0-9. 現実世界 悪夢に支えられて
迎撃を味方に任せ、篁 唯依は飛び降りるように機体から離れた。
目星を付けた建物に駆け寄り、拳銃を構えたまま周囲の様子を観察する。
斜めになった天井が掘り返された地面に突き刺さっている――完全に倒壊しているが穴は空いていない。
その家に注目したのは倒れた鉄塔を発見したからだった。
篁 唯依は身を屈めて斜めになった天井の下へと侵入――拳銃に装着したライトで前方を探る。
握った拳銃の感触と暗闇が記憶を惹起する――帝都の京都駅――BETAがいるかもしれない駅構内をひとりで歩いた夜。
あの夜に失った親友たち――彼女たちの死に様の記憶は未だに処理できたとはいえない。
自分の名を呼んだ絶叫――あの声が悪夢として何度蘇ったことか。
頭を軽く振って思念を切り替える――過去に因われてはならない――あの夜を繰り返してはならない。
息を細く吐き出しながらライトを奥へと向ける。
生活できるだけのスペースがある――ここならば、少なくとも雨露は凌げると判断。
ライトが濃い緑色の壁を浮かび上がらせる――いや、壁ではない――布状――瞬間的にテントだと判断する。
斜めに倒壊した天井の下にテントを張って暮らしていたのだ。
ひどく危険な行為だが間違いない、要救助者はここで生活していた――高揚感。
「誰かいないのか!? 助けにきた、返事をしてくれ……!」
沈黙――返事を待つが反応はない。
「声を出せないなら、何か音を出してくれ……!」
再びの沈黙――更に奥に進むべきだと決意。
『――見つかるかよ……』
無線から朱土岐の声――微かな苛立ちを抑える。
ライトの光の中に埃が舞っている――崩れるかもしれないと反射的に思った。
『――ホワイトファング、掘り返して欲しい場所があれば言ってくれ』
御剣の声――こちらをフォローしてくれている――しかし、御剣さんは本当にあの御方によく似ている。
煌武院 悠陽殿下には影武者がいるという根も葉もない噂話を聞いたことがあった――それ自体はよくある話であり、信じてはいなかった。
だが御剣 冥夜の前に立てば理解できる――本物は見ればわかる――本人は否定しているが関係者に違いないと。いまは確信している。
どのような事情があったかはわからないが、将軍家であれば機密保持のために、そのくらいはするだろうとも思えた。
そこまで思考を進めるのと同時に警報音が飛び込んできた――BETA接近警報。
『――BETA群接近ッ! 構成種――突撃級っ!』
千木良世の声――戦術マップが投影される――遠くない――いや、近い。
『――作戦中止だ! ホワイトファングは機に戻れ! 私が前に出る! スノウホワイト、ドーンパープルは支援を!』
強い焦燥感――あの夜の惨劇がフラッシュバックする。
『――だから言ったんだよ!!』
帰還命令が出た以上、機体に戻るべきだ――山吹色の武御雷は自律機動中――自分が近づけば降機姿勢を取るように設定されている――だが、ここには要救助者がいるはずなのだ。
逡巡しながらテントの入口を捲り上げる――缶詰とペットボトル、寝袋がふたつ――間違いなく、小さな生命がここで生きていた。
どこだ――慌ただしくライトを動かして闇の中を探る。
なぜ、ここにいない――どこかに移動してしまったのか?
跳躍ユニットの回転数が高まる音が聞こえてくる――これでは要救助者が声を発してくれても聞こえない。
突撃砲の砲声――大気が震え、崩れた天井から埃が落ちてくる。
早く探さないと――焦る。
建物の奥に光を向ける――コンクリート片と壊れた家具の重なり――人の姿はどこにも見えない。
時間はない――決断。
壊れた梁の隙間を狙って発砲――家屋内が轟音に満ちる――この轟音に反応がなければ死亡していると判断するしかない。
残響――反応は感じられない。
微弱な地震――BETAとの戦闘が拡大している。
駄目か――諦めかけたその時、部屋の隅で何か小さい物が落ちた気配――振り返ると瓦礫の隙間から小さな白い手。
「――見つけた!」
駆け寄る――崩落したコンクリート片が狭い空洞を作っていて、その中に抱き合うふたりの子どもを発見した。
弱々しい咳込み――それは子どもたちがまだ生きているという証明。
「要救助者2名を目視で確認――コンクリートブロックが空間を……怪我をしているようだ! いまから救出する!」
助けられる――あの夜は繰り返さない。
絶対に繰り返さない。
自分は成長しているはずなのだから――必ず救ってみせる。
網膜に投影された戦術マップに数え切れないほどの赤い光点――その光点が何を意味しているのか、今ではもう間違えようもなかった。
篁さんが建物に侵入して2分――まだ何の報告もなかった。
「群れが合流した! ソードダンサーだけでは抑えられないぞ」
千木良世の声はまだ冷静さを保っている――だが、それもあと数分のはずだ――戦術マップに表示される赤い光点は増加を続けている。
「――ホワイトファング、瓦礫の掘り起こしに戦術機が必要なら言ってください! 聞こえていますか、ホワイトファング!」
何度か繰り返したが返信がない――要救助者発見の報告から篁との連絡がつかなくなっていた。
何が起きているのだろうか――マーカーは動いていない――几帳面な篁さんが報告を怠るとは考え難い。
「まさか二次崩落に巻き込まれたのでは――」
千木良世の予測は間違っていない気がする――300m先でソードダンサーが格闘戦を、50m左ではスノウホワイトが砲撃を行っている――そして迫りくる突撃級の群れ。
それらが生み出した振動が、新たな崩落を招いていてもおかしくはない。
『――南はあたしが処理する! ホワイトファング、速く戻れ!』
朱土岐の報告――彼女の機体はほぼ片腕状態であり、物量を押し留めるのは難しいコンディション――愚痴られても仕方がないと思っていたが、それはなかった。
彼女は土壇場では愚痴を零さなくなる性質だと気づかされた。
ソードダンサー/御剣、スノウホワイト/朱土岐、ドーンパープル/千木良世――三人の衛士はそれぞれの持場で全力を尽くしている。
「ホワイトファング、聞こえますか!? ホワイトファング、返事をしてください!」
いまの自分に出来ることはホワイトファングへの呼びかけだけ――もどかしいが、そうするしかない。
だから必死になって声を張り上げる――だが、その音量を超える声。
「――マズいぞ、管理官!! 兵士級だ! 近くに小型種がいるぞ!!」
千木良世の叫びで記憶が喚起される――兵士級――俗称ヴェナトル――全高は2m強で人の数倍の腕力を持ち、その顎は人骨を簡単に砕く。
そしてBETAの中で最も対人探知能力が高いと考えられている小型種――それが周囲にいるのだ。
降機した篁さんが所有していたのは拳銃1丁のみ――背筋に悪寒が走る――なぜ篁さんと連絡が取れないのか――最悪の答えを連想してしまう。
どうする――自分が戦術機から降りて篁さんを探す――駄目だ、正しい考えとは思えない。
「小型種が確認された! ホワイトファング、警戒せよ!」
無線通信と外部スピーカーを同時に使って呼びかける。
応えてくれ――心の底から願う。
篁さんは軍人として優秀だ――死んでいるはずがない――しかし待つには限界がある。
無線接続音――ホワイトノイズ――それから。
『……囲まれた』
囁くような小声――篁さんだ。
篁唯依が囲まれている――何に?――兵士級以外、有り得ない。
心臓が凍る――篁を示すマーカーは崩壊した建物に進入したまま動いていない。
おそらくそこで要救助者を発見し、救出作業中に小型種に包囲されてしまったのだろう。
突撃砲で周辺の小型種を撃破して――駄目だ、それでは建物が更に崩れてしまう――要救助者共々、篁さんが生き埋めになる。
戦術機の主腕で崩壊している天井を剥がせば――しかし、瓦礫の応力がどう掛かっているか読めていない――万が一でも支えを外してしまっては、更なる崩壊を招いてしまう可能性が高い。
『――なにやってる! 早くホワイトファングを回収しろ!!』
苛立つ朱土岐。
「て、手伝ってください! こっちの機体で天井を剥がします! 小型種が見えたら撃破を……!」
強引だが手段は残されていない――自らの手で要救助者と篁さんを死なせてしまうかもしれないが、やらない選択肢はないと思った。
『――バカ野郎ッ!! この人数で防御陣形やってんだぞ! 陣形が崩れれば全機喰われる!』
朱土岐の言葉は嘘ではない――戦術マップの敵性光点は増え続けている。
どうすればいい――なぜに自分はここまで能力が足りていないのだ。
歯を食い縛る――無線越しに発砲音が飛び込んでくる。
『――寄るなッ、化け物ォ……!!』
ホワイトファング/篁の叫び――思考が停止する。
拳銃の発砲音が続く――ガリリっと無線が嫌な音を立てて切断。
「天井を剥がすぞ!」
千木良世――切羽詰まった声。
突撃砲の斉射を停止――背部兵装担架に突撃砲を格納。
開放された主腕を崩壊した建物の下部に差し込み、一気に持ち上げる。
庭に落ちている石をめくってみたら小虫が群れていた――なぜかそんな記憶が残っている――そして――。
兵士級の乳白色が視界に飛び込んでくる――コンクリートに近い色――そして点在する乳白色の群れの中央に鮮やかな赤――小さな山吹色の欠片。
破壊された強化装備――見間違えるはずはなかった――あれは篁さんの欠片だ。