1-15. 現実世界 白牙、再び
跳躍ユニットを吹かし、足裏を要撃級の側面に叩き込む。
スパイク付きの前蹴りを喰らった要撃級は、そのまま20m以上スライドして横転――情けなく晒した腹に向けて36mmを撃ち込んだ。
「――次ッ!」
言葉にしたのは自分に発破を掛けるため。
大丈夫だ、私はできる――この数時間だけで、これまでの生涯撃破数を倍以上更新していた。
自分が上手くなっているという高揚感――なにしろ手本はすぐ傍にある。
すでに隊形は崩れ、イモータルズと国防隊は混在していた。
国防隊を護衛するために砲弾を失ったイモータルズの衛士たちは短刀だけで戦っている。
近接格闘戦用の短刀の主目的は、取り付いた戦車級を排除するためのもの――要撃級や突撃級といった大型の相手は不向きだ。
リーチがない分、敵を手元まで引き寄せる必要があり、そうなればひとつのミスで致命傷を負うことになる。
突撃砲の砲撃にも耐える要撃級の前腕の硬度をもって殴れば、戦術機の装甲など容易に破壊できるのだ。
その恐怖を振り払えない国防隊戦術機は突撃砲に頼り、間合いを遠めに設定するしかなかった。
しかし、当然ながらイモータルズの衛士たちは違う。
あらかじめ測ったかのような距離で急停止して要撃級の前腕を回避。
生じた隙に短刀を叩きこむ――体当たりに近いそれは父親が好きだったヤクザ映画の1シーンを思い出させてくれた。
だからなのかもしれない――自分にもできるような気がした。
無茶なのはわかっていたがここは土壇場。
やらねば全滅するしかないのだ。
「スパルタ教育にもほどがあるってぇぇ!」
叫んだ。
過酷とされるレンジャー部隊の訓練だって意図的には殺さない。
しかし、いまはミスすれば死――極限の集中力が要求されている。
刺さった短刀をねじ込んで抜く――赤黒い体液が撃震の装甲の上を流れ落ちていく。
イモータルズの衛士には及ばない――だが国防隊の衛士にはできない。
そんな場所に私はいる。
戦わなければならない。
親を、家族を、友人たちを守るために――。
私の愛した文化を残すために――。
そのために血を流す。
『――出口まで残り300m!!』
パペットマスターの吠え声。
仲間が絶叫で応える――お化け屋敷の出口が近いと知らされた乙女のような反応――抑圧からの解放。
『――緩むな! まだ終わりじゃない!』
ここでミスっては意味がない。
国防隊を生き残らせるために傭兵たちが戦っているのだから――。
光を潜る――網膜投影が調光され視界が戻った。
その先に見えたのは『門』周辺に展開したBETAの群れだった。
終わった――。
地下茎を抜けて地上へ――ここまで来るのに全力を尽くした。
ここまで来ればどうにかなるはずだった。
だが、視界に広がったのは奇怪な化物どもの群れ。
地下茎で始末してきたBETAよりも数が多いように見えた。
その光景に気を飲まれた。
不知火の機体ステータス警告音は続いている。
右主腕で保持している短刀は使えるが、左の短刀は半ばから折れていた。
その他の兵装はない。
千木良世さんが必死になって機体を操縦しているが、それも間もなく限界を迎えるだろう。
「管理官、後続が出てくるぞ! どこへ連れていく! どこへ向かえばいい!!」
残された推進剤でどこまで逃げられるか――BETAどもの追撃を振り切れるのか。
推進剤残量から最大移動距離を割り出す――駄目だ、これでは意味がない。
噴射地表面滑走は使用せず、主脚移動のみに条件を変更――これなら必要なのは電力だけ――表示された数字に息が詰まった。
「管理官、どうした!? 返事をしてくれ! 私は何をすればいい――」
千木良世の言葉に答えようとする。
しかし、推進剤、バッテリー残量のすべてを投入しても移動できるのは20キロ程度だとわかってしまった。
20キロ進んだ地点で機体は動きを止める。
反撃もできない、ただの木偶になる。
おそらく千木良世機以外も似たようなものだろう――他機体の調査のためにデータリンクを立ちあげるが、そこから先の行動はできなかった。
「――管理官、もう諦めたのか!? それでいいのか!?」
胸に刺さる痛み――山吹色のイメージ――瓦礫の上の血に染まった黒髪。
あの人を死なせた自分に諦める権利があるのか――否だ。
「群の薄い地点を抜きます。あとは味方と合流できれば――生還できます!」
先行していたとはいえ、地下茎に潜っていた時間はそれなりにあった。
敵群を追っていた国防隊やブラボー・ユニットが、ここに現れるかもしれない。
そう考えることにした。
絶望を味わうのは逃げきれなくなってからでいい。
『――ヴァルキリー1だ。出口まで1500! そっちはどうなっている、パペットマスター!!』
「『門』周辺にて戦闘中!」
『――数は!?』
「……連隊規模と思われます!! 現在、脱出路を検討中!」
どうしたらいい――BETA群はどう動く。
読め――自分が読みを外したら、後ろの仲間も全滅だ。
「……見せ場だな、管理官?」
能力を十全に発揮してくれ――言外に込められた千木良世からのエール。
「ええ、正念場ですね」
主役は自分だ――覚悟を決める。
『――土壇場だろ、こいつは』
最後の瞬間じゃねぇのか――朱土岐が腐す。
「だからこそ、切り抜ければ英雄ですよ」
『――どうだか。あんな下手くそどもと、あたしらの命を交換するとはね……』
言って欲しくはなかったが理解はできた。
それでも戦うべきだ――言い返されるだろうな――その思いが返事を一拍遅らせた。
『――馬鹿者、諦めるとは何事だ!』
無線越しに女の声が鼓膜を貫いた。
『――情けないぞ、管理官』
伊隅ではない、神宮司でもない。
『――このような窮地、過去にいくらでも経験したはずだ! ならば折れるな! 打ち返してみせよ!』
つながった通信ウィンドウに瞳を奪われた。
長い黒髪、白い飾紐――そして山吹色の強化装備。
『――ブラボー・ユニット見参ッ!! 全機、近接格闘戦用意……!!』
否定と歓喜――強い感情の波が理性の壁を越えていく。
山吹色の戦術機――そしてそれに続く白い戦術機たち――いずれの機体も臨戦態勢にある。
『――吶喊ッ!!』
その声で確信した。
あれは彼女だ。
乱れた感情が驚喜に上塗りされていく。
よくわからない音が喉から出ていく。
篁唯依は生きていた。
山吹色の武御雷は再び戦場に舞い戻った。