務はクリアできなければ話にならない――国防隊はそう考えて無謀な選択をしてしまっているのではないだろうか。
「これじゃ、まともに部隊の連携が取れない」
ぽつりと彩峰――国防隊戦術機部隊は点在するBETA群を追いすぎて部隊を分散してしまっている。
神宮司が頷いた――モニターの地図に新たなレイヤーが追加された。
「全体として戦況はこちらの望む展開で推移している。だが重金属雲の影響で部分的に通信が途絶しているようだ」
茨城県、埼玉県にまたがる広域に重金属雲――まるで大型台風の天気図のようにも見える――室内がざわつく。
「重金属雲の濃度が……!? やりすぎだろ……」
「無駄を通り越して狂気だな……」
「光線級の1個師団でも発見されたのか、これ?」
「国防隊、加減を知らないんじゃねぇの? 撒きすぎだろ、これじゃ跳躍ユニットが咳き込むぜ」
「関東を取り戻しても汚染された大地では……。自分で自分の首を締めていやがる」
「通信途絶した部隊ってマジか? 日本国内で迷子かよ?」
「――静かにしろ」
伊隅が一声掛けると室内は静まった――神宮司が再開する。
「そこで作戦を一部修正する。当初想定では国防隊との合流は旧久喜インターチェンジを想定していたが、これを訂正する」
地図が切り替わる――イモータルズの戦術機部隊を示す矢印が、ある地点で3つに別れた。
「重金属雲の影響力下にある国防隊戦術機部隊を回収する。その後は可能な限り南下を続け、現地の情報を収集する。以上だ。――何か質問は?」
沈黙――詳細な指示書は手元のタブレットで確認できる。
「……ないようだな。――ではアルファ・ユニットは戦術機に搭乗して待機。国防隊との調整が済み次第に再度上陸する。――以上」
伊隅の解散の号令――衛士たちはそぞろに格納庫へ向かう。
笑っている者はいなかった。