1-17. 現実世界 この世に生きる者
強化装備姿のままでデウカリオンの廊下を走る。
ブーツがカンカンと床を叩く。
ブラボー・ユニットの援護を受けたアルファ・ユニットは地下茎からの脱出に成功した。
作戦は継続された。
補給を受けたアルファ・ユニットはブラボー・ユニットの搬入した大型自律迎撃装置を『門』前に設置。
筑波ゲートと呼ばれるようになった『門』を一時的に封じることに成功――その後、イモータルズはデウカリオンに帰投した。
それは限界を迎えたアルファ・ユニットの戦術機をブラボー・ユニットがキャリアするというギリギリの帰還だった。
何が起きたのか、何が起きているのか――問わずにはいられなかった。
あの篁唯依は間違いなく篁唯依だった。
作戦中のため詳細な事情を尋ねることは叶わなかったが、会話の端端から彼女が真実の篁唯依であることは確信できた。
だから、話を聞かねばならないと思った。
詳しい人物に詳細を聞かなければならない。
その使命感に駆られ、神宮司まりもの所に飛び込んだ。
「――別に隠しているわけではない」
応対用の椅子に座れと促される。
「本当は貴様の記憶が自然に戻ってくれれば説明が省けて良かったのだが……横浜撤退戦で篁が死んだのは事実だ」
ぴくりと体が反応する――早く結論をと叫びたくなる。
「だが、いま篁は生きている。これも事実だ」
握りしめた拳が小さく音を立てた。
「つまり――簡単にいえば篁は復活した」
眩暈――リノリウムの床が頼りなく思えた。
神宮司さんは何を言っているのだ――死んだ人間が吸血鬼のように再生したとでも――いや、彼女は確かにそう言っている。
「人工生体技術については以前に説明したな?」
頷く――自分の両脚も切断して復元したものと付け替えたと聞いていた。
再生技術の凄さは実感している――だが、しかし――。
「我々は篁の遺伝情報を使用して篁の全身を再生した。篁に新しい肉体を与えた。――そういうことだ」
心臓が締め付けられる。
全身を新規に再生する――そんなことができるのだろうか。
「……とても真実だとは思えません」
「なぜだ? 貴様の両脚だって、以前のものと寸分変わらないだろう?」
「……いくら肉体を再生できても、心は……記憶は無理ですよね?」
しかし、あの篁さんには――。
「篁さんには記憶がありました! 自分のことを認識していました! だから、あれは……」
篁さんが生きていたのは嬉しい――だが、あの日の篁唯依の頭部は完全に潰れていた。
肉体が再生できるとしても、記憶は不可能なはずだ。
たとえ全身を再生したとしても、そこには中身のない篁唯依がいるはずなのだ。
焦れる自分と違って神宮司は落ち着いている――それがかえって癇に障った。
「ひとりの人間を完全に再生するには必要なものがふたつある。――肉体と精神だ」
「……篁さんの全身を再生したというのはギリギリ理解できます。ですが脳は? 脳を再生したとしても……」
人の精神や記憶――それらは再生できないはずだ。
机の上の紅茶――神宮司がティースプーンで砂糖を溶かしていくと甘い香りが周囲に広がった。
「ある研究者が人間の記憶人格データを別の肉体に移す研究をしていた。それは永遠の生命の実現にも通じる人類の夢だった」
永遠の生命――背中に悪寒が走る。
華々しく寒々しい夢――祝福とも冒涜とも解釈できる技術の極み。
「すべての記憶を採取して保存する。その研究には脳の解析が必至であった。そこで研究者は脳内の電気信号――脳構造やシナプスを研究し、ついに完全に解析した。つまり、その時点で彼女は人間の精神、記憶、人格が電気的にどう構成されているかを完璧に把握したというわけだ」
能面のような表情の神宮司――滔々と語り続ける。
「以前にも説明したが、人類は全身の再生が可能になっている。iPS細胞やES細胞、その他の技術を使った再生技術の進化……。心臓や肺、腎臓肝臓、腕、足、脊髄、どのような部位であれ、再生することができる。それがたとえ大脳や小脳、脳幹などであったとしても、な」
嫌な想像が浮かんできた――小さく真っ白で滑らかな――人の脳。
「現実として生産できているんだ。何の情報も書き込まれていない、記憶のない脳がな」
「…………」
「あとは作られたばかりで空っぽの疑似生体脳に記憶情報を焼き付ける……この技術が確立したことで、同じ記憶人格を持つ人間の複製が可能となった」
自分の遺伝子で作られた無垢な脳に自分の記憶を移植する。
肉体も同じ――記憶も同じ。
あ――不意に記憶がつながった。
何カ月前のPX――確か発言したのは鎧衣さんだったと記憶している。
「でも記憶がないって大変だよね~。ボクは経験ないからわからないけど。テンシャも上手くいったし」
テンシャ――記憶の転写。
「……つまり、篁さんは死んでいて、別に作った肉体に事前に採取していた記憶の『情報』を焼き付けた存在で……」
混乱する理性と感情。
「自分の前から消えた篁さんは……いまの篁さんとは別人で……彼女は……」
「別人で同一人物だ」
何かに慣れた、醒めた口調だった。
「これはずっと……繰り返されてきたのですか? 戦って死んで、生き返らせられてまた戦う……」
総毛立つ体――震えが止まらない。
神話、あるいは伝承とされる知識が浮かんでくる。
殺生を繰り返した罪人が落とされる地獄――彼の地で人々は日々殺し合い、再生してはまた殺し合う――その罪が浄化されるまで永遠に殺し合いを続ける。
「貴様の言うとおりだ。イモータルズの衛士は過去に戦い、そして散っていった者たちの残骸だ。戦場で蹂躙され、そのすべてを失ったとしても、肉体を再生し、精神を焼き付けて再び黄泉返る」
あるいは人類に火を与えた結果、神々の怒りを買い、山肌に鎖で縛られたまま、大鷲に内臓を貪り喰われる永遠の罰を受けた罪人。
「データが残っている限り、我々は永遠に戦い続けることができる。それゆえに我々はイモータルズ……不死の軍団と呼ばれている」
地獄だ――彼女たちは無限に続く地獄の中にいる。
「……何なんですか、それは……。不死の軍団……こんなのただの拷問じゃないですか……」
これは人の生き方に対する冒涜だ――人間はTVゲームの操作キャラクターではない。
何度死んでもゲームをクリアするまで戦わされる宿命――反吐が出そうだ。
「……私はそう思わない」
神宮司の言葉に感情が沸騰した。
「道具じゃないんですよ、人は! 死んで死んでまた死んで、ずっと怖い思いをしながら戦って……! それなのに……!」
拷問だと思っていないと神宮司は言った。
それは命懸けで戦う衛士たちを貶める行為だ。
衛士たちの置かれている立場を神宮司には許容して貰いたくなかった。
「私はむしろ感謝している。やり直しの機会があるなど考えたこともなかったからな」
冷水を浴びせられた感覚――神宮司の顔をまざまざと見直す。
「……何だ、気づいてなかったのか? 私も再生者だ」
そんな――。
「私も初めて聞かされた時は驚いた。自分がクローンだと言われても、本人には実感がないからな」
そんなものなのか――神宮司の言葉が思考の外側を滑り落ちていく。
聞きたかったはずなのに考えたくない。
「だが、私は良かったと思った。まだやりたいことがあった。終わりまで見届けたいと思っていたからな……」
視線を伏せた神宮司――そこから漏れ出る感情は慚愧なのか、郷愁なのか――自分には判断できない。
ただ彼女はBETAと戦いをやり直すこと受け入れている。
「だから私にとって再生は拷問ではない。チャンスだと思っている。貴様が戦うだけが人生ではないと考えているのは正しい。私もそう思っている。だが、そういった生き方は――この戦争に勝ってから模索するつもりだ」
果たせなかった願いを今生では叶えてみせる――そうやって神宮司は生きているのだとわかった。
「再生の際、ひとつだけ問題が発生する」
神宮司の顔に翳が差した。
「記憶の保管には特殊な装置が必要になる。そこで保存した所までの記憶しか移植できない。つまり前回の記憶保存地点……最後の出撃前までの記憶しか残っていない。作戦中のことは記録できないため記憶にはない。――だから、あの篁は自分がどう死んだかは記憶していない」
理屈で考えれば当然のことかもしれない。
「説明しないのですか? 自分の死因については……」
「報告書に目を通すことが義務付けられている」
篁さんは管理官の――自分の判断ミスが原因で死んだことを知っている――喉がごくりと鳴った。
「……皆に借りができてしまったと再生した篁は言っていた。貴様を責める言葉はなかった」
言葉をどう返すべきなのかがわからない。
ただ少しだけ――背中の緊張が薄れた気がした。
「本来であれば今回の作戦に篁を出す想定はなかった。だが彼女が希望したのだ。貴様も復帰戦だと知ったからな。自分のせいで責任を感じて無理をして貰っては困るとな」
「そうなんですか……」
篁さんらしい――それほど長く付き合ったわけではないが、その反応はしっくりする。
ひょっとして永遠に続く地獄は自分のイメージでしかないのだろうか。
勝てなかったから勝ちたい――それは至極当然の感性だと思えたのだ。
「イモータルズの衛士たちは全員、再生者なんですね……」
そして自分も――。
「基本的にそうだ。戦闘経験ある者が再生者として使役されている」
そうか――だから年齢のわりに熟練の衛士が多かったのか――不本意ながら納得できた。
だが――何かが引っかかった――。
「……待ってください。それって……え? 彼女たちはどこで戦っていたのですか?」
当たり前の事実ではあるが、何かとてつもなく許しがたいものがそこに横たわっている気がした。
日本の海外派兵は反対されていた――その隙間を突く形で民間軍事会社イモータルズは生まれた。
であれば、若い彼女たちが海外で戦っていたということはないはず――。
しかし、彼女たちには莫大な戦闘の経験があって――結局、その経験はどこで手に入れたのだ?
神宮司の顔が奇妙に歪んだ――笑みを浮かべてため息を吐く。
「記憶喪失というのは厄介だな。どことどこを覚えてるか、こちらからではわからないしな」
「あ、あの……」
笑える話なのだろうか――とてもそうとは思えないが。
「{{firstName}}、覚えているか? ハイヴはどうやって現れたか、私が説明した時があっただろ」
覚えている――千木良世と一緒に受けた講義のことだ。
神宮司の言葉が脳内で再生された。
――ある日、突然その場所にあったはずのものは消え、奴らの拠点が存在していた。
まるで何十年も前から、そこにあったと言わんばかりにな――。
「ある日、突然現れたと……」
神宮司が頷いた。
「そのとおりだ。ハイヴは宇宙から落ちてきたわけでもなく、ある日突然何年も前からそこにあったように出現した。――私たちも同じだ」
「え……」
――思考停止。
「ヒュー・エヴェレット3世の多世界解釈は知っているか?」
SFの用語だろうか――自分用のPCのブックマークは多岐に渡っており、その中にSF用語集があった気がするが、さすがに内容は覚えていない。
「……すみません、よく知らない言葉です」
「そうか……。分岐して並行する世界……という意味だ」
別れて、並んで、進んでいく世界――脳内で簡単な単語に置き換えてみる――それでも理解できているか不安になる。
「エヴェレット解釈では並行世界が無限に広がっており、それらは互いに干渉できないとされている。……だが、我々はそれを超えてきた」
「は……い……?」
「この世界にBETAが出現し、この世界の人類は対抗手段を模索していた」
「…………」
「そこで――人類は並行世界を観測し、すでにBETAと人類が交戦している世界から情報を得ることにした」
それはまるで魔法の使い方を真剣に諭されている気がした。
「つまりは――我々は別の世界でBETAと戦ってきた者をこの世界で再生した者になる」
意味がわからない――神宮司の話す言葉を何度咀嚼しても、理解することはできなかった。
ただ――ひどく空虚なものを感じた。
いつの間にか、神宮司も沈黙していた。
紅茶はすっかり冷めている。
明かされた事実と世界が上手く結びつかない。
まるでマンガのような、あるいはSF映画のような現実。
無限に並ぶ並行世界――自分とは異なる選択肢を選ぶ自分を夢見る。
神宮司が口を開いた。
「付け加えて言っておく。――現状、我々イモータルズの衛士には人権がない」
「は――?」
――どういう意味だ。
「我々は兵器として登録、管理されている。端的に言えば使い捨て可能な備品ということだ。――人間として扱われていない」
神宮司の顔から笑みが消えていた。
その横顔を眺めながら、何をどう考えたらいいのか――必死になって思考を始めた。
「今日はここまでにしよう。――篁と話したいのだろう? そちらで詳しい話を聞いても問題はない」
そう言うと神宮司はくるりと背を向けて、自分のPCを操作し始めた。
気づけばかなりの時間が経過していた。
衛士たちを管理する神宮司は、これから忙しくなるのだろう。
まだまだ聞きたいことはあったが、それも限界だった。
これ以上、頭の中に情報を入れたとしても、何も理解できるはずがない。
そう考えて、席を立った。