1-4. 現実世界 取り戻すために(2)

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二時間の自習を終え、千木良世ちぎらせを衛士寮まで送り届ける――それから格納庫へと足を伸ばした。
格納庫へ訪れたのは、演習中に千木良世ちぎらせが零した雑談が理由だった――工場送りになっていた自分の機体が戻ってきたという話だ。
大きな損傷を負った機体は製造工場に戻されることがあるらしく、千木良世ちぎらせが搭乗していた不知火しらぬいも工場送りになったという。
明日は出撃に備えてオーバーホールされた機体の調整を行う――だから、すまないが管理官の訓練には付き合えない――そういう話だった。
その話を聞いた時、思い出されたことがあった――自分の目で確認すべく、格納庫へ向かったのだ。
第一格納庫の天井は高く、LED照明でも昼間のような明るさとはいかない――壁に設置された時計を見ると24時を回っていた。
だが、こんな時間であっても整備班は忙しく作業している――その喧騒は昼の時間帯と何も変わらなかった。
関東遠征作戦の準備――自分が訓練に打ち込んでいるのもその一環――大規模作戦開始前の妙な熱気が格納庫に満ちていた。
いくつかの戦術機が分解整備されている――不知火しらぬい陽炎かげろう撃震げきしん瑞鶴ずいかく――なぜ機種が統一されていないのだろうという疑問が浮かぶ――非効率的ではないだろうか。
林立する戦術機によって格納庫は神像が並ぶ神殿のようにも見える――20m前後の武神――それだけのスケールと出力がなければBETAと戦闘することは難しい。
戦術機胸部レベルのキャットウォークでガントリーを眺めていく――探していた機体を見つけ、視線をそこに留めた。
山吹色の武御雷たけみかづち――たかむらさんが搭乗していた機体。
どうやら機体修理は後回しにされているようで、両主腕が外されたままになっていた。
機体をじっくりと観察――目に付く限り、外部装甲は補修されている――汚れもない――少しばかりほっとする――汚れたままならば綺麗にしようと思っていたのだ。
長刀を過剰に使用すると肩部、肘部、腕部の関節に負担が掛かる――両主腕は修理ではなく、交換になったのかもしれない。
鮮やかに甦る剣舞のイメージ――たかむらさん、御剣みつるぎさんの近接戦闘を目撃して美しいと思った――だからこそ両主腕のない武御雷たけみかづちの姿がいっそう哀れに見える。
「腕、早く直して欲しいな……」
「――そうね、同意するわ」
突然、耳元に女性の声――思わず悲鳴を上げた――反射的に距離を取ろうとして腰砕けに転倒してしまう。
山城やましろ……さん」
声を掛けてきたのは山城やましろ上総かずさだった。
たかむらさんと同じ系統に属する人間の雰囲気――しかし、人当たりの良かったたかむらさんより、厳しい空気を漂わせている女性。
「あなた、私と会う度に転んでいるわね。ひょっとして人前で転げるのが趣味なのかしら?」
「そ……そうですね。時々、転げまわりたくなるというか……」
「変わった趣味を……特殊でいらっしゃるのね」
トレーニングルームでの出会いが羞恥心と共に思い出される。
「ところで記憶は戻られたのかしら? 私のことは認識しているようですが……」
「い、いえ……千木良世ちぎらせさんから名前を聞いて、履歴書を確認して――」
思い出せないなら覚え直すしかない――そう考えていた。
神宮司じんぐうじにお願いしてユニットに所属している衛士の履歴データを貰い、毎日読み返している。
「そう……。何故、こんな時間に格納庫に?」
「それは……」
ちらりと武御雷たけみかづちに視線を送ってしまう――どうやらそれだけで山城やましろは気付いたようだ。
沈黙――格納庫内の喧騒が何処か遠くに聞こえる。
戦闘能力を失った山吹色の武神――感情などない機械のはずだが寂し気に見える。
「あの……たかむらさんの件はすみません……。自分の判断ミスです」
たかむらさんと山城やましろさんは同期だ。
何を言えばいいのかの答えは持っていない――だから妥当だと思う言葉を並べていくしかない。
「彼女は……たかむらさんは勇敢でした。難民を救おうとして……。その……」
彼女の散り際――何のために彼女がその生命を賭けたのか――それを話そうと思った。
「知っています。――報告書は確認しましたから」
冷たい響きだった。
「すみません……」
考えてみれば友人の死の真相を調べようとするのは当然であって、報告書を読んだのであれば自分の判断ミスにも気づくのも当たり前だと思った。
「……いまのはどういう意味の謝罪かしら? 説明してくださらない?」
「あ……」
何について謝ったのか、誰に対して謝ったのか――。
山城やましろの指摘を受けて気付いた――先ほどの謝罪は、ただ吐き出してしまった謝罪であり、謝りたいから謝っただけの行為だ。
途端に何も言えなくなり、どうしていいのかわからなくなる。
空虚な謝罪をしてしまったことを詫びればいいのだろうか――いや、それは無意味だ。
彼女はたかむらさん以上にきちんとした人であり、根拠が明白でない行動には関心を示さないだろうと思った。
沈黙する自分――武御雷たけみかづちを眺める山城やましろさん。
先に口を開いたのは山城やましろさんだった。
「いいわ、この話はここまでで結構です。――別の質問をしていいかしら? 記憶を失うってどういう感じなのかしら?」
予想外の質問に戸惑う――だが今度こそ、誠実に答えたい。
「え……と、とにかく、わけがわからなくて……」
自分の置かれている状況をどう説明すればいいのだろうか――床材の縞鋼板チェッカープレートの模様が駄目出しのサインに見えてくる。
山城やましろがじっと覗き込んでくる――丸裸にされているような圧迫感。
「どこにもつながっていない……というか、何のためにこの会社に入ったのかもわからなくて……その……」
BETAに脅かされる人類を救いたい――おそらく記憶を失う前の自分はそう考えたはず――だが、そこすら確信が持てない。
「気づいたら戦場で……でも……」
方向性を示す役割のはずの上司がいきなり壊れた――しかし、作戦は継続せねばならない状況で、そのために皆に迷惑を掛けてしまった。
その時の借りを返すために訓練に打ち込んでいる――それを言葉にすれば彼女は憐れんでくれるのではないだろうか。
「…………」
突然、自分のさもしさに気づいて遣る瀬無くなる。
自分は誰かに憐れんで欲しいのか――たかむらさんの死はおまえの責任ではないとたかむらさんの友達に言って欲しいのだろうか。
「こ、後悔してることはたくさんあります……。だからこそ、次はミスをしないように……」
寒々しい言葉が漏れていく――それは真実であり、同時に嘘でもある。
「訓練したから許されるとか、そんなんじゃないんです……。ただ納得がいかなくて……」
真実を虚言で塗り固め、嘘を誠実さで上書きする――姑息な自分の魂が山城やましろにバレないことだけを願って言葉を重ねていく。
「何かできれば……できるようになれば……」
たかむらさんも許してくれるかもしれない。
そうか――死者は祟らない――神宮司じんぐうじの掛けてくれた言葉にも自分は納得していないのかもしれない。
「あなた……そんな不安定な状態で戦えるのかしら?」
山城やましろの言葉が刺さって呼吸が詰まる。
「どういう意味ですか……」
視線を上げると真正面から山城やましろが自分を見詰めていた。
「言葉どおりの意味よ。――あなたには人としての立脚点が見えない」
「…………」
「そんな人が戦場に出れば死ぬわよ。――そういうのは何人も見てきたから」
「それは……」
ここでも役立たずと言われた――悔しさと情けなさが混じり合う。
ただ黙っているしかなかった――卑賎な感情を解消する方法を見つけられないのだから。

格納庫で山城やましろと再会してから数日が経過した。
訓練が続き、心身共に疲労が溜まっていく――現状の自分はただの穀潰しであり、存在価値がない。
それを否定するために、とりあえず体を動かす。
だが、その根底にあるのは前向きな意思などではなく、罪から逃れたいというみっともないプライドだと認識はしていた。
気分は落ちたままだが、仕事はしなければならない。
職場放棄は可能だと思うが、記憶を失った自分がBETAの侵略を受けている日本で生きていけるとは思えなかった。
臆病な精神は戦うことも逃げることもできず、ただ現状に耐えるだけ――それが現実だ。
そんな気分の中で再び第3会議室に呼び出された。
神宮司じんぐうじまりも、千木良世ちぎらせ紫宵よい、自分――そして今日の会議にはもうひとり面子が増えていた。
背筋がピンとしたショートヘアの女性――神宮司じんぐうじより若いが千木良世ちぎらせよりは歳上に見える。
彼女は教壇に立つ神宮司じんぐうじの横に侍り、その立場が自分や千木良世ちぎらせよりも上なのだと報せていた。
この人の履歴データは貰っていない――イモータルズに所属する衛士に関しては一通り確認したはずが記憶にはなかった。
壇上の神宮司じんぐうじの軽い咳払い。
「先日も告げたとおり、現在、関東圏の大半は敵勢力の支配下にある。茨城県、栃木県は緩衝地帯となっており、住民の大半はすでに退去。国防隊は白河要塞を最重要拠点として、BETAの東北侵入を阻止する構えだ」
モニターに映し出された衛星写真にCGが追加される――佐渡島から関東までに赤い帯、そして真っ赤に染まった九州全土。
日本人の生存圏は北海道と東北、そして関西圏と四国のみとなっていた。
関東東北にマップが切り替わり、白河要塞を中心とする防衛線が表示される。
関東陥落以降、日本政府は首都を仙台に移し、東北防衛に専念――散発的な戦闘はあったが戦線は膠着している。
「白河要塞拡張工事のため、周辺BETA群を掃討することになった。その掃討作戦に連動して、関東圏へ進攻して関東各区の実態調査を行う。BETAの分布状況や構成種を調査すると同時に、連中を間引きする想定だ。――大型の威力偵察とでも考えてくれていい」
威力偵察――強行偵察とも言われる軍事行動は積極的戦闘を含む偵察であり、同時に敵方の反応を探るためのものである。
東北の入口である白河の関を超えて関東に進攻――同時の観測装置を設置し、監視衛星では入手困難な情報を収集することが目的と大型モニターに表示された。
「これは来るべき関東奪還作戦の前哨戦となるだろう」
関東奪還――自然と姿勢が正される。
「そこで我々イモータルズは国防隊と共同して白河要塞から進出。道中で部隊を二つに分けてBETA群を掃討しつつ前進。宇都宮市、水戸市まで進出して掃討作戦を実行する」
モニターの地図に矢印が延びる――横浜を中心に関東一円にBETA反応――広大な勢力圏に慄きを隠せず、喉が鳴る。
「その後、可能な限り南下を継続。間引き作戦を実行。東京都へ進出して観測機を設置する。――観測機の寿命は短いと思われるが、いまは何よりも情報が欲しい。作戦として、やや覚束ない所があるが、とにかくBETAの数を減らすことに注力して欲しい」
過剰な損失を出したくないが成果は欲しい――そんな底意が読み取れる作戦だった。
神宮司じんぐうじはタブレットを操作して何かに目を通した。
「ところで管理官、順調に訓練をこなしているようだが、記憶の方はどうだ?」
「申し訳ないですが、まだ戻っていません」
もはや考えても仕方がない――散々落ち込んだ後、考え方はそこに行き着いた。
気鬱になっていても状況が変わらないのであれば、できる限りのことをやって、あとは運を天に任せるしかない。
「司令部は現状の貴様に部隊の指揮は無理だと判断している」
さもありなん――同意の証に頷く。
「とはいえ、貴様を遊ばせておく余裕もない。嫌な表現にはなるが戦闘の刺激が記憶回復の手助けになるかもしれない。――よって貴様には前線で戦って貰う」
はい――と頷く。
「そこでだ――当作戦では伊隅いすみを貴様の補佐におく。貴様は伊隅いすみと協力して部隊を差配して欲しい」
神宮司じんぐうじの横にいた女性が一歩前に進んだ。
伊隅いすみみちるだ。タックネームはヴァルキリー1。よろしく頼む。覚えてはいないだろうが、貴様とは共に戦った経験がある。貴様を手助けできるのは光栄だ」
イスミさんか――この人もきちんとした感じの人だ。
「ありがとうございます。――よろしくお願いいたします」
軍事会社だけあってきちんとした印象の人が多いと感じる――きっと千木良世ちぎらせさんとか鎧衣よろいさんは珍しい部類の人間なのだろう。
「そう鯱張るな。――今回の作戦はいまの国防隊に合わせたレベルの作戦だ。できるだけ無理をさせず、部隊の練度を上げるというのが指令書に書かれていない作戦の真意だ」
千木良世ちぎらせが手を挙げて質問する。
「ふむふむ、ならばマズい展開になったら白河要塞に逃げていい……ような気がする?」
「そうなるな」
千木良世ちぎらせの問いに答えた伊隅いすみ神宮司じんぐうじの顔を伺った――神宮司じんぐうじが頷くと伊隅いすみは再び語りだす。
「関東脱出の際、国防隊はイモータルズとの練度の差を嫌というほど悟ったらしい。お陰様で管理官が意識を失っている間は、国防隊との共同演習ばかりだった。――今回はその演習の成果確認ということだな」
国防隊との練度の違い――それは先の戦闘で自分でも感じていた。
「BETAの間引きもしなければならない。座学で学んでいると思うが、奴らの数が一定数まで飽和すれば、習性として奴らは再侵攻を開始する。だから数を間引いて時間を稼ぐ。――現在、九州と関東に挟まれている関西地方の状況は厳しい。四国を経由して資材を輸入しているが限界は近いだろう。早晩、限界がくると推測されている。それを助けるための作戦でもある」
関東からしか圧力を受けない東北はまだマシなのか――BETA群に挟撃される形になった関西地方の現状を想像――暗い気持ちになる。
伊隅いすみが淡々と語る予測は高確率で現実となり得る――間引き作戦に失敗すれば確実に日本は追い詰められるだろう。
「楽な作戦ではないですよね……」
思わず零れた――確かめるように言った。
成果は期待していない、練度向上が目的、観測機を設置するための比較的に楽な作戦――そうではない。
主目的はBETAの数を減らすための間引きであり、作戦の失敗は日本の消滅に直結する――そうなのではないか?
「……いまの貴様がそう思うのは無理もないかもな」
伊隅いすみが答える。
「確かに状況は簡単ではない。間引きに失敗すれば日本が破滅する可能性はある。だが、この程度の状況は何度も経験してきた。焦る必要はない。十分に実行可能な作戦だ」
実行可能――成功の見込みはあると伊隅いすみは断言した。
「作戦開始は10月3日。0600に第一格納庫に集合だ。――出撃前に私物は整理しておけよ」
朝6時に第一格納庫前に集合か――かなり早い――たしか食堂は24時間営業だったなと思い出す。
伊隅いすみが笑みを浮かべている――何故だ?
それに私物の整理とは、どういう意味だろうか――記憶を失う前の自分は読書が趣味だったようで、私室には様々なジャンルの図鑑が並べられていたが、あれを整頓しろとでも言っているのだろうか。
千木良世ちぎらせ――カビる食べ物は処分しておけ。戻ってきた時に、また虫が湧いてたら衛士寮のトイレ掃除10日間だぞ」
「――了解しました! 出撃前にすべて消化しておきます!」
千木良世ちぎらせの私室に入ったことはないが、何となく想像できた――保存食とか作ってるかもしれない。
「{{firstName}}――貴様は、そのなんだ、ちょっとエッチなサイトの閲覧履歴を消しておけ。――万が一の時、ご両親が悲しむからな」
「は、はい! 削除しておきます!」
伊隅いすみ神宮司じんぐうじが吹き出した。
「なんと……管理官はエッチなのだな」
しみじみと千木良世ちぎらせが言った――それを受けて再び伊隅いすみ神宮司じんぐうじが笑う。
とりあえずノリを合わせることには成功したらしい――慌てた振りをすれば、三人の女性が笑ってくれた――それは今の自分にとって、ちょっとした助けにもなる反応だった。
「あ~、ところで管理官、好きなジャンルは何だ?」
「どういう女優が好みだ? 言ってみろ、誰にも言わないから」
歳上のふたりがニヤニヤと笑いながら質問してくる。
「わ、わかりません……!」
「隠すな、隠すな。男らしくないぞ」
「場合によっては、好みのタイプを紹介してやらんでもない。えぇ?」
これは罠だ――一瞬で見破る。
上官による精神的攻撃の一環――理不尽な要求に答えなければならない傭兵の日常的な訓練かと思い至る。
実際、部屋に設置されていたPCのブックマークは整理されておらず、自分が何を好んでいたのかはわからなかった。
世界地図、歴史、料理、書評、映画、スポーツ――ジャンルは多岐に渡っていた。
「とくに好みのタイプなどはありません……」
教えてたまるものか――決意。
「なんだ、手当たり次第か? 怖いな、おまえ」
伊隅いすみは心底楽しそうだ。
「そ、そうではありません……!」
適当に弄られながら別のことに思考を飛ばす――履歴書で確認した両親の名前――当然、記憶にはなかった。
いったいどういう人で、自分とはどういう関係だったのだろう。
自分の息子が民間軍事会社に勤務することを両親はどう思ったのだろうか――。
そして、それ以前に――いま生きているのだろうか?

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