1-10. 現実世界 黄泉路

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「暗いですね。それに静かだ……」
音響システムが管制ユニット内に戦術機の足音を響かせる。
壁面に反響したそれは深淵に潜む怪物の呼び声のようにも聞こえた。
前席の千木良世ちぎらせに声を掛けたのは不安からだった。
今作戦でのアルファユニットは伊隅いすみ千木良世ちぎらせ朱土岐あかとき御剣みつるぎ彩峰あやみねさかき鎧衣よろい珠瀬たませの8機。
このうち千木良世ちぎらせ機には自分が同乗している。
そして国防隊からの観戦武官として東雲しののめ機。
合計9機――けして充分な戦力とは言えない。
深度計は地下150mを示している。
地下茎スタブ内ではレーダーが充分に機能しない。
それでもカメラを望遠にすれば、斥候として先行している御剣みつるぎさんと彩峰あやみねさんの機体が見えるかもしれない。
本来であれば有線ドローンを飛ばしたい場面ではあったが、地上での掃討戦が主目的であったため、装備していなかった。
地下茎スタブ侵入後、BETAとの接触はなかった。
定期的に中継機を設置して地上との回線を確保しつつ前進を続ける。
地下茎スタブの壁面からは薄青とも淡緑とも言える弱い発光――夜光虫を思い出す。
夜の海――海面に漂う弱い光。
その光景は自分の目で見たものなのか、それとも何らかの画像データで見かけたものなのか――いまの自分にはわからない。
「私は好きだな。なかなか綺麗だと思う。クリスマスのイルミネーションほどではないが、猛虎屋の看板よりはセンスがいい」
プラネタリウムみたいだし――千木良世ちぎらせはそう続けた。
『――おまえ、心底アホだな』
通信ウィンドウの朱土岐あかときが噛み付いてくる。
「アホって言う方がアホなんだぞ。つまりスノウホワイトはアホ」
『――アホに言われたくねーなー。だいたい敵の巣のどこが綺麗だ? 少しは警戒しろ、バカたれが』
「バカって言う方がバカなんだぞ。つまりスノウホワイトはバカ」
『――なんだと、このボキャ貧アーパー女が!』
これ以上、小学生レベルの口喧嘩が拡大するとヴァルキリー1に怒られるかも――そう思った。
「あの! スノウホワイトは地下茎スタブ突入の経験があるんですか?」
『――あたし? ねーけど?』
「私もないぞ、管理官」
「そうなんですか……。ふたりとも余裕があるので経験があるのかと思いました」
誤魔化されろという気持ちと皮肉――このまま違う話題へ引っ張らねば。
「記憶のあやふやな自分が言うのも何ですが……この地下茎スタブ、シミュレーターとだいぶ違う感じのような気が……」
視線を坑道の先にやる――戦術機の投光器の照明が伸びていく。
「もっと曲がりくねっているものだと……」
ただひたすらに直線――カメラを最大望遠にするが、それでも地下茎スタブは続いていた。
『――確かに……。演習プログラムとは違うな』
嫌な感じだな――ぼそりと朱土岐あかとき
地下茎スタブは蟻の巣のようになっている――知識としてそうインプットされているし、シミュレーターでもそうなっていた。
だが、この地下茎スタブは明らかに違う。
天井までの高さは約100m――それを維持したまま延々と続いている。
「本当に横浜まで続いているような雰囲気だな、管理官」
地下茎スタブに侵入して20km以上進んでいる。
まさか横浜までとは思わないでもないが、長く暗い直線が不安を煽った。
「道に迷わなくていいな! 私はうねうねした道を覚えるのが得手ではないのだ!」
機嫌が良いのだろう――千木良世ちぎらせの声には笑みが混じっている。
『――おまえは人の顔を覚えるのも苦手じゃんか。つーか記憶能力あんのか、バカがよぉ』
朱土岐あかときの嘲り――なんでこのふたりが最小戦闘単位を組まされてるのだろう――千木良世ちぎらせ朱土岐あかときの相性の悪さに辟易。
「ふたりとも、落ち着いてくださいね。そろそろ怒られますよ」
無線接続を報せる電子音――ヴァルキリー1/伊隅いすみみちるの通信ウィンドウが立ち上がる。
『――地下茎スタブがこれほどの直線であった記録はない』
そうなのか――抱いた違和感は正解だったらしい。
『――方角から考えれば横浜ハイヴから東北へ向かってまっすぐに掘り進められたと思われる。それにBETAがいない。この地下茎スタブは我々が知っているものとは明らかに違う。これだけでも潜った甲斐がある』
確かにそうだ――納得する。
電子音――通信ウィンドウに見慣れない顔。
『――あ、あの……! すみません、イモータルズの皆さんも地下茎スタブへの突入経験はないのですか?』
朱土岐あかときが無言で通信ウィンドウを落とす。
国防0902/東雲しののめ祉乃しのとの通信は機密情報の取扱からヴァルキリー1とパペットマスターのみに制限されている。
残されたのはヴァルキリー1と自分――自分が質問に答えていいものだろうかと考える。
『――はい、突入経験はありません。突入部隊の記録を元に作られた演習プログラムの経験だけです』
伊隅いすみが答えた。
『――そう……なんですか……』
東雲しののめの顔が曇った。
『――ですが地下茎スタブ突入演習は300時間以上経験しています』
東雲しののめの顔は引きつったままだった。
『――そ、そうなんですか……。凄い……ですね……』
無理もない――ただでさえ操縦技術が劣るのに搭乗しているのは撃震げきしんだ。
イモータルズの搭乗する第三世代戦術機と比べれば雲泥の差がある。
地下茎スタブ内で戦闘になった場合はイモータルズが対応し、東雲しののめは観戦武官として戦闘を記録する。
そう取り決められているが、頼るべき傭兵たちも地下茎スタブ内での実戦経験はないときたのだ。
『――大丈夫ですよ。実戦で地下茎スタブに突入したことはありませんが、我々には充分な戦闘経験がありますので』
ヴァルキリー1は微笑んだ。
その姿に指揮官としての格の違いを感じる。
記憶喪失前までは良い指揮官だったと言われてはいるが、当然ながら自覚はない。
それよりもヴァルキリー1の精神的余裕に圧倒される。
自分の補佐をさせると神宮司じんぐうじは言っていたが、実際には役立たずの自分の代わりとして部隊に付けられているのだろう。
『――あ……いえ、そこは皆さんを信じてるといいますか……その……』
歯切れの悪い返答だった。
『――あの……皆さん、誰も地下茎スタブに入ったことがないというのであれば、シミュレーション用の地下茎スタブデータはどこで入手したのでしょうか……?』
言われてみればそうだな――イモータルズの衛士でも地下茎スタブに入ったことがないのであれば、誰がデータを収集したのだろう。
これも記憶喪失の弊害かと少し落ち込む。
『――機密情報です。お知らせできません』
冷たい声にはっとした――通信ウィンドウに映る伊隅いすみの顔を思わず二度見する。
こんなに怖い顔をする人だったのか――人形のような冷たい表情にぞっとする。
『――そ、そうですか、わかりました。控えます……』
東雲しののめも動揺しているようだった。
どうしよう――こんな時、自分は何をするべきなのか。
場の空気は冷たい。
伊隅いすみも言葉を続けず、東雲しののめとの心理的距離が開いてしまったように思えた。
「申し訳ない、会社から話すなと言われたことは話せないんです……! と、というか自分も知らないんです! 負傷してしまって記憶に欠落があるので!」
笑っちゃいますよね――乾いた笑いで取り繕う。
困ったかのような東雲しののめ
伊隅いすみは何も言わない。
やばい――足元が崩れていく感覚。
「それにしても管理官は空気を読むのが下手だな。見てみろ、みんな凍ってるじゃないか」
「あなたに言われたくないよ!」
反射的に怒声。
だが――通信ウィンドウに映るふたりの表情が和らいだ。
バラエティ番組かのような掛け合いと解釈されたのだろう――怪我の功名。
『――あのパペットマスターさん……。横浜で一緒に戦った方ですよね? セントリーガン設置の時の――』
横浜――東雲しののめさんはあの時の部隊の人かと認識する。
『――あの時の皆さんには感謝しています。おかげで生き残ることができました』
「……こちらこそ、ありがとうございました」
こういう再会もあるのか――よくわからない感慨。
『――あの……あの時、戦車タンク級に取り付かれた自分を助けてくれた黄色の戦術機の方は? ぜひ、お礼を……』
どきりと心臓が跳ねた。
心中に蘇る山吹色の武御雷たけみかづち――たかむら唯依ゆい――ホワイトファングと呼ばれる少女。
自分の判断ミスで死地に送り出してしまった事実。
『――あの……?』
伊隅いすみは何も言わない――話せとも話すなとも。
千木良世ちぎらせが振り返った。
声が詰まる。
真実を吐露したくなる。
彼女は戦死しました――自分の判断ミスが原因です。
意識して呼吸する。
弱い自分を慰めて貰うための告白――それはもう許されない。
矮小な自尊心を守るために勇気を振り絞った。
「……いえ、今回は作戦に参加していません」
それが精一杯だった。
『――そうでしたか……。残念です。それではよろしくお伝えください。国防隊の東雲しののめがあの時のことを感謝していた、と』
「伝えておきます」
どうやって死人に伝えればいい――胸を灼く思いを噛みしめる。
己の罪は己が背負う。
真実を話すことで楽になってはいけない。
『――中継機の設置が終わった。移動する』
東雲しののめはヴァルキリー1の報告に頷いて、通信ウィンドウを落とした。
『――知り合いだったのか?』
ヴァルキリー1が問いかけてきた。
「横浜の撤退戦で一緒に……」
『――では0902を助けたというのは……』
「はい……。ホワイトファング……たかむらさんです……」
『――そうか……。たかむらのことは知っている。常に正しい道を行こうとする娘だな』
「……そうですね」
あるいは、その正しさゆえに彼女は――。
『――いずれにせよ、外に知人を作ることはいいことだ。その縁は大切にした方がいい。自分の手の届かない所で助けてくれる』
ヴァルキリー1が主脚移動を再開する。
進行方向に視線をやる。
暗闇――淡い光は頼りなく、先行きはまだ見えなかった。

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