0-6. 現実世界 予兆
「輸送車輌の固定完了――いつでもいけます」
『――周辺に光線級反応なし。0902、飛行を許可する』
避難民の乗船は遅れていた。
BETAの小集団によって港湾設備が破壊されたため、避難民を運ぶ避難船は港から300m離れた沖合にあった。
そこで国防隊は輸送トラックを戦術機の主腕でホールドして飛行――避難船の甲板へ直接下ろすという手段を取らざるを得なくなっていた。
「――了解。――東雲、行きます」
跳躍ユニットの出力をゆっくりと上げる――機体の姿勢制御に神経を使う。
主腕に抱えた車輌には定員一杯の避難民が乗っている――落とすわけにはいかない。
戦術機の脚底が地面から離れた――水平を意識して高度50mを維持――時速30キロで洋上の輸送艦へ向かう。
周囲に光線級はいない――司令部からの情報ではそうなっている。
だが見落とした光線級が1体でもいれば、自分は間違いなく撃墜される――そうなれば主腕に抱えた車輌の中にいる避難民も同様に蒸発するのだ。
時間にしてわずか数分で運搬作業は終わる――しかし輸送車輌を抱えたまま、戦術機を揺らさずに飛行することは困難だった。
「できるからって全部私にやらせないでよ……」
神経が摩耗する――確かに小隊の中では自分が一番戦術機の操縦が上手い。
通常なら誇らしい感情を持てるのだが、いまは違う――避難民に怪我をさせないために低速で姿勢を維持したまま飛ばなければならないのだ。
人型という形状から戦術機は航空機より風の影響を受けやすい――バランスを崩せば大変なことになるのは散々言い含められていた。
「あとちょっと……」
警告音が耳に苛つく――まるで誰かに怒られているかのような感覚に陥る。
輸送船の甲板のHマーク――回転翼機着陸可能を示す印の上にゆっくりと着地する。
機体に降機姿勢を取らせつつ車輌を置いた――額に汗が浮かぶ――溜息が出る。
運搬成功――解放感に思わず良しと言葉が零れた。
『――よくやった、東雲。――急いで戻れ。次だ』
「――了解。急ぎます」
苛立ち――命令ばかりしてないで、あんたも運べ――それと、もう少しだけでも運搬成功の余韻を味わいたかった。
避難民が降りて空になった輸送車輌をもう一度ホールドしてゆっくりと離陸。
陸上を行く際は定員オーバーを許されていたが、飛行運搬では許されなかった。
そのため面倒であったが避難民には車輌から降りて貰い、定員だけ乗せて避難船に移送――空の輸送車両を持ち帰り、再度避難民に乗り込んで貰う必要があった。
地図ウィンドウを表示してBETA群の位置を再確認しておく――赤い光点群との距離は遠いとは言えないが、接近されているわけでもない。
「支えて貰ってるわけか……」
こうしている間にもイモータルズは戦っている――遠くで聞こえる砲声を聞きながら、東雲 祉乃はそう思った。
「チーフ、これを――」
差し出されたのは1枚のメモ書き――神宮司まりもは金髪のオペレーターから受け取ったそれに目を通した。
「……間違いないのだな、ピアティフ」
「はい――間違いありません」
その返事に神宮司は親指と人差し指で己の鼻根筋を摘んだ――ゆっくりと息を吐く。
「――念の為、所在の特定は済ませました。それと――国防隊とは情報を共有していません」
ピアティフがメモ書きを差し出した時点で嫌な予感はしていた。
「アマチュア無線か……」
「父親の趣味だそうです。――もっとも両親は亡くなっているようですが……」
「そうか……」
両親が亡くなったのであれば、素直に役場を頼ってくれれば良かったのに――いや、頼って拒絶された可能性もあるか――頭を抱えたくなった。
BETA出現以降、日本は――いや、世界は余裕を失っている。
今回の作戦で日本政府が民間軍事会社イモータルズに出した要求のひとつに民間人の救助がある。
「最悪のタイミングだな……」
受け入れがたい感情が隠しきれない――せめて避難民回収の際に連絡が取れていれば――あそこからなら短時間で救助できたはずなのに。
日本政府が避難民の生存を知った場合、イモータルズに救助を命じるのは明らかだ。
政治家にしても役人にしても「リスクを考慮した上で避難民を見捨てる判断をしました」と国民に向かって言える者などいない――であれば傭兵に救助命令が下されるのは間違えようのない予測だった。
「民間人と傭兵……命が安いのはこちらか……」
どれだけの投資がひとりの軍人を育てるために施されていようが、変えてはいけない事実だ。
自分が浮かべているだろう表情を覗き込んでくるピアティフに若干の苛立ちを覚える――それがただの八つ当たりだとは自覚している。
ピアティフが渡してくれたメモを握り潰せば、取り残された民間人はいなかったことにもできる――その選択肢を用意するために彼女は正式な報告ではなく、メモの差し入れという形を取ったのだ。
「……アルファ・ユニットの状況は?」
「保土ヶ谷公園近辺にて戦闘中――BETA群の引き付けには成功しています」
時間稼ぎで精一杯――BETA群を撃退できるほどの戦力はない。
「ブラボー、チャーリー・ユニットは?」
「ブラボーは小田原市にて戦闘中、チャーリーは品川にて国防隊と共闘していますが、こちらは損耗率が30%を超えています」
国防隊戦術機部隊を救うためにチャーリー・ユニットには無理をさせてしまった――比較的近場に展開させていた部隊との合流は無理だと判断する。
「……避難船の出航までどのくらい掛かる?」
「次でラストの搬送だそうです。難民回収が済み次第、即座に動けるはずです」
時間がない――誰にも見られないように拳を強く握る。
「――国防隊に避難民発見の連絡を。それとアルファ・ユニットとの回線を開け」