0-3. 現実世界 ファースト・ミッション(2)

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怒号と砲声。
崩壊音と悲鳴。
――国防隊の戦闘の様子を捉えたのは90秒前からだった。
無線から聞こえてくる音に集中する。
CPからのデータリンクによって国防隊が異星起源種の浸出孔――通常、それは『ゲート』と呼ばれている――を塞ごうとしていると把握していた。
門の周辺に大型自律迎撃装置を設置し、孔から異星起源種が出てきたのと同時に殲滅させるつもりなのだ。
だが、その設置が遅れた結果、浸出を防ぎながら装置を設置するという曲芸を要求されている模様だ。
『――こちらイモータルズ・アルファ・ユニット。――国防09小隊聞こえるか?』
『――こ、こちら国防09の脇坂だ! 聞こえている! 民間軍事会社のイモータルズだな!?』
ソードダンサー/御剣みつるぎの無線に国防隊が応じた。
『――そうだ。日本政府との契約に従い、貴隊を援護する!』
『――協力に感謝する! 自律迎撃装置を設置したい。当戦闘終了まで小官の指揮下に入ってくれ』
情報ウィンドウが自律起動し、国防隊が設置中の大型自律迎撃装置の情報を表示。
大型自律迎撃装置――Close-in weapon system――近接兵器システム。
センサーで目標を捕捉して自動的に迎撃する兵器――セントリーガンとも呼ばれている。
おそらく給弾システムの一環なのだろう――大型自律迎撃装置には巨大な車輌が接続されていた。
見れば1機の戦術機が大型自律迎撃装置を指定座標に固定しようとしている――それが完了すれば、ひとつの門に対し、3門の大型自律迎撃装置が照準を合わせることになる。
三門それぞれの座標は約40度ほどズレていて、門に対しては半包囲陣を作ろうとしているのだと理解できた。
だが、そうさせまいとしているのだろうか――『ゲート』から噴出したBETAが自律迎撃装置に向かっており、国防隊戦術機部隊は迫りくる敵を迎撃せんとしていた。
国防隊戦術機小隊との無線から安堵の声――頼られているのだ――そしてふと認識する。
民間軍事会社イモータルズ――簡単に言い換えれば傭兵稼業だ――戦争で収益を出す組織。
そしてイモータルズとは不死の存在――傭兵としては勇ましい名前だ。
いや、死体をカウントしないという皮肉なのかもしれない――背筋に悪寒が走ると同時に部隊内通信が立ち上がる。
『――私とホワイトファングで突っ込む! ドーンパープルとスノウホワイトは支援砲撃を!』
ソードダンサー/御剣みつるぎの作戦指示に迷いはない。
『――足手まといの糞防隊の支援かよ……』
『――黙れ、スノウホワイト。戦闘区域までの距離1500。圧されているようだぞ』
朱土岐あかときの混ぜ返しをたかむらが両断――たかむらから御剣みつるぎに対する敬意を感じた。
『――全機、敵味方識別装置を再確認! 戦闘を開始する。――以後、兵器使用自由ッ!』
御剣みつるぎの号令――要撃グラップラー級を中心としたBETA群の最も密集したポイントへイモータルズの小隊が斬り込んでいく。
『――はァァッ……!』
不知火しらぬいの突進力を上乗せした長刀での斬撃――ソードダンサーとコールされるイメージそのままに要撃グラップラー級をスライス――御剣みつるぎの表情に変化はない――彼女にとって当然の結果。
そして山吹色の戦術機――たかむら唯依ゆいの駆る武御雷たけみかづち――袈裟に振り下ろした長刀の先端は音速を超え、破裂音を周囲に放つ――武神の名のとおり、次々と要撃グラップラー級を駆逐していく。
『――見事だな、ホワイトファング!!』
『――貴方こそ、ソードダンサー!!』
凄い――思わず唾を飲み込んだ――これが近接格闘戦だ――その一方で絶望的な悲鳴が無線で飛び込んでくる――国防隊の衛士たちだ。
『――ち、近寄るなぁッ……!』
突撃砲の乱射音――過剰に撃ち込まれる劣化ウラン弾で粉々になる戦車タンク級――明らかにオーバーキル。
国防隊の戦術機は撃震げきしんだと認識――刷り込まれたかのように撃震げきしんの諸元表が脳裏に描かれる。
第一世代戦術機――もっとも初期に開発された戦術機。
機動性は低いが安価――低予算で数を揃えることが可能。
まるで衛士を育てる母親のような機体――だが、基礎設計の古さは誤魔化しようがなく、最前線で使わされる衛士からはハズレ扱いされている機体。
国防隊より民間軍事会社イモータルズの方が装備が良い気がする――小さな疑問――戦闘が終わったら誰かに尋ねようと心にメモする。
『――頼む、自律迎撃装置を守ってくれ!!』
09小隊隊長の悲鳴のような要請。
『――わかっている!』
ソードダンサーの裂帛の気合――長刀一閃――要撃グラップラー級が真っ二つに――その破壊力に再び圧倒される。
しかし、門からの噴出は止まらない――まるで壊れた蛇口のように戦車タンク級、要撃グラップラー級が排出され続けている。
『――ホワイトファング、斬り放題だぞ! スノウホワイト、ドーンパープル、我々に当ててくれるなよ!』
御剣みつるぎの下命に三人が応じて展開――長刀を構えて並ぶホワイトファング――ふたりはまるで闘牛士のようにBETAの群れを捌いてく。
勢いを削がれ、打撃力を失った群れに向けて36mm突撃砲を向けるスノウホワイトとドーンパープル。
手練れだ――その平然とした動きに感服――同時に違和感――彼女たちはいずれも10代半ばに見える――そんな少女たちが熟練の兵士とは何故なのか。
考えてみれば彼女たちは指揮官が記憶を失うという事態にも焦った印象はなかった。
不満の声は上がったが、指揮官の戦死も想定の範囲内という雰囲気で彼女たちは動いていた。
なぜ、そこまで戦場に慣れているのだろうか――違和感。
『――ひ、ひぃぃ……!』
開放したままの無線から国防隊衛士の悲鳴が飛び込んでくる。
違う――国防隊とイモータルズでは明らかにレベルが違う。
『――は、離れろぉぉ……!』
耳を劈く悲鳴――自律迎撃装置を護衛していた撃震げきしん戦車タンク級が取り付いていた。
『――東雲しののめッ、振り払え!! 喰われるぞ!!』
金属が軋む音――撃震げきしんの肩部に貼り付いた戦車タンク級が、その顎で肩装甲を咀嚼している。
悲鳴を発した衛士は東雲しののめというのだろう――これもまた若い女の声だった。
東雲しののめ機は短刀を展開し、戦車タンク級を排除しようとするが上手くいかない――肩部に喰らいついていた戦車タンク級は短刀の攻撃を避けるように撃震げきしんの上を移動――跳躍ジャンプユニットに齧りついていた。
千木良世ちぎらせさん!!」
救わねば――そう思った瞬間に吠えていた。
『――任せろ!』
応えたのはたかむらだった。
加速――抜刀――斬撃――山吹色の閃光。
嘘だろ――眼前で起きた出来事が信じられない。
たかむらの駆る武御雷たけみかづちが振るった斬撃は撃震げきしん跳躍ジャンプユニットを1ミリも傷つけることなく、戦車タンク級だけを両断した。
巧妙無比の一撃――素直に感動――その技術に、破壊力に、鋭さに――破壊行為に美を感じるのはまともではないかもしれない――だが、間違いなく美しいものを見たと脊髄が震えた。
『――生き……てる……』
国防隊の東雲しののめという女性の嘆息――命を拾ったという実感。
『――BETAは任せろ! 貴官は自律迎撃装置の設置を急いでくれ……!』
『――は……はいッ!』
イモータルズの――御剣みつるぎ 冥夜めいやたかむら 唯依ゆい千木良世ちぎらせ 紫宵よい朱土岐あかとき 真白ましろの戦闘能力は群を抜いている。
それと比較してしまえば、国防隊の戦術機操縦技術は稚拙としかいえず、自然と脳内にプロとアマチュアの差という言葉が浮かんでくる。
国家軍を超える傭兵部隊――歪んだ何かが連想されたが、それはあえて飲み込んだ――迂闊に尋ねていいものではない気がしたのだ。
だが、イモータルズがいる限り、自律迎撃装置の設置は必ず成功する――そう確信できていた。

自律迎撃装置の設置が完了したのは約10分後のことだった。
断続的に高速弾が発射される――孔から噴出したBETAは刹那で撃破され、地上に展開できなくなっていた。
自律迎撃装置は人間と違って集中力が切れることはない――弾切れになるまで、この門からの噴出は抑えきるだろう。
『――よくやってくれた。その門からの噴出阻止は成功だ。データリンクで指示されたポイントに移動してくれ。そこで補給が受けられるはずだ』
『――は、ありがとうございます』
国防隊の司令部とコンタクトを取った国防09小隊は作戦の成功を称賛された様子だった――その通信は自分たちも傍聴を許可されていたが、国防隊司令部がイモータルズに触れることはなかった。
国防隊司令部は民間軍事会社の戦術機部隊に直接の命令は出さないのだろうか――指揮系統が思い出せない――これもいずれ誰かに聞く必要がある。
電子音――通信ウィンドウが立ち上がり、妙齢の女性が映し出される――神宮司じんぐうじ まりも――どうやら彼女が直属の上司になるのだなと認識を改める。
『――次の命令だ。横浜市青葉区の不法居留民を港まで搬送する。任務は難民回収作業の支援と護衛だ』
『――不法居留民の人数は?』
質問した御剣みつるぎの声が少し硬い。
『――現時点で300人以上だ』
神宮司じんぐうじの回答に300人と呟いたのはたかむらだった。
続いて朱土岐あかときが多すぎだろと愚痴った。
『――だいたい、疎開命令はとっくにでてたじゃねーの。自分勝手に居残った連中を助ける意味があるとは思えないね』
『――スノウホワイト、貴様に発言の許可は下りていない。部隊長と司令部の通信に割り込むな』
『――あん? 黙って、上の言うままに死ねってか? 冗談じゃねぇよ』
朱土岐あかときの反応は命令不服従になるのではないだろうか――記憶のない管理官として、どう対応すべきなのだろうか考える。
順当に考えるならば、口を挟むべきだろう。
だが何を言えばいい――何も思いつけない。
『――この程度の命令が決死命令だと? 随分と甘い戦場を生きていたようだな』
にやり――通信ウィンドウのたかむらが嘲りに近い表情になった。
『――……なんだと』
たかむら朱土岐あかときの間に緊迫した空気が張り詰めた。
『――ふたりとも止めぬか』
御剣みつるぎだった。
『――失礼しました。続けてください』
通信ウィンドウの神宮司じんぐうじが頷いたように見えた。
『――貴様たちアルファ・ユニットは09小隊に同行。道中のBETA群を殲滅し、救出作戦の円滑化を図る。沿岸部から離れることになる。支援は難しく、避難民の移送は簡単ではないだろうが、諸君なら可能だと考えている』
作戦ウィンドウが展開し、合流場所が表示された。
『――了解』
御剣みつるぎの応答でCPとの通信が終わった。
御剣みつるぎはそのまま09小隊と通信を始めた――作戦のすり合わせをするのだろう――僅かな空白の時間――千木良世ちぎらせにこそりと質問。
管制ユニット内での会話だ――余人に聞かれることはない。
「質問なんですが、たかむらさんと朱土岐あかときさんの仲は悪いのですか?」
「ん? どうした管理官。管理官らしい仕事をしたくなったのか?」
「えぇと……感情的な齟齬があると作戦中に問題が起きるかもしれないな、と……」
これは管理官らしい仕事なのだろうか――居心地が悪い。
「ふむ……。たかむらさんは何事もきちんとしようとする性格だし、朱土岐あかときさんは隙をみつけては不平不満を零す性格だからな。相性は悪いかもしれないな」
見たままではあるが納得はできた。
御剣みつるぎさんは? その……次席として注意などはしないのですか?」
「彼女は何も言わないな。――当人同士で解決しないといけない問題だと考えているのだろう」
「そういうものですか……」
御剣みつるぎの考えもわからないでもない――上から強制して表面上を取り繕っても無意味だ。
本当に和解させるためには、一時的な衝突は避けられないのかもしれない。
だが、それでいいのだろうか――少なくともいまは作戦中であり、仲違いが許される状況ではない。
「……心配か、管理官?」
「えぇ、まぁ……」
「ふふふ、記憶を無くしても性格は変わらないらしいな。心配性だ。――きっとそれが管理官の魂の形なのであろう」
千木良世ちぎらせの指摘に反射的に赤面してしまう。
「どうした? 照れているのか? 良いではないか、悪い人間だと言われたわけでもあるまいし」
自分と千木良世ちぎらせさんはどういう関係だったのだろうか――少なくとも、彼女は元の自分を知っている――自分の知らない自分を知っている。
「あの……記憶をなくす前の自分は……」
どんな人間だったのだろうか――。
『――バカだよ、バカ。ウルトラバカだった。いっつもアホ面晒してぼけっとしてた!』
突然の割り込み――もちろん朱土岐あかとき――同時に個人的な会話を聞かれていたと理解して顔面が熱くなった。
『――性質の悪い冗談を言うでない。――管理官とはあまり交流があったわけではないが、私は穏やかな人物だと思っていた』
冷静な口調――御剣みつるぎ――09小隊との通信は終わっていたらしい。
『――私もソードダンサーに同意だ。素直過ぎるのが少々アレだが管理官に悪い印象はない。むしろ、よく頑張っていたと思うぞ』
いたわり――たかむら――微笑。
「ありがとうございます……」
とりあえず謝意を口にする――御剣みつるぎたかむらからの評価は悪くないような気がした。
「管理官は普通の現代人だったな。――こんな時代では貴重だと思うぞ。ギスギスした人が多いからな、スノウホワイトみたく――」
千木良世ちぎらせの口調は軽い。
『――うるせぇ、喧嘩売ってんのか千木良世ちぎらせちゃんよ?』
「ほら、ギスギスしてるだろ?」
肩越しに振り返った千木良世ちぎらせが微笑んでいた。
『――てめぇ、覚えておけよ! 戻ったらケジメつけてやるからな!』
やれやれ――誂う様な表情を浮かべた千木良世ちぎらせが改めて言葉を続けた。
「記憶を失った管理官がスノウホワイトのようにならなくて良かった」
千木良世ちぎらせの言葉を受け止める――嬉しくもあり気恥ずかしくもあった。
『――ホワイトファングよりドーンパープル』
たかむらから千木良世ちぎらせへの通信――何事かと耳を傾ける。
『――管理官の面倒はしっかりと頼むぞ。記憶がないのは不安だろうし……』
「――了解。私は不安を抱えている人へのお世話は得意なのだ」
苦笑するたかむら――自分も同意だと思った。
『――まったく、貴様という奴は……。ところで管理官、不安があればいつでも連絡をしてくれ。誰かに相談すれば簡単に解決できることはよくある。記憶がないからと引け目を感じるな。こういう時のために仲間がいるのだから』
「……ありがとうございます。頼らせて貰います」
そう言われても、引け目を感じないのは難しいかもしれない――だがたかむらさんの言葉で気持ちが少し楽になったのは事実だ。
『――それでいい。――ドーンパープル、貴様も管理官のフォローを頼むぞ』
「――了解だ。任せろ」
期待してるぞ――苦笑いをしながらたかむらは通信を切った。
「……というわけで管理官は何かあれば私を頼るがいい」
「ええ、遠慮なく――」
この程度の軽口でも気分は明るくなる――こういった戦場ではひどく大切なもののように感じた。
くるるる――前席から腹の虫の音。
「……いかんな、それにしても腹が減った。やはり羊羹を譲らねば良かった……」
「余裕がありますね、千木良世ちぎらせさんは――」
「余裕などない。ただ――人間は腹が減る動物なのだ」
哲学者のような表情で千木良世ちぎらせは言った。

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