1-2. 現実世界 depth of life(2)

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300人ほどの人間が同時に食事を取れる広さのPXはそれなりに混雑していた――複数の会話が重なり、ガヤガヤとした雑音に統合されている。
千木良世ちぎらせに説明を受けながら行列に並び、ザンギ定食を受け取る――管理官は手堅いなという千木良世ちぎらせの言葉は誂いに近いリズムを持っていた。
空いてる席はないかとトレーを持ったまま、彷徨いているとBDU姿の御剣みつるぎから声を掛けられた――どうやら朱土岐あかときと一緒に食事をしていたらしい。
「久しぶりだな、管理官。怪我の具合はどうだ?」
勧められるままに同じテーブルに着く――ほとんど食事を終えていたらしい朱土岐あかときが茶を啜りながら訝しげな視線を送ってきていた。
「あ……えと、大丈夫です。特に体には何も――」
邪魔をするぞと声を掛けて千木良世ちぎらせ朱土岐あかときの横に座った。
「管理官の回復は早い。目覚めてすぐに林檎を食べた。二ヶ月も寝ていたのにだぞ! お陰で私は長い間、意識を失っていた病人に何を食わせるのだと医師に叱られた!」
そう――見舞い品の果物をもりもり食べる千木良世ちぎらせを見慣れていた看護師たちは、林檎がなくなっているのを見て、また千木良世ちぎらせがすべて食べたと思っていたのだが、実は意識を失っていた患者にも食べさせていたという事実が判明し、ちょっと大変なことになっていた。
ちょっとだけ、お裾分けだと千木良世ちぎらせは言い張ったが、それで許される話ではなかったらしい。
年嵩の女性看護師に責められて涙目になった千木良世ちぎらせは、ある意味で見ものではあったのだが、小さくなっていたはずの自分の胃の柔軟性に驚いた――。
「……ところで管理官、そなたの記憶はまだ戻っておらぬのだな」
言外に込めた記憶は戻っていないという情報を正確に読み取った御剣みつるぎ――若干の慈悲の表情。
「では改めて自己紹介をしよう。――私は御剣みつるぎ冥夜めいやだ。タックネームはソードダンサー。近接格闘戦を得手としている。今後、何かと一緒になると思う。よろしく頼む」
「この前はありがとうございました」
御剣みつるぎ不知火しらぬいが振るった斬撃が眼に残っている――まさに剣舞――たとえ戦場であっても理に適った動きは美しい。
「管理官にかしこまって感謝されると妙な気分になるな。そこまで堅苦しい関係ではなかったぞ、我々は――」
何度か作戦行動を共にしたことがある――確かそう言われていたと思い出す。
「早く記憶が戻るといいな」
医者から脳に損傷はないとのことで、記憶は徐々に戻るだろうと診察されていた――だが、同時に確実に記憶が戻るとは保証できないとも言われていた。
「本当に……記憶が戻れば皆さんに迷惑を掛けなくて済むと思うのですが……」
落ち込んでしまう――思い出してしまう――記憶がないばかりに、自分はあの時――。
「管理官、ザンギが進んでいないようだな。そいつはマヨネーズをかけると絶品だぞ。それともしそいつを喰わないという愚行を犯すなら私に任せて欲しい。お皿を綺麗にするのは得意なのだ」
千木良世ちぎらせさん――小学生のような笑みを浮かべている――給食当番の生徒に大盛りを要求する千木良世ちぎらせを思わず連想――まるで見てきたかのように正確に想像できる。
「自分で食べられます。それにしても……」
横目で御剣みつるぎの横顔を窃視する。
「どうした? 人の顔をジロジロと」
「いえ、御剣みつるぎさんと千木良世ちぎらせさんは本当によく似てるなと……」
雰囲気はまったく違うが、顔のパーツは同じように見える。
「あぁ、よく言われる。一時は言われ過ぎて少々辟易していたくらいだ」
「言われるのだ」
「口に食べ物を入れたまま喋るでない。はしたないぞ」
もしゃもしゃと生姜焼きを嚥下しようとする千木良世ちぎらせを眺めて、御剣みつるぎが軽くため息を吐いた。
「所謂、他人の空似だ。私と彼女に血縁関係はない」
「そうなのだ」
豚肉を飲み込んだ千木良世ちぎらせが相槌を打つ。
「……よく似ているので親戚か何かと思っていました」
「私も最初、姉上と間違えそうになった。だが、話してみれば姉上とはまるで違ったな。――別人だ」
そう言って微笑む御剣みつるぎ
うんうんと自分を納得させるように頷いている。
御剣みつるぎが間違えそうになるのであれば、余人が間違えても仕方がない――そんな気がしていた。
「お姉様がいるんですか?」
御剣みつるぎはこくりと頷いた――それから少しだけ間を置いて言葉を付け足した。
「しばらく会っていないが……元気でいて欲しいものだ」
遠くに住んでいるのだろうか、それとも仕事が忙しくて会えないということなのだろうか――いや、あれだけの犠牲者がでているのだ――場合によっては――。
迂闊に質問していいものかどうかわからない――ただじっと御剣みつるぎ千木良世ちぎらせの顔を交互に見詰めてしまう。
「知ってるか、管理官。世界には三人、自分と同じ顔をしてる人間がいるそうだぞ。だから、もうひとりはいるはずなのだ。三人揃ったら記念撮影だな。私はコスプレというものを一度してみたいと常々思っていたのだ!」
千木良世ちぎらせさんは何を言っているのだろう?
「ふふっ、それは楽しそうだな」
千木良世ちぎらせの言葉に御剣みつるぎが頷く。
ふたりに血縁関係はないと否定されたばかりだが、その光景はどこか微笑ましくて頬がんだ。
「三人並んだら笑ってしまうでしょうね」
「その日が来るのが楽しみだな」
顔を見合わせて微笑む――。
「……おまえ、よく呑気に飯が食えるな?」
箸が止まる――朱土岐あかときだった。
「両脚切断したんだって? 脚より、頭の上を変えて貰った方が良かったんじゃないか? てめぇのせいで人が死んだってわかってんのか?」
冷たい言葉に時間が凍る。
「まぁ、そんなもんか。――管理職から見れば兵隊の死なんて当然だもんな。如何に上手く使い切ったかが大事で、一個人の死に囚われても意味ないしな」
ぞわぞわとした怖気――心臓を掴まれた感覚――思考が止まり、返す言葉も浮かばない。
「――朱土岐あかとき、管理官は記憶を無くしているのだ。無理を申すでない」
「記憶が無くなれば、罪も無くなるのか? 便利な世の中だな、おい」
御剣みつるぎの制止を聞く気はない――朱土岐あかときの眼がそう語っていた。
「そうは言っていない。だがそなたの言い方では伝わるものも伝わらなくなる」
「あぁ、確かに馬鹿には理解できないかもな」
朱土岐あかとき
「いいんだ、御剣みつるぎさん」
これ以上、庇って貰うわけにはいかない。
「横浜では判断ミスをしたと思っています。――たかむらさんの戦死は自分が原因です」
血の匂いと泥に塗れた髪の毛の感触――軽く判断したつもりはない――だが記憶を失って焦っていたのは事実だ。
自分の存在意義を認めて貰わなければならない――どこかでそう思っていたのだと認識している。
それがたかむらさんの降機を認める判断につながってしまった。
朱土岐あかときの視線――憎悪なのか、観察なのか――何かが絡みつく感覚。
「……あたしは甘い奴と馬鹿は嫌いだ。味方を巻き込んで殺すからな」
沈黙の後、朱土岐あかときが吐き捨てた。
それに答える言葉を持っていない――だから沈黙で受け止めるしかなかった。
自分たちのテーブルの緊張感が伝播し、周囲の席の会話が静まる。
「――私は好きだぞ、甘い奴」
千木良世ちぎらせだった。
「チョコも餡子も愛している。羊羹などは最高だ」
そういう話ではない――そうは思うが突っ込む気力は沸かない。
千木良世ちぎらせの発言が冗談なのか真剣なのか判別しにくいのだが、いまは朱土岐あかときの非難を受け止めるべきだ――それに本来ならば自分は罰せられるべき存在だと思う。
朱土岐あかときの気配に圧されながら視線を受け止める。
「何やってるの、御剣みつるぎ
落ち着いた女の声――横目で確認――食事用のトレーを抱えたタンクトップ姿の若い女性――黒髪でスタイルがいい――立ち姿だけで運動能力の高さがわかる。
彩峰あやみね、それに皆もか」
彩峰あやみねと呼ばれた女性へ顔を向けると、その後ろには三人の女性が立っていた――誰だろうか――当然ながら思い出せない。
「あら、管理官もいるのね? 私たちもご一緒していいかしら?」
黒髪の女性の後ろから栗毛でメガネを掛けた女性が顔を出した。
「彼女たちは私の同期だ。――一緒するのは構わないが、管理官の記憶がまだ戻っていない。今一度、自己紹介を頼む」
察した御剣みつるぎがフォローしてくれたことに感謝し、女性たちに向き合う――朱土岐あかときと正対するのを避けたかったのかもしれない。
「よろしく、{{firstName}}管理官。知ってる人と改めて挨拶するのは少し照れるわね」
栗毛で眼鏡の女性――たかむらさんとは違った意味で、この人もクラスの委員長っぽい雰囲気を持っていると思った。
さかき千鶴ちづるよ。御剣みつるぎとは同じ訓練小隊にいたの。タックネームはカメリアクレイン」
「よろしくお願いします」
「よろしく~。ボクは鎧衣よろい美琴みことだよ。レイドバックって呼ばれてるよ~! よろしくね~」
小柄でボーイッシュな女性――男装すれば男女問わず騒がれそうな印象。
「た、珠瀬たませ壬姫みきです。よろしくお願いします。あ、あの、タックネームはシャープシューターです」
こちらも小柄な――仔猫っぽい印象の女の子。
「……彩峰あやみねけい
最初に御剣みつるぎさんに声を掛けた女性がぶっきらぼうに言った。
「挨拶くらいきちんとしなさいよ」
眼鏡の委員長が突っ込んだ。
「よろ」
シュタっと軽く手を上げて適当な挨拶。
「まったく……」
どうやら彩峰あやみねさかきの頭痛の種のようであるらしい。
「そういえば鎧衣よろい、野戦訓練用雑木林のトレイルコースに見慣れぬ罠があったが……」
「あ~、あれね! うん、ボクだよ。サバイバル術の復習をしようと思って仕掛けたんだ」
「そうか……イタリア人とアメリカ人が罠に掛かっていたので、あとで謝っておくがよい」
「えぇ、あんな所を通る人がいたんだ!? ……猪用の罠だったんだけど大丈夫だった?」
「見事に逆さ吊りになっていたぞ。とりあえずリリースしておいたが、あとで謝罪しておくがよい」
「ありがとう~……。近くにプレートも貼っておいたし、人は掛からないと思ってたんだけど……」
鎧衣よろい、敷地内に罠を仕掛けるなら、きちんと申請しなさい」
さかきがため息まじりに言った。
「うーん、申請したら通してくれるのかな?」
やれやれといった様子の鎧衣よろい
「通らなかったぞ。――罠猟免許がないから駄目だと言われた」
千木良世ちぎらせ――口の中に食べ物が入ったまま。
「これ、口の中に食べ物を入れたまま話すでない」
御剣みつるぎが注意する。
「なんだ、千木良世ちぎらせさんも罠やるんだ」
「うむ、食料の確保は大事だからな。――残念だ。罠猟は効率が良いので好きなのだ」
「だよね~。成長期にこれは酷だよね~」
どうやら気が合うらしい。
「それにしてもあれだね~、ふたりが並んでると御剣みつるぎさんと千木良世ちぎらせさんって……」
至極自然に鎧衣よろい御剣みつるぎの横に座りながら言った。
「そうね。前々から思っていたけれど本当によく似てるわね。まるで……」
眼鏡のさかき――しみじみと。
「あの時と同じ」
ぼそりと彩峰あやみね
「ですね……」
珠瀬たませの相槌も同じトーン。
何か重い気配――空気を変えたのは御剣みつるぎさんだった。
「ふふ、先ほど管理官にも言われた。髪の色が違うのだ。見分けはつくであろう」
確かに――納得。
「――ふふふ、ここでマジメガネに教えておこう!」
千木良世ちぎらせが立ち上がった。
「世界には自分と同じ顔をした人間が三人いるのだ! だからあとひとり見つければ我らはコンプリートなのだ!」
得体のしれない自信に満ちあふれている――この娘、やはり少しばかり常識から外れていると思った。
戦場では、その図太さに助けられている感じもあったが、日常生活では少し厄介な人の部類に入るかもしれない。
「凄い話だね~。見つかるように祈ってるよ!」
鎧衣よろいが相槌を打つ――多分、鎧衣よろい千木良世ちぎらせは何も考えないで会話をしてると確信する。
「マジメガネ……」
言葉の意味を噛みしめる彩峰あやみね――底意地の悪そうな笑み。
「あんたね……」
「ふ、ふたりとも、喧嘩しちゃ駄目ですよ~」
彩峰あやみねさかきの間に生まれた緊張を珠瀬たませが解す――そのじゃれ合いで付き合いの長さを感じることができた。
戦友というよりはまるでクラスメイトだな――女性陣の年齢からもそう思う――年齢的には学生でもおかしくないのでは?
「……ところで皆さん、お若いようですがどこで訓練を受けたのですか?」
先ほどの神宮司じんぐうじの講義でハイヴの出現が2001年だと教わった。
本格的な侵攻が開始されたのは2010年以降であり、その頃から学校教育が戦時体制へと変更されたのではないだろうか――そう推測してみた。
「それも覚えてないんだ……」
驚いたような、もしくは哀れに思ったかのような難しい表情をさかきが浮かべていた。
「え……」
気まずい空気――自分が大きなミスをしたと悟る――きっと、忘れてはいけないことを忘れているのだ。
「……いや、気にしないでくれ、管理官。すぐに記憶が戻るであろうと私が話していたのだ。すまない」
「そ、そうね、ごめんなさい。失礼だったわね。――謝ります」
御剣みつるぎさかきが続く。
「でも記憶がないって大変だよね~。ボクは経験ないからわからないけど。テンシャも上手くいったし」
「よ、鎧衣よろいさん……!」
テンシャ――妙に引っ掛かる単語――これもまた記憶にはない。
説明してくれないかと千木良世ちぎらせに視線を送るが、彼女はデザートのプリンを嬉しそうに頬張っている最中だった。
「管理官、落ち込まないでくれ。何か切掛があれば一気に思い出せたりするものだと聞いている。焦っても仕方がない話だ」
御剣みつるぎが場の空気を変えようとし――朱土岐あかときがそれに被せた。
「思い出す? あれから二ヶ月経ってるよな? できるもんかね?」
挑み掛かってくるかのような目つき――飲まれてしまう――返事はできなかった。
「そんなんじゃ消されちゃうんじゃない、おまえ――」
役立たずは去れ――朱土岐あかときの追撃の言葉には、そんな意味が込められている気がした。

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