0-4. 現実世界 人の群れ

東雲 祉乃

『――持っていける荷物は一人当たりカバンひとつだけです。可能な限り、席を詰めてください』
陸上国防隊の兵士が拡声器で不法居留民に呼び掛けている。
東雲しののめ 祉乃しのは戦術機のカメラを操作し、難民たちの群れを眺めた。
大規模な住宅街の中に設立された学校のグラウンドに国防隊の輸送トラックが並んでいた。
エンジンは掛けたまま――国防隊兵士たちの顔は緊張している。
全部で10輌――自分の記憶が正しければ、あのタイプの車輌が運べる兵士は20名程度だったはずと東雲しののめ 祉乃しのは思った。
グラウンドに集った500人強の不法居留民を一度に運ぶのは難しいかもしれない――その現実に暗澹たる気持ちになる。
「贅沢は考えちゃ駄目だ……」
管制ユニットの中で小声で呟く。
そもそも戦場の奥深くまで兵員輸送トラック部隊が到着しただけでも奇跡なのだ。
BETA群の侵攻により、大半の幹線道路は使用できない。
この戦場をまともに移動できるのは戦術機と軍用の回転翼機ぐらいだ。
その回転翼機にしても高度は取れない――上げたら最期、光線レーザー級に狙撃されて墜落するしかない。
だから、刻々と更新される情報から、使用可能な道を選択し、BETA群の侵攻を回避しながら、ここまで到達した輸送部隊の勇気には称賛しかない。
荷台に押し込まれて抗議する居留民を戦術機のカメラが捉えた――心が痛む。
頼むからいまは我儘を言わないでくれ――操縦桿を握り締める。
狭い車輌に押し込まれることの不満と不安――故郷から連れ出され、すべての財産を失う予感――避難民たちにフォーカスすれば読み取るのは容易だ。
だが――いまという時にその顔はしてはいけないはずだ。
こんなはずじゃなかった――子どもの頃、好きだった特撮番組にこんなシーンはなかった。
ヒーローは市民のために戦い、市民はヒーローを称賛する――自分はそんな番組に憧れていたのだ。
魔法少女ものにまったく興味を示さず、特撮ヒーローにだけ執心することを兄たちからは揶揄われた――それでも好きだった。
だから悪と戦う組織を志願して国防隊に入ったのだ。
それなのに――。
苛立った表情、疲れた顔を不法居留民たちは隠そうとしない――文句を言うつもりはないが、無性に悲しくなる。
兵士といえども自分たちも人間――政府の命令を無視して、危険地帯に居座り続けた人々を救うために命を懸けさせられることを納得するのは難しい。
自分たちにも家族はいる――それなのに――いや、それでも兵士たちは努めて冷静でいる――その姿に胸が痛くなる。
最早一刻の猶予もない――だから不法居留民には文句を言わず、トラックに乗り込んで欲しかった。
連続した砲声――抜けるような破裂音から120mmが使われたと認識。
戦術マップを立ち上げ、BETA群の接近を確認――直線で3キロを切っている。
3キロ先で傭兵部隊が戦っている――彼女たちが支えてくれている間に避難民を移動させないとマズい。
「不死者……」
民間軍事会社イモータルズ――先ほどの戦闘では文字通り、彼女たちによって命を救われた。
戦術機に取り付いた戦車タンク級を一刀で処理する――しかも味方機には損傷を与えずに――自分には到底出来ない芸当――いや、いつか必ず自分も――。
操縦桿を握る手に力が入っていたことに気づく――一度だけ深呼吸をすると不法居留民たちがトラックに乗り込む様を見直した。
苛立ちはまだ消すことができない。
無線接続音――通信ウィンドウが立ち上がる――小隊長だ。
『――あと5分程度で出発できるはずだ。移動の準備を――。東雲しののめ、貴様には先頭を務めて貰う』
「――了解」
自分の言葉に力が籠もっていないことを自覚。
横浜港まで、どれだけの時間が掛かるかは不明――通行可能な道を選定し、BETA群を避けねばならない。
失敗すれば500人が命を落とす――それを自分は防がねばならないのだ。

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不法居留民の回収地点から北に3キロの地点でイモータルズの4機の戦術機は遅滞戦闘を行っていた。
群れを殲滅する戦闘ではない――不法居留民たちが移動できるまで時間を稼ぐための戦いだ。
「それにしても満員御礼状態だったな、管理官」
指定された学校のグラウンドに集まった不法居留民の数は想定以上だった――全員回収できるかはわからなかった。
『――おまえ、アホだろ? 乗車率なんて200%超えてたぞ。あれは何人か捨ててかないと無理だな』
千木良世ちぎらせに突っ込んだのは朱土岐あかときだった。
「アホって言う方がアホなのだぞ」
戦車タンク級の群れを36mm砲弾で洗い流す千木良世ちぎらせ――距離と砲弾さえあれば、この程度の集団は問題なく処理できる。
『――語彙力小学生並みかよ! おまえ!』
「むぅ……」
確かに千木良世ちぎらせに悪口の語彙は少なそうだと思った――口を尖らせているが反撃の言葉が出てこない。
通信ウィンドウにホワイトファング/たかむらが表示された。
『――だが想定外の人数が残っていたのは事実だ……。ガスも電気も使えないはずなのに……』
たかむらの言葉は途中で切られた。
『――捨てられぬ故郷なのであろう。たとえ己の命が失われるとしても、此処にいたいと思えるほど……』
御剣みつるぎの言葉には多くの感情が込められているようだと思えた――ひょっとしたら彼女も故郷を失った経験があるのだろうか。
彼女たちの故郷――そんなことすら思い出せない。
自分には彼女たちに掛けるべき言葉がない――薄っぺらの状態だ。
『――我々の力が足りぬばかりに、このような光景をお見せしてしまい、慙愧の念に堪えません』
え――思考が停止する――たかむらさんの言葉使いに強烈な違和感――まるで貴人に対する言動――御剣みつるぎさんに対して同僚とは思えないレベルの敬意を示していた。
思わずソードダンサー/御剣みつるぎの表情に注目してしまう――彼女はため息を吐いた後、答えた。
『――ホワイトファング、我々は同格だ。過剰な敬語はいらぬ』
『――し、しかし……それは…………』
『……そなたが忠誠を捧げる人物と私が似ているのだったな? ――私はその御方ではないし、顔が似てるというのであればドーンパープルも同じではないか? 自分で言うのも何だが、私とドーンパープルはよく似ているぞ? まるで姉妹かクローンのように』
確かに御剣みつるぎ千木良世ちぎらせはよく似ている――自分も血縁を疑っていたくらいだ。
『――ド、ドーンパープルは違います! まるで似ておられません! あ、あの御方は人前で腹の虫を鳴らすなどしませんから、絶対……!』
「む――」
千木良世ちぎらせの口が尖った。
事実だろうが――朱土岐あかときの毒舌が小さく聞こえてきた。
それにしても忠誠を捧げる人と似ているとは、どういう意味なのか――そもそも、兵士が個人に忠誠を捧げることが、この時代にあるのだろうか。
『――ふふ、しかし私とて腹が減れば、そうなることもある。あまり高く持ち上げられても困る』
『――ですが……。私の勘が、そう告げているのです!』
『――対等に付き合って貰えた方が私は嬉しいのだが……』
『――それは……!』
頑なにたかむらが遜ろうとするのを御剣みつるぎが咎める構図が続いていた。
それほどまでにたかむら唯依ゆいが忠誠を捧げようとする人物とは何者なのだろうか――強烈な疑問。
「あ……そういえば聞いたことがあるぞ。――世の中には三人、似た人がいるらしい」
何かを思いついたかのように突拍子もないことを千木良世ちぎらせが言い出した。
「そして自分そっくりな人と会った者は、近いうちに必ず死んでしまうのだ! ――恐ろしい話だ。私とソードダンサーはすでにリーチがかかっていることになる」
『――それはドッペルゲンガーの話だ! 先ほども言ったがソードダンサーとドーンパープルはまるで違う。――貴様には気品が足りない!』
確かに――納得した。
「気品か……。確かに私には足りていないのかもしれない。……反省するざます」
『――おめーは何を学べば、そこまでアホになれるんだよ!!』
朱土岐あかときが割り込む。
『――すまない、ドーンパープル。そこまで腐す意図はなかった』
たかむらが謝罪――たとえ反りが合わない相手でも、自分に非があれば謝れる性格。
「私もホワイトファングから悪口を言われるとは思わなんだ……」
『――ぐっ……ゆ、許せ……許して欲しい……』
言い過ぎてしまった――ホワイトファング/たかむらの顔には反省の色が見えた。
たかむらさんは対人関係では意外と気にしすぎるタイプなのではないかと推測。
「……ホワイトファング、私は栗羊羹が好きだ。芋羊羹も好きだ」
一体、何なんだ――唐突な千木良世ちぎらせの発言の真意を探る。
「水羊羹も煉羊羹も好きだ。――カロリーだからな! 甘いし!」
『……わかった。帰投したら手配する』
「約束だぞ!」
なるほど――すべて理解した――千木良世ちぎらせさんはたかむらさんの引け目に付け込んでいたわけだ。
満面の笑みを浮かべる千木良世ちぎらせさん――確かに御剣みつるぎさんとは気品が違う――御剣みつるぎさんは羊羹を強請るようなことをしない。
無線接続音――国防09小隊の隊長機からの呼び出し。
『――不法居留民の乗車が間もなく完了する。終わり次第に港へ移動する。こちらと合流して欲しい』
『――了解』
部隊指揮官代理の御剣みつるぎが回答――しかし――。
『――お待ち下さい。この様子ではまだ隠れている不法居留民がいると考えるのが妥当です。避難の呼びかけを延長すべきではないでしょうか?』
通信に割り込んできたのはコマンドポストの神宮司じんぐうじだった。
『――しかし……これ以上、出立が遅れては回収した不法居留民も危ない』
『――仰るとおりです。ですが此処には二度と戻れません。出発を数分遅らせる価値はあると思います』
神宮司じんぐうじの言葉に09小隊小隊長が渋った。
『――現状で積載限界だ。これ以上の難民収容は難しい』
国防隊としてはこれまでに回収した避難民の生還が最優先であり、現状で見つかっていない人を回収する考えはないようだと思えた。
どうすべきなのだろう――記憶があれば自分は何と言うのだろうか?
『――遅らせれば、いま回収してる人たちも死ぬかもしれないっしょ? だったら移動しましょうって! せっかく集めたの失くしたら怒られますって!』
朱土岐あかときだった。
『――貴様に発言を許可した覚えはない、スノウホワイト』
『へーへー、すいませんでした~!』
朱土岐あかときさんは上官に対しても文句を言うんだ――その一貫性にある意味で感心――記憶があっても自分にはできないような気がする。
『……いや、そちらの衛士の言うとおりだ。回収した居留民に死者を出すわけにはいかない』
逃げる理由を再提示してくれたことに感謝するかのような言葉を発したのは09小隊の小隊長だった。
『――現在、グラウンドにいる居留民の乗車完了後、本牧ふ頭へ向けて移動する。――これは決定だ』
そう言って彼は通信を切った――これ以上、議論するつもりはないという意思表示。
神宮司じんぐうじさんは納得したのだろうか――通信ウィンドウに浮かぶ表情を盗み見る――冷静な表情――その奥底に隠した感情を読み取ることはできなかった。
『――本牧ふ頭か……何もなければ30分前後でいけるはずではあるが……』
御剣みつるぎさんの言葉に切れがない――輸送トラック部隊の速度は40キロも出せれば御の字だろう。
瓦礫、それによって通行できない道路――場合によっては点在しているBETAの群れから輸送部隊を守りながら突破しなければならない。
「楽な仕事はないな」
前席の千木良世ちぎらせが零した――どことなく能天気な口調に逆にリラックスできてしまう。
「何とかしましょう。――あの、質問なのですが……監視衛星からデータを引っ張ることは可能ですか?」
「やろうと思えばできるが……どうした管理官、急にやる気に目覚めたのか?」
感心感心――揶揄われているわけではないが、若干の居心地の悪さを覚えた。
「記憶がないのとやることがないのは違いますからね」
操作方法は体が覚えてくれていたようだ――地図ウィンドウを表示――視線入力キーボードを呼び出して情報の整理を始めた。
記憶がないことに甘えていれば怪我人が出る――何故かそんな予感がしていた。

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