0-5. 現実世界 移動、そして
難民移送は困難な作戦となった。
進路を塞ぐ瓦礫を戦術機の主腕でどかし、場合によっては輸送車輌を抱えて瓦礫の上を飛ぶ。
輸送部隊の気配を嗅ぎつけたのだろうか――点在するBETA群は次々と部隊の前に現れ、撃退の必要性から砲弾使用量は想定以上となってしまっていた。
輸送部隊の搬送を国防隊戦術機部隊に任せ、イモータルズは可能な限り戦闘対応をする――対応策はそれしかなかった。
移動開始からすでに70分が経過――避難のための脱出船の待つ港までは約3キロ――ようやくゴールが見えてきた。
アルファ・ユニットに大きな被害はなかったものの、体力気力的な消耗は如実に現れていた。
だが――。
『――脱出船近くに大規模BETA群が4つか……。船に乗り込んでる間に追いつかれるな』
目標地点は本牧ふ頭――現在地は石川町。
そして港南区上永谷、戸塚区戸塚駅周辺、泉区緑園都市、羽沢インターチェンジ周辺に中規模のBETA群が展開していた。
『――突撃級が混じった集団だ。乗船に手間取れば一発アウトだ』
冷たい現実を朱土岐が言葉にする。
『――ソードダンサーよりCP、脱出船への乗船場所を変更できないだろうか?』
『――難しい……というより意味がない。本牧ふ頭が乗船場所に指定されたのは、そこが最適だったからだ。輸送部隊よりBETA群の移動速度が速いという現実から考えれば、作戦変更は考慮に値しない』
神宮司の回答も冷たかった。
『――我々は中区山下町に防衛線を構築。船の離岸まで戦闘を行う。当該地区はいまだ高層建築が残っている。光線照射には対応しやすいはずだ』
山下町が繁華街という記憶は残っていた。
『――では我々は』
「待ってください。そこは乗船ポイントに近すぎです。防衛線を突破された瞬間に作戦が失敗します」
神宮司の命令にソードダンサーが応える前に口を差し込んでいた。
表示されていた4枚の通信ウィンドウ――すべての表情が固まる。
後悔を誤魔化すために捲し立てる――顔が熱くなる。
「我々は川上インターチェンジ付近まで進出、そこで戦闘を行うべきです。西から迫る3つの群れとそこで対峙すべきかと――」
沈黙――やはり出過ぎた発言だっただろうか――記憶を無くしているバカが何を言っているんだと思われているのだろうか――不安。
黙っていれば良かった――後悔。
『……なるほど、貴様の考えは理解できる。――だが羽沢周辺の群れはどうする?」
北東に位置している一群――放置してしまえば間違いなく本牧ふ頭に向かうはず――その時、難民を抱えた国防隊戦術機部隊が戦うことになる。
国防隊がBETA群を抑え込むのは不可能だぞと神宮司の瞳が問いかけてくる。
「……我々は川上インターチェンジで接敵し、そのまま三群と交戦したまま保土ヶ谷公園へ移動――そこで羽沢近辺の群を誘引します」
『――防御陣地を構築せずに機動防御か……』
神宮司の顔――検討している――戦力に不安はあるができなくはない――だが事前に準備が出来る防御陣地作成と異なり、機動防御は衛士たちの技量に大幅に依ることになる。
「こ、この作戦の肝は乗船ポイントを守るということではありません。乗船時間を稼ぐことです……! であれば――」
拠点防衛ではなく時間稼ぎ――時間が来れば戦術機部隊は戦場を離脱すればいい――避難民を手放した後であれば、それは難しくはないと言外に臭わせる。
神宮司が目を閉じた――そして刮目。
『――わかった。管理官の作戦を国防隊に提言する』
民間軍事会社イモータルズは日本国と雇用契約を結んでいる。
だが戦術機部隊の運用に関してはイモータルズに一日の長があり、国防隊はそれを頼りにしている――先ほどの戦闘から、その状況は読める。
『――貴様は記憶を失っても戦術家なのだな』
神宮司が笑った。
「あ、ありがとうございます!」
上官が納得してくれた――それは自分が想像していた以上に嬉しいことだった。
見れば通信ウィンドウに映る御剣、篁も笑みを浮かべていた――朱土岐はウィンドウを落としており、表情の観察はできなかった。
そして前席に座っている千木良世は――多分、喜んでくれているのであろう――長い髪が楽しそうに揺れている。
『――そうと決まれば早めに手を打ちましょう。補給を受けたいのですが、要請は可能でしょうか?』
御剣がそう言うと神宮司は国防隊と交渉すると応えた。
10分後――補給を受けたイモータルズ・アルファ・ユニットは川上インターチェンジへと移動を開始した。
戦闘指揮所の中を赤色灯が薄暗く照らしている――空調の音――電子機器が発する電子音。
壁面一杯の巨大なモニター――複数のオペレーターとそれぞれの手元に電子機器。
神宮司まりもは手元のマウスを操作――戦術マップに表示された光点が移動している――迎撃作戦が始まっている。
電子音と共に戦闘指揮所の電子扉が開き、白衣を着た人物が入室――香月 夕呼博士――民間軍事会社イモータルズ専務取締役。
コツコツとリノリウムの床を叩くヒールの音――明らかに場違いな音――軍艦の中だろうが彼女は何も気にしていないようだった。
「……ったく、戦争中に呼びつけんじゃないわよ、あのクソ老害どもめ」
開口一番に愚痴――辛辣な物言いに苦笑してしまう――どの世界でも彼女は変わらないと神宮司 まりもは思った。
「どう?」
香月の問いかけに神宮司は関東全域マップを開く――大きな視点で考えると激戦区は二箇所――赤城山周辺と横浜周辺になる。
「関東北部に派遣したエコーからインディアの各ユニットは赤城山周辺で戦闘中、損耗率は19%。同地区に派遣された国防隊戦術機部隊の損耗は62%。すでに撤退を始めています」
エコー、フォックストロット、ゴルフ、ホテル、インディアとフォネティックコードが振られている戦術機部隊を示すマーカー――イモータルズは5つの戦術機部隊を北関東の戦場に派遣していた。
「国防隊、壊滅的じゃない。撤退のタイミングもわからないほど馬鹿だったわけね」
香月はひとりで喚いてひとりで納得した。
「向こうで戦況の説明はなかったのですか?」
「何もないわよ。――こっちの戦闘能力がどれだけ残ってるか探ってきてただけ」
木っ端役人が利口ぶってるのよと香月 夕呼は付け加えた。
「いずれにせよ、ようやく関東放棄が決まったわけだし、赤城山周辺からの撤退は急いだ方がいいわね」
「そのとおりですが、いま我々が撤収すると国防隊の損耗が拡大するかと――」
「……ウチが売り込みするためにわざと撤退を早めたと因縁を付けられかねない?」
神宮司はこくりと頷いた。
「そこまで金にガメついって思われてるわけね。――ところで横浜の方は? あのバカの頭は戻った?」
「アルファ・ユニットが民間人を乗せた脱出船の離岸まで防衛戦闘を行っています。それと管理官の記憶はまだ――」
香月 夕呼――苦虫を噛み潰したかの表情。
神宮司 まりも――少し慌て気味にフォローする。
「ですが作戦遂行能力は落ちていないようです。先程も有効な戦術を提示してきました」
「小隊戦術? 記憶ぶっ飛んでて作戦立案ってどういうこと?」
「それは……」
神宮司自体、理解できていない――管理官の記憶が戻っていないのは明らかなのだ。
細い指を己の顎先につけて香月 夕呼がしばし黙考――それから囁くように口を開いた。
「焼付の影響かしら……それとも……。いいわ、そっちは様子見しましょう。経過観察は社に――」
「――了解しました」
神宮司の隣席――銀色の髪をした10代前半の少女が答えた。
「それと赤城に出張った連中の撤退準備は進めて。戦力は再建できるけど便利に使われるのは気に食わない」
「よろしいのですか? 痛くもない腹を探られると思いますが?」
「構わないわ。――難癖を付けられても現実には敵わないから」
日本政府は民間軍事会社を頼らなければ存続できない状況になる――香月 夕呼はそう断言したのだ。
『――ったく! やらされる方の身にもなってみやがれ!』
スノウホワイト/朱土岐の怒声と共に発せられた劣化ウラン弾が要撃級の前腕に弾かれ、至近の建物に弾痕を刻む。
何度目撃しても信じられない――36mm砲弾が命中したら、人体なら一瞬で血と肉の霧になる。
だがそれほどの貫通力を持つ砲弾を要撃級は物ともしない――前腕甲殻に火花――無駄弾だ。
『――任せろ――!!』
突如現れた山吹色の武御雷が防御姿勢の要撃級を長刀刺突――見事な連携。
「ホワイトファングの剣術は凄まじいな」
千木良世の感嘆――完全に同意。
電子音――通信ウィンドウが立ち上がる――ソードダンサー/御剣 冥夜。
『――C群が噛みついた! これでAからCはすべて我らに喰らいついた!』
よし――心の中で拳を握る。
『――まずは片倉町までBETA群を誘引する! それから羽沢を目指す!』
『――了解ッ!』
御剣の声に篁、千木良世が応えた。
いける――確かな手応え。
4つの群れをひとつにまとめてコントロールする計画――だが、そこに朱土岐の怒鳴り声。
『――クソ管理官が考える作戦はいつもこれだ! あたしらを限界まで使い潰そうとしやがって!』
「そ……!」
そんなつもりはない――これが最善のやり方だと思った――このメンバーなら実現可能だと思った――だが、それが間違っている可能性を指摘された。
息が詰まったのは千木良世の操縦のせいではない――そうかもしれないと考えてしまったからだ。
背筋に冷たいものを感じる――記憶もないのに無責任な作戦を提示してしまった――基本的に部下は上官の命令に逆らえない――嫌われて当然だ。
自分がやらかしてしまったこと――己の発言で導いてしまった事態が明確化されて不安になる。
どうしたらいいのだろうか――謝罪の文言が続々と浮かんできた。
『――ふふふ、確かに管理官の作戦は無茶なものが多いな』
御剣の通信ウィンドウ――どこか楽しげな表情。
『――仰るとおりです。ですが無茶ではありますが無理ではない。我らの実力を見極めた非常に厭らしい差配です』
篁の通信ウィンドウ――やれやれという雰囲気――根底に笑み。
「やるではないか、管理官。――文句を言っているのはスノウホワイトだけだ」
複座型の管制ユニット内の前席で千木良世が笑った。
『――スノウホワイトは息をする度に愚痴を零す性格だ。管理官、気にすることはない』
うんうんといった表情の篁。
『――うっせぇよ、ホワイトファング! あたしはあんたと違って鉄面皮のコノエじゃないんだ!』
コノエ――近衛だろうか――たしか貴人の護衛役を示す言葉だったと記憶――現代にそんな組織があるのか?
「ホワイトファングは軍人一家の生まれなのですか?」
思わず口から出ていた。
『――そうなるな。代々我が家は武具拵えを家業にしていた』
武具拵え――武器を作る仕事だろうか――防衛装備庁という組織があったはずだと思い出す――代々、そこに務めた一族だったとでもいうのか?
「後を継ぐために軍人になったのですか?武具拵えは初めて聞いたような気がします」
他の三人同様に篁 唯依も若い女性だ――軍人志望というのは珍しいのではないかと思った。
『――そうだな、それを志していた時もあった……。いや、今でも生業を継いでいないわけではないが……』
語尾を濁した回答は篁さんらしくない――いまの篁さんは現状に対して納得できているのだろうか――それとも何か不満を抱えているのだろうか――そう尋ねてみたくなった。
『――タコ! 記憶ねー奴は何を聞いたって初めてだろうが! 何が武具拵えは初めて聞いたような気がします、だ!』
朱土岐の的確な指摘に頬が熱くなる。
BETAや戦術機に関しては思い出せるが、生活や人間関係は何一つ思い出せない。
篁さんの過去など、知る由もないのだ。
『――さてお喋りはここまでにしよう。難しくなるのはここからだ』
御剣の言葉に全員の表情が引き締まった。
敵群を撃破せずに一箇所にまとめて遅滞戦闘を行う――いつまで継続しなければならないのかは乗船の進行次第。
だが、この人たちならばやってくれる――記憶はないが、そう信じることができた。