0-2. 現実世界 ファースト・ミッション

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千木良世ちぎらせ 紫宵よいと名乗った女性の説明は続いた。
人類に敵対的な異星起源種――BETAの関東侵攻が続いていること。
自分たちはイモータルズと呼ばれる民間軍事会社に所属していること。
以前から住民の疎開は進んでいたが、まだ多数の人々が取り残されていること。
そして自分たちは避難支援のために戦闘していること。
行動を共にしているのは三人――ソードダンサー/御剣みつるぎ 冥夜めいや、ホワイトファング/たかむら 唯依ゆい、スノウホワイト/朱土岐あかとき 真白ましろ
武士然とした雰囲気を持つ御剣みつるぎたかむらが前衛を、白皙の肌を持つ朱土岐あかときと自分の前席の千木良世ちぎらせが後衛を担当していると説明を受けた。
御剣みつるぎ朱土岐あかとき千木良世ちぎらせは戦術機の不知火しらぬいに、たかむらだけは山吹色の武御雷たけみかづちに搭乗していた。
ポジションによる携行装備の違い、各々が得意としている戦技などを聞き取る――千木良世ちぎらせの説明は流暢ではなかったが誠実に思えた。
「ソードダンサーは剣の扱いが上手い――侍のように鋭いが自分のことを話したがらない。きっとシャイな性格なのだろう」
髪を高く結い上げた御剣みつるぎ――他人を拒絶しているわけではないだろうが、簡単には内側に入らせない人特有の気配があった。
「スノウホワイトはよく怒る。多分、お腹が減ってるのだろう」
白雪姫の異名のまま雪のように白い肌――プロの軍人として苛立ちを噛み殺している様子。
「ホワイトファングはいい子だ。多分、学級委員長を押し付けられても平然とこなすタイプだな。それでいて真面目一辺倒ではない」
長い黒髪と飾り紐で束ねられた一房――スノウホワイトに叱責された時、仲介してくれた。
それだけでも面倒見の良い性格だとわかる――三人、いや千木良世ちぎらせを含めて四人の中では一番友人になれそうな気がした。
「……ということだ。納得できたか、管理官?」
正直な感想――自分が民間軍事会社にいる事実には驚いた――だが転がっている異星起源種の残骸を見れば戦時中なのは納得はできる。
たとえ地獄の蓋が外れて亡者どもが地上を暴れていると説明されたとしても、千木良世ちぎらせの言葉は信じたであろう――結局、眼の前の現実以上に説得力のあるものなどないのだから。
「それで――まだ戦術などはほとんど思い出せないのだな?」
「――はい、申し訳ないです。BETAや戦術機に関しては何となくわかるのですが……」
千木良世ちぎらせとの会話の中で、自分が戦術機部隊の指揮官であることは認識させられた。
複座機の後席に座して現場を統轄――だが、その役職を果たすに必要な情報は思い出せてはいない。
「――で、あれば部隊の指揮権は次席の人間に移譲することになるが、構わないな?」
「問題ありません。――現状はただの役立たずですから。あとで思い出せた場合、その時にまた管理官……に戻れれば――」
「わかった。そうして貰おう」
千木良世ちぎらせは納得してくれたようだった。
指揮権移譲の具体的な手続きなどは思い出せないが、その辺りの処理は彼女たちに任せておけば問題はないだろう。
あとは早く記憶が回復することを祈るのみ――そこで肝心なことを思い出した。
「……すみません、ところで自分の名前は何と言うのでしょうか? 思い出せなくて――」
千木良世ちぎらせ 紫宵よいが自分の瞳を覗き込んでくる――何もかも見透かされているような感覚。
「な、何なんでしょう……」
距離の近さが羞恥心に直結し、思わず眼を逸らした。
「いや……管理官の名前は――」
吐息が掛かる。
「……すまん、忘れた」
絶句。
「いや、管理官のコールサインがパペットマスターなのは覚えてるのだが……本名はド忘れした」
あり得ないだろ、マジで言ってるのだろうか――一緒に戦術機に乗ってるというのに――電子音と共に通信ウィンドウが浮かび上がる――スノウホワイト。
『――おう、話しはどうなった? ――全部思い出せてるか、死んでくれれば話が早いんだけどな! どっちにしても説明しなくて済むからよ』
どうにもスノウホワイト/朱土岐あかとき真白ましろには好かれていないらしい――彼女は何かあると混ぜ返してくる――以前に喧嘩でもしてしまったのだろうか。
「とりあえず出血は止まった。意識レベルは問題ないと判断……する?」
『――待て、なぜ疑問形なのだ?』
ソードダンサー――御剣みつるぎ 冥夜めいやが割り込んできた。
「自分の名前も思い出せないようなので……」
『――それでは指揮権の移譲は避けられないか……』
ソードダンサーの言葉に千木良世ちぎらせが目を伏せた瞬間、疑念が浮かび上がってきた。
この人、どさくさに紛れて他の人が名前を言ってくれるのを期待していないか――鎮痛な面持ちを維持する千木良世ちぎらせの顔をまじまじと観察。
『――了解した。では規定に従って指揮権を移譲して貰おう。――ではソードダンサー。次席は貴方だ。部隊指揮を頼みます』
ホワイトファング――たかむら 唯依ゆいが宣言した。
『――異議なーし! 前後不覚になった奴に命令されるよかマシだし』
朱土岐あかときの嫌味混じりの賛成意見。
『――わかった。では以降、私が小隊を指揮する』
そう答えたソードダンサーは、上に報告せねばなるまいと呟いた。

3分後――中空に浮いたウィンドウには関東一円の戦域図が表示されている。
『――先程、赤城山周辺に重光線レーザー級集団が展開したことが確認された』
戦域ウィンドウに付属するように浮かぶ通信ウィンドウには神宮司じんぐうじ まりもという妙齢の女性――コマンドポストオフィサー――司令部の人らしい。
『――これにより関東圏の大半が重光線レーザー照射の範囲内となった』
西東京は完全に光線レーザー照射の射程圏に埋没――マジかよ、クソが――誰かの呟き――口の悪さから朱土岐あかとき 真白ましろだと推測。
千木良世ちぎらせ御剣みつるぎたかむらの三人は押し黙っている――愚痴を零す気持ちも沈黙する意思も自分には理解できた。
ウィンドウの情報が更新され、二本脚の異形が表示された。
光線レーザー級――俗称 マグヌスルクス――大型の異星起源種――どこかで何かがカチリと嵌まる感覚。
まるで巨大な眼球から、そのまま脚が生えたようなフォルム。
20mを超える巨体から発する生体光線の射程は1000キロ以上と推測されており、高度500mで飛行する標的に対しても約100㎞以上の有効射程距離を持っている。
そして赤城山周辺には標高1500m以上の山脈が連なっている――その高台から関東を睥睨すれば首都圏さえも射程に捉えることが可能になるのだ。
『――現在、国防隊が戦闘継続中ではあるが、日本政府は関東平野の完全放棄を決定した。これにより政府のすべての機能が臨時首都仙台へ移行することになった』
首都移転が閣議決定されたという事実――日本は関東圏の農業、工業生産能力を完全に失うことになる。
おそらく、その先に待つのはジリ貧の未来だ――そこまで連想することは、記憶のない自分にとっても容易だった。
『――我々は不法居留民の脱出時間を稼ぐために戦闘を継続する』
不法居留民――聞き慣れない単語。
同じ管制ユニット内にいるため、自分の呟きを聞き取ったのであろう千木良世ちぎらせがブリーフィングを邪魔しない音量で囁いた。
「とっくの昔に疎開命令が出てたからな……。とはいえ、居残る者もいたわけだ」
違法を承知で疎開せずに関東に居残った人々――何となくではあるが、その心情は理解できた。
『――データリンクで座標を送った。まずは味方部隊と合流してくれ。ソードダンサー――面倒を掛けるが指揮を頼んだぞ』
道中BETAと接触した場合、これを撃破せよ――神宮司じんぐうじはそう付け加えてから通信を終えた。
『――合流命令された味方って国防の首都防衛部隊だろ? ……ったく、手の掛かるこった』
やれやれといった表情の朱土岐あかとき――何やら国防隊という存在に隔意がありそうだと思えた。
「……すみません、国防隊って何でしょうか?」
ある程度は字面から想像できる――だが、間違えていた場合は大事になるのが戦場だ――迷惑を承知で千木良世ちぎらせに尋ねてみた。
ウィンドウの中の朱土岐あかときが辟易した表情に変わった――おまえそんなのも知らないのかよ。
「この国の軍隊だ。基本的に国防しかしないことになっている。なので軍隊ではないらしい」
千木良世ちぎらせは誠実に答えてくれたが、いまひとつ理解できない。
「国を守る組織なのに軍隊じゃないんですか?」
武装警察や沿岸警備隊といった単語が脳裏に浮かぶ。
「うむ、じつは私も理解できていない。大人の事情という奴だと説明されたことがある」
なんとも曖昧なことだ――軍隊ではない軍隊に首都防衛を頼むとはどういうことなのだろう。
「偉い人は説明が面倒になると、大人の事情と言う。それはちょっとズルいと思うのだ」
千木良世ちぎらせの零した言葉には完全に同意できた。
大人は小賢しい言動で現実を誤魔化そうとする――たとえ、それに意味がないとわかっていたとしても。

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