0-8. 現実世界 拘り

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間に合うのだろうか――複座式管制ユニットの後席に座り、戦術マップを呼び出す。
表示されたパネルには赤い光点が散在し、四方八方にBETAがいると報せていた。
町田市まで約20キロ――道中でBETA群と二度戦闘になり、アルファ・ユニットはこれを突破した。
BETA群を迂回する案も検討されたが、追跡される可能性が高く、救助活動中に追いつかれるよりはマシだと戦闘を行った。
だが、戦闘によって時間を消費してしまったのも事実――作戦は当初想定より30分以上遅延してしまっていた。
『――間もなく指定された住所だ』
通信ウィンドウにソードダンサー/御剣みつるぎ
視界に入るのは廃墟の群れ――旭町は町田駅から、2キロほど離れた住宅街だが、ほとんどの建物が倒壊していた。
目印と考えられるランドマークは何一つとして存在していない。
散発的に火災も発生しており、黒い煙が幾条も登っている。
噴射地表面滑走を止め、アルファ・ユニットの戦術機たちが着地――指定座標に到達を告げる電子音。
折れた鉄塔でも見つからないかと周囲を見渡してみる――無線通信用の鉄塔を自宅敷地に建てる者もいるとたかむらから聞かされていた。
『――この中からガキふたりを探せって? 一週間あったって見つからねぇって!』
『――外部スピーカーを使って呼びかける。そうすれば向こうから出てきてくれる可能性はある』
朱土岐あかときの毒をたかむらが消そうとする。
『――アホか! 戦術機の機動音が聞こえたら出てくるだろうが! ――まだ生きてるならよ!』
通信ウィンドウの朱土岐あかときの顔が、いつまで時間を浪費するつもりだと言っているようだった。
「スノウホワイトは怒りん坊さんだな……。お腹が減っているのだろうか?」
マイクをオフにした千木良世ちぎらせが話しかけてきた。
「そうですね……。携行食の羊羹、譲ってあげれば良かったですね」
千木良世ちぎらせに適当に返事をすると、そうだなと千木良世ちぎらせは小さく笑った。
スノウホワイト/朱土岐あかときの機体の損傷は激しく、すでに右主腕が使い物にならなくなっていた――突撃砲の残りも1丁――すでに戦力としてカウントしていいのか悩むレベルだ。
口調はきついが、朱土岐あかとき 真白ましろは任務を忠実に果たしている――だから千木良世ちぎらせの感想に賛成はしたが、それ以上話題を広げるつもりにはなれなかった。
「せめて場所が限定できるのであれば掘り返すことも可能なのだが……」
この瓦礫の山を掘り返して幼い兄弟を探す――千木良世ちぎらせの愚痴が染みる。
『――待ってくれ! いまセンサーに反応が……!』
たかむらだった――彼女の機体は降着姿勢を取っており、音紋観測用のソナーを地面に突き立てていた。
『――全機静音モード! 音を立てるな、振動もだ』
御剣みつるぎが指示を出すとすべての機体が動きを止めた。
振動、音響、熱感知――あらゆる機能を使って、要救助者の捜索を継続する。
「……微弱すぎる」
千木良世ちぎらせのヘッドセットから雑音が漏れ出している――外部集音マイクを全開にしている。
火災と崩落のせいで捜索難度が上がっているのだと認識――このままでは埒が明かないかもしれない。
『――ホワイトファングよりソードダンサー、降機許可を求む。――降りて直に探す』
降機許可――心臓がドクンと跳ねた。
ふざけるな、てめぇ――再び朱土岐あかときの罵声が飛んだ。
『――周りにBETA群が展開してるってわかってんだろ!? 小型種1匹でも見落としてたら、てめぇも死ぬぞ!』
実際、半径5キロ圏内に少なくとも4つの群れが展開していた。
最も近い集団は3キロ先――狙撃しようと思えば狙える距離にある。
余計な砲火で呼び寄せるつもりはないが、すでに敵群にはこちらを察知されている可能性もある。
『――いまのところ小型種の反応はない。群れが接近してくるようなら機体に戻る』
答えながらも拳銃の用意を始めているたかむら――降機する意思は強い。
『――管理官、どうする?』
不意にソードダンサー/御剣みつるぎから話しかけられた。
頭の中が白くなった――なぜ自分に尋ねる――自分は記憶を失っている――判断力はない――なのに何故?
『――言っておくが私は賛成だ。だが管理官の判断を聞きたい』
再び心臓が大きく音を立てる――同時に千木良世ちぎらせが自分を観察している気配を感じる。
「あの……自分は記憶を失っていて……」
通信ウィンドウに表示された御剣みつるぎの瞳が怖い――心の中を覗き込まれる圧迫感――言い訳は許さない、言い逃れも許さない――御剣みつるぎ 冥夜めいやは人の芯を捉えようとする。
『――管理官の状況は理解している。――だがホワイトファングと私は同じような教育を受けているのだ。つまり、私たちふたりの間では滅多に齟齬が生まれない』
「……そ、それなら、それで……」
人として強いふたりの意思が合うのであれば、それを正解にしていいような気がする。
『――我々の受けた教育は特殊なのだ。周囲から見れば奇矯ともいえる教育を受けて育った。だから、この世界にいる限り、この世界の意見は聞いておきたいのだ。――実際、スノウホワイトと我々の見解が一致しないのは目撃しているだろう?』
特殊な教育――わからないでもない。
彼女たちは――ホワイトファングとソードダンサーは覚悟が決まり過ぎている。
信念に寄って生きよと骨髄まで染み込まされたような異様――その気配はずっと感じていた。
「だから第三者の意見が欲しいのですね……」
記憶がないからこそ、どう判断するのかを参考にしたいということなのだろう――御剣みつるぎさんの真意は理解できた。
どうすべきだろうか――かつての自分ならどう判断しただろうか。
「それは……」
千木良世ちぎらせの気配を強く感じる――千木良世ちぎらせだけではない―――アルファ・ユニットの皆が虚飾の剥がされた管理官はどんな人間なのかと観察しているのだ。
考えろ――こめかみがずきりと痛む。
感性に頼りすぎるな、知識に頼りすぎるな――いま自分に与えられている情報を整理し、リスクとリターンを秤に載せろ。
その上で自分が何をしたいのか――己の信念に基づいて決断しろ。
御剣みつるぎ――真剣を持って打ち込んでくるかの表情。
たかむら――サバイバルツールの準備を続けている。
朱土岐あかとき――睨め上げるような腐った眼。
千木良世ちぎらせ――少し楽しげな気配を漂わせている――腹が立った。
「きょ、許可します。ただし時間は5分だけです」
回答に十秒は掛からなかったと思う。
『――ソードダンサー、降機許可だ。スノウホワイト、ドーンパープルは周辺警戒、小型種の接近は特に注意してくれ』

するすると機体を降りたたかむらが拳銃を構えて捜索を始める。
コンクリートブロックの欠片、折れた柱と崩落した天井――人が挟まれている可能性は十分にある。
要救助者が声を出すことができないことも考えられる――本来であれば人数を掛けて捜索したいが現状では難しかった。
たかむら機は自律制御状態とし、御剣みつるぎ機の支配下に置かれた――自律制御とは事前にプログラムされた動作を戦術機にさせる、所謂オートパイロットだ――複雑な機動はできないが万が一、たかむらが戻れなくなったとしても最低限の戦力としては期待できる。
『――見つかるかよ……』
朱土岐あかときの独り言。
目星を付けていたのであろう――たかむらは倒壊した家屋の一軒へと歩を進めている。
戦術機の管制ユニットの高さから見下ろす――要撃グラップラー級の死骸の横を抜けるたかむらの姿は凛々しくあったが、同時に人間の肉体の脆弱さを感じさせた。
「勇敢だな、ホワイトファングは……」
千木良世ちぎらせの独り言に同意する――たかむら 唯依ゆいから透徹された気高さ。
おそらくは自分より年下であろう彼女を尊敬――人として憧れてしまう。
『――ホワイトファング、掘り返して欲しい場所があれば言ってくれ』
御剣みつるぎが言い終わると同時に警報音――BETA接近警報。
「BETA群接近ッ! 構成種――突撃デストロイヤー級っ!」
千木良世ちぎらせの声に緊張――最悪の事態だ――脳裏に浮かび上がる映像――障害物を破壊しながら走破してくる突撃デストロイヤー級――最高速度は時速170キロに及ぶ。
『――作戦中止だ! ホワイトファングは機に戻れ! 私が前に出る! スノウホワイト、ドーンパープルは支援を!』
ソードダンサー/御剣みつるぎは支配下に置いていた山吹色の武御雷たけみかづちをリリースして単機で迎撃に向かう。
『――だから言ったんだよ!!』
朱土岐あかときの現実論が正しかった――自分の判断は間違っていた。
落ち込む間もなく、千木良世ちぎらせが機体を操作――戦術ウィンドウに表示された赤い光点の群れ――50体以上はいると認識。
『――尻尾巻いて逃げ出さないとヤバい戦力差だぜ、ソードダンサーさんよ!』
朱土岐あかときの挑発に御剣みつるぎが言葉を返すことはなかった。
御剣みつるぎ不知火しらぬいが抜刀――刀身にはすでにBETAの体液が付着している。
この程度ならば抑えてみせる――御剣みつるぎの駆る不知火しらぬいの背中がそう語っていた。

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