0-1. 現実世界 記憶の始まり
2001年
世界各地に一夜にして出現した奇怪なモニュメントは人類を驚嘆せしめた。
人類は英知を尽くして巨大構造物を調査するも、その外壁すら崩せず、成果はひとつとしてなかった。
2010年
カシュガルに出現したモニュメントから噴出した異形生命体の群れは包囲していた軍隊を瞬く間に蹂躙した。
陸上兵器は容赦なく踏み潰され、航空戦力は一機残らず撃墜された。
これにより、人類は新たな対抗手段を求め、新兵器の開発を急ぐこととなった。
2015年
ヒマラヤ山系が生み出すはずの水資源が枯渇し、中国、インド、東南アジア各国は重大な被害を受けることになった。
民衆は故郷を捨てて各地を彷徨い、周辺国家は多大な難民を引き受けることとなった。
そして悲劇は欧州でも始まった。
2016年
地球にて勢力圏の拡大を続ける異形生命体群を月面にて確認。
人類に敵対的な異星起源種――BETAと呼ばれるようになった化物の侵攻は続いていた。
投入された新型兵器は既存兵器群より効果を示したものの、戦況を挽回するには至らず、人類はユーラシア大陸から撤退せざるを得なかった。
かつて70億を数えた人口は、50億まで数を減らしていた。
2023年
佐渡島、横浜、小倉にBETAの拠点を抱えた日本は、その人口を7000万人まで減少させていた。
後から聞いた話になる――。
約39億年前、海洋で誕生した生命は己の生存のため、他者を捕食し、あるいは捕食者から逃走するようになった。
生命の淘汰が繰り返される中、彼らは光を感知する能力を欲し、その願いはやがて彼らの肉体に眼点という体組織を作るまでに至った。
視覚によって外界から取り込まれた情報は生物の神経を大いに刺激し、それはやがて活性化された脳を持つ種の誕生へとつながった。
多種多様に変化した生命の中には、その生活圏を海から陸へと変えていく種も存在し、我々人類の祖先も、そこに含まれていたという。
知りたいという欲望は生物の姿形さえ変えてしまう力がある。
目も耳も鼻も――すべては外界と己を認識するために発達した。
だから――自分が世界を知りたいと思ったのは当然のことだったのだろう。
そして外界を知ることによって、己の内なる存在が育っていったのも、同じように当然のことなのだと思う。
2023年7月11日
遠くで音が聞こえる。
金属を擦るような、あるいは重い物が次々に地面に落ちていくような鈍い音。
微かな振動――温かい液体が体表をなぞる感触――まるで海の中を揺蕩っているようだ。
誰かの声――自分を呼んでいるのだろうか――不意にずきりと痛みが襲ってきた。
「……目を覚ますのだ、管理官ッ!」
脳髄を蹴られたかのような衝撃――苛立った女性の声――近い。
反射的に目を見開くと自分が浮いていることに気づく。
否、自分は椅子にもたれ掛かっているのではないだろうか――肌の感触がそう告げている。
だが、視界がおかしい。
地面から離れている――浮いているのか――おそらくビルの3~4階の高さに自分は存在し、そこから世界を視認していた。
幹線道路の両脇にはビルが並んでいる――銀行、大きなカフェ、雑居ビル――間違いなく大都市のメインストリートだ。
しかし、何かが違う――よくある街並みでありながら普通ではない。
あちらこちらで火災が発生している――窓が破損して黒煙を吐き出している建物もあった。
ビルの外壁には亀裂、折れた電信柱――雑然と放置された車輌の列――昼間なのに人がいない。
轟音――左斜め前方のビルが弾けた。
爆散した巨大なコンクリート欠片と大量の粉塵。
その煙幕の向こうから巨大な何かが現れた。
「え……」
思わず声が漏れた。
異形――禍々しい肉感。
いままで見たこともない存在――それは明らかに地球上の生物ではなかった。
肌色の巨大な蠍――もしくは大きな蟹のようにも見えた。
信じられなかった――こんな出鱈目な動物がいるはずがない。
怪物の異常にまで膨らんだ筋肉が軋んだ音を発している。
鋏の部分は硬質な装甲のようだが、蠍と違って本体は甲殻で覆われていない。
全高はビルの3階程度――蠍の尾に該当する部分が人の顔を模しているように見えた。
まるでホラー映画に出てくる怪物――そう思った瞬間、脳の中で何かが動く音がした。
大型に分類される異星起源種――要撃級。
俗称――メデューム。
誰かの声が聞こえ、その声は眼の前の怪物の説明を続けていた。
異星起源種の6割を占める多足歩行種。
主兵装は二対の頑強な前腕で、その一撃は今まさに眼前でビルを崩壊させたことで証明されている。
まるで焼き付けられたかのように知識が湧いてくる。
おかしい――なぜかはわからないが、自分はこの化物との戦争に参加しているのだと理解した。
化物――人類に敵対的な異星起源種――その言葉は脳に強く焼き付いていた。
現在、我々人類は種の存続を懸けた戦争をしている――だから戦え。
キリキリと頭が痛む――脳内に並べられた情報が自動的に整理されていく。
都市部での戦闘――住民の多くは避難している――だが、まだ取り残された人もいるはず――避難中の市民を襲わせるわけにはいかない――少なくとも自分はそのために戦っているはず――。
飛躍した思考がそこに到達――瞬間、大きな影が動き視界が揺れた。